逃げるは恥だが……
今後の成長のため厳しいご指摘頂けると幸いです!
土埃を立て、地を裂き、唸りと共に姿を現した巨大な影。それはまるでモグラのような生物、いや魔獣。
もっともその大きすぎる姿態にモグラのような愛嬌はまるでない。口元からはみ出た、大人の背丈はゆうにある黄褐色の牙は目の前の人間、この場合はタクヤ含め青年少年少女3人に並々ならぬ圧倒的な恐怖を与える。
身動きすら取れずガクガクと震えるタクヤはおずおずと問いかける。
「な、なあサモン、あれは……」
「あ、あれは……グランドモーグラっていう上級魔獣です!」
「低級魔獣しかいないはずでは……なんて言わないから! 具体的にアイツはどんくらい強いの!?」
「とっても凶暴で、『冒険者殺し』なんて異名がつくほどです。多分今も多くの冒険者があのお腹の中で……」
「わ、分かったそれ以上言わないで。……と、とにかくなら今は逃げよう!」
逃げるは恥だが役に……もとい、この場合は恥でも逃げなきゃ息の根を絶つ羽目になりかねないとタクヤは敵前逃亡を即断する。
自身と相手のアビリティ、そして置かれたシチュエーションを鑑みた最善最良の判断。に思われたが――
「逃げるってどこにだよおっさん、このまま村を見捨てられる訳ねーだろ」
3人のすぐ後ろ、柵の向こうには村がある。前述した通りその柵はどう足掻いても柵でありそれ以上の防御力を見出すことは不可能だ。
「え、で、でも……」
「あ、あの! こ、ここは私が魔法で……!」
「ダメだよ! サモンは魔法を使っちゃ……。……分かった、俺がなんとかするから!」
「おっさんは引っ込んでろって! どうせ勝てないんだし、ここはオイラが……」
そうこうしているうちに魔獣はその巨躯に似合わぬ速さで3人の目前まで迫り来る。
――まずい!――
無意識だった。無意識に2人を庇い前に出たタクヤは大きく弧を描いた巨大な爪に全身を覆われ……次の瞬間には向こうの大木へ強く打ち付けられる。
「おっさん!」
「タクヤさん!」
背筋に感じる、噛み合わない、ゴツゴツとした、吸えない、息が。頭が、ガンッと、揺れる、定まらない、見えない。
その激痛はタクヤの身体も、急所さえ守れば問題ないなんて甘い楽観さえも跡形もなく叩き砕く。
だが……
「…………だ、大丈夫だ! 痛くも痒くもない……、うん」
めっちゃ痛いしどちゃくそ痒い、いや痒くはないが……ともかくここで大人の自分が弱音を吐いてしまったら間違いなくこの少年少女達は怯えてしまう。
「嘘、だろ……モーグラの攻撃をモロに受けて無事だなんて……」
「ほらどうした魔獣! 全然痛くないぞ! お前ほんとに上級魔獣か? 腹が減るなら俺を食えッ! ハハハ…………ん? ん? え、え、か、体が動かない……」
「た、タクヤさん! モーグラの爪に触れると麻酔の効果でしばらく麻痺状態になるんです!」
「…………え?」
恐怖か、麻痺か。ガタガタと震え慄くタクヤ。体は動かず身体強化の魔法を使うこともできず、今の彼にできることといえば威厳尊厳誇りプライド丸々一式かなぐり捨てて己の金切り声を森中に響かすことのみ。
「こ、こうなったら……モーグラがタクヤさんに気を引かれてる間に私たちで決着をつけるしか……」
「えぇ、でもこのまま攻撃したらおっさんも巻き込んじゃうんじゃ……」
「だからギリギリのところを狙うの!」
「え、でも失敗したらおっさんが危ないじゃねえか!」
「タクヤさんは天の恩恵のおかげで大丈夫なの!」
「いや大丈夫に見えねえんだけど!?」
「隙がある今のうちじゃないとモーグラは倒せないよ!」
「え、でも…………」
この間およそ30秒ほど。身動きの取れないタクヤにモーグラが襲いかかるのには十分すぎる時間だ。
「ちょ、ちょっとぐらいだったら巻き込んでも大丈夫だから! と、とにかく早くこいつどうにかしてぇっ!」
「……い、いいんだな? おっさん!」
「……ああ! 頼むッ!」
そう、ちょっと巻き込まれるぐらいだったら耐えられる自信は……あるわけでもないが他にこの状況を乗り越える策もなかった。だから――
――いやっでもっっ!!
「“ファイアーデューク“!」
「“炎爍煌“!」
「“ライトアロー“!」
「“日晃光“!」
「“ソイルブラスト“!」
「“土圭砲“!」
――もろくそ俺に直撃してんじゃねえかよォォゥッ!!――
魔獣が避けた攻撃がいくつか当たるのは仕方のないことだろう。だが1/2くらいの頻度で、明らかに範囲型の攻撃が魔獣だけでなくタクヤを害するこの現状は如何に。
「ジャック君! 私が範囲攻撃で動きを鈍らせるからそっちは弱点をお願い! タクヤさん、あともう少しの辛抱です!」
「…………」
――お前かああぁぁぁぁぁぁっっ!!――
太陽……と呼ぶべきだろうか、世界を包み照らす恒星はオレンジ色の輝きを発しながら、惨劇の音と共にゆっくりと遠く離れた西の向こうへ沈んでいく。