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ニコラ村の村長

今後の成長のため厳しいご指摘いただけると幸いです!


 『あともう少し』が果たしてどれほど長い時間だったかはタクヤのその顔を一瞥すればすぐに分かることだろう。

 彼の虚ろな瞳に映るのは元凶たる2人の少年少女。どちらもタクヤとは対照的にニコニコと笑っていやがる。



「でもまさかオイラ達だけでモーグラを倒せるなんてな!」


「ほんと、タクヤさんのおかげです!」


「てかおっさんの能力、天の恩恵(ギフト)だっけ? マジすげえよ本当に無傷じゃねえか!」



 『無傷』と『治った傷』を一緒にするのは控えていただきたい。違いは単純、痛いか痛くないかだ。


「俺は死ぬかと思ったよ……2人の魔法のせいで」


「大袈裟だなぁ。おっさんは即死じゃない限り死なねえんだろ? 即死系魔法なんて高度な魔法使える奴なんて王国内でもほんの一握りだぜ」


「そ、そうなのか……。というか2人とも休まなくていいのか? 特にサモンはかなり魔法使ってたけど……」


「全然大丈夫です! それより心配すべきはタクヤさんの方です! こんな危ないことをさせるために召喚したつもりではなかったのですが……」


「問題ないよ、無事魔獣は倒せたんだし俺はまあ……なんとか生きてるし。……あれそういえば俺は何のために召喚されたんだ?」


「え? 何のって……何のためもありません! タクヤさんにはただ魔王討伐とか冒険とかじゃなくほのぼのと生きてほしいんです! 異世界で死んだ彷徨える死者を救うために……」


