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転移と転生

今後の成長のため、厳しいご指摘頂けると幸いです!



 ――死にたく ――ない ――まだ ――死に ――痛い ――死にたく ――やめて ――死にたく ――まだ ――やめて ――やめて ――死にたく ――ない


 ――死にたくない――


 何もない、何も感じられない暗闇の中で何度も何度も、無意味に繰り返される願い。そこにタクヤの意思など既に無い。彼に残ったのは中身のないただの空っぽな言葉の羅列だけ……

 だが――




「……にたくない、まだ……死にたく……ない……」



 ――声が、出る?――



 タクヤは異変に気付く。声だけではない、瞼を照らす朧げな光、埃やカビの匂い、内側から力強く叩く鼓動、そして肩を大きく揺する小さな手の感触。


「だっ、大丈夫ですか!? 生きてますか!?」


 その不安げな声がタクヤに生を実感させる。



 ――俺、生きてる……の? でも、なんで――



 重い瞼をそおっと開けるとそこには――10歳ほどの華奢な少女が彼のことを心配そうに覗き込んでいる。


 その整った顔立ちより先にタクヤの目を奪ったのは少女の腰あたりまで伸びた美しい金髪(ブロンド)。1本1本はとても(ほそ)いが円窓の光を浴びて淡く輝くその様は、薄汚れた部屋の中でひときわ存在感を放っている。

 その下にはすっかり金髪(ブロンド)の引き立て役と化したつぎはぎだらけの修道服とボロボロの靴。


 タクヤが立ち上がると少女は強張った笑みで名乗った。


「は、初めまして! 私、さ、サモンと申しましゅ!」


「……お、俺あ、私は……タクヤって言います、けど、これは……」



 ――ここがどこか、何が起きたか、あと、それと――


 タクヤの聞きたい事にキリはない。


「は、はい! ええとですね……その、えっとタクヤさん、私が召喚したことにより、あなたは異世界転生されました! い、い、イェーイ!」


「…………」



 ――異世界転生――


 その言葉が指す意味自体は当然タクヤも知っている。だがしかし、でもしかし言葉の意味は理解できても実際にそれが起きたのだ、と瞬時に理解することなどタクヤには到底できない、できるわけがない。あまりの衝撃にタクヤはかしこまった態度を忘れる。

 口をポカンと開けたタクヤをよそに金髪(ブロンド)の少女――サモンは1人で話を続ける。



「……いや転移かな? 召喚したから転移が正しいのかな。でも転生……いや肉体は変わっていないから転移……うーん、言葉って難しいですね、転移も転生も1つにまとめちゃえばいいのに!」


「ま、まあそこは大人の事情があるんじゃないかな。とりあえずさ……。もし俺が転生したとして、何か証明できるものとかないかな?」



 エビデンスの要求。

 エリート社員たる者、如何なるシチュエーションでも冷静に状況の分析に努めなくてはならない。

 なお彼が本当に冷静かどうかはその汗だくで強張った面持ちを一瞥すれば分かることだが。


 一方少女サモンはそれを待ってましたと言わんばかりの顔で白い腕をまっすぐ、タクヤの方へ突き出す。


「ですよね! 信じられませんよね! じゃあ! じゃあ!…………コホン、“光の滴(ライトティアズ)“!」


 突き出したサモンの手先から現れた小さな涙滴型の光塊が薄暗い部屋をほのかに明るく照らす。



 ――魔法……ほんとに!?――


 タクヤの持つファンタジー世界への強い憧れ、それは並み大抵のものではない。少なくとも先程までの緊張を軽く吹き飛ばすだけのインパクトはあるはずだ。


 今、彼の脳内は驚きと感動と歓喜と喜びと期待と驚きと興奮と――。昂る気持ちに収まる気配は全くない。とはいえタクヤはその想いを決して口には出さない。単純に少女の前で大人らしく振る舞いたいという小さなプライドによるものだ。


「へぇ……ま、まぁここが異世界だってことは分かった……それで……その……異世界ならさ……す、ステータス、とか……ね?」



 たしかに冷静な素振りで対応したものの、タクヤは自分に嘘がつけない。異世界転生を知る者ならば誰でも最強ステータスで俺TUEEEする野望ぐらい抱くものだ。無論タクヤも例に漏れず自分のステータスが気になる。それもかなり。


 ――待て、ひとまず落ち着こう。幼い少女の前でおとなげない態度を取るわけにはいかない。まずは落ち着いて――



「あ、あの、じゃあそのままジッとしててくださいね」


 サモンが細い腕をサッと上に振るとタクヤの足元に記号や数字の描かれた円――俗に魔法陣と呼ばれるであろう光の粒の集合体が現れる。



 ――落ち着け俺、落ち着け――


 荒ぶる鼻息とともにタクヤの緊張は徐々に徐々に高まる。



「え、えーとですね……タクヤさんのステータスは……」


 ――来る。俺の今後の運命が決まる瞬間。攻撃力全開か、それとも防御に極振りか? いや、あえての俊敏さ追求というのも――



「普通です!」



「…………え」


「……えーと、次に……」


「次行くな!ちょい待てェッ! あ、いや……その、普通って……具体的には?」


「そうですね……まあ強くもなく弱くもなく……例えるなら物語冒頭で新人主人公に喧嘩をふっかける先輩冒険者あたり?」


「…………」



 ――何その微妙な立ち位置。え、何嘘? え、俺の人生終わった……。――



 期待に裏切られ興奮も冷めタクヤはただ失望の中にいた。せっかくの異世界でモブにしかならないのだろうか、と。


 ……しかし、彼は諦めなかった。彼は覚悟を決めたのだ。


 ――いや、でも……。俺は、それでも……。俺はそれでもいつも“普通“から努力だけでのし上がってきたんだ。だったら……きっと! そうだ、ステータスやスキルには頼らない、純粋な努力のみで“普通“から“最強“に成り上がってやる! たとえどんな障害が俺の前を立ち塞ごうとも……


「あ! ちなみにタクヤさんには召喚時の強い願望を具現化した“天の恩恵(ギフト)“という特殊(チート)能力がありまして……」


 ……オオイィッ! それを!先に!言ってよッ! チートスキルあるの!? いや何? え、何? さっきの俺馬鹿みたいじゃん! ねえ! 俺の立派な覚悟返してよッ!――


 たとえ立派な覚悟を奪われても決して声には出さない。ただのちっぽけなプライドによるものだ。



「……ふ、ふーん。それって具体的にどんな能力なんだ?」


「“無限回復(メメントモリ)“という能力がタクヤさんの“天の恩恵(ギフト)“です! その力は……『どんな大怪我を負っても無限に回復する最強の自然治癒力』だそうです!」


「お、おお……?」


 ギフトやら無限回復やらと名称はインパクトがあるものの『自然治癒力』という1語にタクヤは期待をやや削がれた。


「メメントモリ……私、知ってますよ! 確か『死を忘るなかれ』という意味の言葉ですよね!」


「そ、そうなのか……?」


 「私、向こうの世界についてもいっぱい勉強したんです!」とサモンはドヤァとした表情で話を続ける。


「へー、無限回復(メメントモリ)は即死系の攻撃を受けた場合は回復できずそのまま死んでしまうんですね……能力名の由来は『油断するな!』っていう警告なのかもしれません!」


「即死攻撃だと死ぬのか……あ、ちなみに発動時に魔力が必要だったりとかは……」


「それはありません!天の恩恵(ギフト)はその人の願望、つまり本質を具現化したものなので持ち主の特性として備わるものなんです。だから魔力は必要ないんです!」



 ――要するに即死攻撃を喰らわない限りは、魔力を使わずに回復する能力か。強いのかもしれないけど回復なら回復術士(ヒーラー)やポーションを使えば問題ないはず……。それにしても俺の本質は『まだ死にたくない』か、我ながら凄い生存意欲だなぁ――



「え、嘘!? タクヤさん! “無限回復“を使うと逆に魔力も回復するみたいですよ! 普通の人も魔力は自然回復するけどこんなに早く回復しないし……え、凄い!」


「え、それ凄いのか? 魔力が回復しても最大値が増えないと強い魔法が使えないんじゃ……」


「強力な魔法は使えませんけどこれ凄いんですよ! 魔力が減り過ぎてしまうと物事に対する意欲が無くなったり戦意を失ったり。最終的には立つ気力すらも失って、廃人になっちゃうくらい危険なんです!」



「へぇ……。ん? ステータスが普通ってことは魔法も……」


 モジモジと尋ねるタクヤの頭の中では魔法を使えるかどうかの期待と心配がうずめいている。


「あ、えーと……はい! タクヤさんは魔法適性も普通なので魔法は問題なく扱えます!」


「魔法適性……?」


「あ、魔法適性っていうのはその人が持てる魔力の最大値のことです。魔法適性が低いと日常生活で使う程度の低位魔法しか扱えなかったり……逆に高い人は威力の強い高位魔法を扱うことができるんです!」


「へぇ……」


 魔法を無事使えることを確認したタクヤはホッとした表情を浮かべる。


「これでタクヤさんのステータスは1通り確認できたと思いますが……」


「ありがとう、サモン……ちゃん?」


「サモンって呼び捨てで良いですよ! 年下ですし……それよりちょっと確認したいことがあるのですが……」


「ん? ああ、別にいいけど……」


 サモンは微笑むとタクヤの腕の先を掴んで走りだす。

 タクヤはただ引っ張られるまま、少女らしく無邪気に走るサモンに付いていく。……“見せたいもの“が何なのかも知らず。

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