「そ、そうなのか……」


「だいたいよ、理由が何であれおっさんは元の世界には戻れないんだからあんま気にしない方がいいぞ?」


「そ、そうだな……。それで話は変わるんだけどさ……あの、すっごい今更だけど……俺、そろそろ着替えていい?」



 文字通り、てっぺんからつま先まで挙句足元の床板にまで赤黒く濁った魔獣の血をねっちょりと被ったまま子供達と明るく談笑するタクヤ。


 その姿を三人称視点で捉えれば一言、『狂気』に尽きるだろう。


 魔獣を倒した代償としては安いものといえるが、血だけでなく所々肉片のついた今のタクヤを言い表すならばさながら歩くR-15。


 タクヤがこの格好で村へ帰ってきた時に、村の広場で遊んでいた子供達はその姿を見るなり蜘蛛の子を散らしたように逃げ隠れてしまった。


 おまけにタクヤは今現在サモンとジャックの勧めで村の長に挨拶をするため屋敷を訪れている最中なのだ。


 一時的なパニックで麻痺していた感覚も戻ってきてようやく自らの状況を把握し始めたタクヤ。


 幸か不幸か、村長は支度をするから少し待っていてくれと言い残したので今は待っているところなのだが……。



「この格好で会うのはあまりにも失礼すぎるだろ……」


「そんなことないです! 血みどろなんてこの村じゃ日常茶飯事ですよ?」


「いやそれどこの世紀末よ……」


「安心しろよ。さっきおっさんを外に待たせてオイラ達だけで屋敷の中に入っただろ? あの時に村長に大体の状況も説明しておいたから」


「そうなのか。なら良い……のか? というかそろそろおっさんって呼ぶのもやめてくれないか?」


「えーならなんて呼べばいいんだよ……あ、肉壁とか?」


「それはもっとやめろ! タクヤとかタク兄とかたっくんとか他にあるだろ……いや、この村を救った救世主とか名乗っちゃっても……」



「いやいや皆さん、遅れてしまって申し訳ないですねぇ」



 不意にタクヤの背後から声が響く。


 振り返ると、こちらへ近づく1人の老人の姿がそこにあった。


 見つめている、と言ってもその目が本当に開いているのか閉じているのかはそれを覆う深いシワのせいではっきりとは分からない。

 加えてバサバサの白髪、弓のような曲線を描く背筋。それはまさに絵に描いたような老体だった。



「サモン、そのお方があなたの召喚したすごい異世界から来た転生者様なんだね?」


「え、うんそうだよ!」


「こんにちは、私はこの村で村長をやってるペルティエという者でございます」


 老人は静かに名乗った。


「あ、は、初めまして……あの、私はタクヤと申します」


「遅くなってしまいすみませんねぇ。でもお腹が空いているだろうと思って……」


 そう言いペルティエ村長は手に持っていた植物の葉の包みを開く。中にはおにぎりと漬物らしき物体が包まれていた。


「急いでいたので皆さん1人1個分しか作れなかったのですが……」


「あ、いえいえ、頂けるだけありがたいです! いただきます」


「うめぇ! オイラお腹空いてたから余計旨い!」


「お婆ちゃんの作るおにぎりはいつもおいしいですね」


「喜んでくれて何より……。それでタクヤ様、あなたあのモーグラを倒して下さったんですよね?」


「あ、いやー……俺は……ただ襲われるだけだったんで……はい」


「そんなことないでしょう? さっき2人から聞きましたよ? あなたがこの2人を身体を張って守って下さったとか……」



 正確には身体を張って守った上に、魔獣諸共攻撃されたというのが正しいだろう。


「あ、いえいえそんな……」


「村を代表して、何かご要望ございましたら私に言ってくだされば……」


「あ、ありがとうございます、でも特には無いです。お気持ちだけで……あ! その、すみません、早速なんですが……」


 タクヤは要望を口にする。


「厚かましいようですが……可能ならサモンちゃんやジャックくんの親御さんに挨拶……というより危険なことに巻き込んでしまったお詫びをさせて頂けないでしょ……うか――」




 変化はすぐに気付くものだった。

 当然だ。サモンもジャックも村長も、皆の表情が一瞬にして固まったその異様さ。同じ部屋にいるはずなのに1人だけ遠く取り残されたような孤独感。

 異変を感じないはずがない。



「……あーそのですね。実はこの村にはサモンとジャックの両親……というよりその、大人が私以外にいないのでして……」



「え……」



「殺されたんです」



「昔この村を治めていた“ショウグン“という人物はとても厳しい人で……各地の村々に重い税をかけ、払えなかった場合はその村の大人を見せしめに1人ずつ……」


「この村にだって昔は沢山人がいたのに、よそ者のせいで……村の……みんなが……。……あ、すみませんタクヤ様にこんな暗い話すべきではないですね。でもね……」


 語る村長の瞳は相も変わらずそのシワに覆われて見えることはない。

 だが、そこから溢れ出る涙と滲み出る想いは深く、強くタクヤに印象付けられた。



「……で、でもよそ者だからって嫌うのは良くないよお婆ちゃん? 中には優しい人もいるかもしれないし……」


 小屋の中に滞った暗い雰囲気を少しでも明るくしようとしたのか、サモンが沈んだ会話を拾い繕う。


「……サモン、両親がどうやって殺されたか忘れたのかい? 4年前の王都じゃあなた自身も死んでたんだろう? 運良くジャック君の案内で王城に隠れられたから生き延びたのであって――」


「でも……!」




「……なあ、暗い話はもうやめようぜ?」



 余ったおにぎりを乱暴に掴み口元へ運ぶジャックの表情は見るからにそれ以上の会話を拒絶していた。


「……そうですね。もう夜も遅いですし。あ、質素ながらタクヤ様の小屋を用意させていただきましたので……サモン、あなたが案内して頂戴な」


「え、あ、はい……あの、ありがとうございます」




 そのまま村長の屋敷を後にし、サモンに小屋へと案内される途中でタクヤはおもむろに口を開く。


「あの……さっきは、その、ごめん」


「…………なんで謝るんですか?」


「え、いやだって……」


「お願いですから謝らないでください。タクヤさんは悪くないんですから! タクヤさんが殺したわけじゃないんです!」


「そうだぜおっさん、おっさんが悔やんでも死人はゾンビにしかならねえからな」


「ぞ、ゾンビになるのはそれもそれで辛いな……」


「まあ……そう深く考えんなって! じゃあオイラの小屋はこっちだからまた明日な!」



 そうして案内された小屋は……まあ予想していた通りボロい。

 だがどんなにボロくとも、この世界で初めて手に入れた自分だけの居場所に愛着が湧かないわけがない。



 屋根裏に敷かれた茣蓙(ござ)の上で横になりタクヤは窓越しの双月を見ながらこの1日を振り返る。



 ――とても不思議な日だった。いつもの日常が、いつもの1日が、異世界に来て魔獣に襲われ子供に魔法で攻撃され……。



 叶うのならば元の世界に帰りたい。出来るのならば……またみんなに会いたい――



 ――でも、叶わない――




 白カビでくもった円窓の隙間から吹き込むジメジメとした風が、頰と流れる滴を撫でる。

 纏わりついて、離れない、ジメジメと。

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