プロローグ
今後の成長のため、厳しいご指摘いただければ幸いです!
「ありがとうございますッ!」
決してドMの歓喜の叫びではない。
だがドMではなくとも歓喜ではある。散らかったオフィスで上司に対し深々と頭を下げる青年――森タクヤは超大手企業で24歳にして管理職への最年少昇進、そしてそれに伴う本社への異動指令を受けたのである。
まさに出世街道まっしぐら、このまま道を踏み外さなければ金、名誉、権力……この世の全てを手に入れて現代版海賊王になることさえも夢ではない。だが、この目覚ましい功績は入社時の彼を知る者からすれば奇跡幻もしくは贈賄によるものと思えるであろう。
2年前、タクヤという新入社員は“普通“という言葉に最も当てはまる男だった。平均身長平均体重中肉中背どこにでもいる顔に短髪でも長髪でもない黒髪を生やした男。家庭も交友関係も全て“普通“。特別な資格やパイプがあったわけでもない。
彼は2年間、地道に真面目に働いた。常に上へ上へと向上心を持って。彼は“普通“という壁をただ努力だけで乗り越えてきたのだ。
その日、彼は遂にそれまでの努力が報われたのである。
そして、奪われたのである。
昇進が決まった日の夜、彼の出世を祝う打ち上げが開かれた。
打ち上げに参加した者のうち心から昇進を祝う者が半数、今のうちに擦り寄っておこうとする者が半数。出世を妬み、彼が酒の席でボロを出さないかと待ちわびている者が隣のテーブルに多数。
結果、彼が泥酔し醜態を晒すことはなかったが帰宅する頃にはすっかり夜が更けていた。
不幸は夜更けに彼の帰路を襲った。
不幸は通り魔だった。
――目標とすれ違った直後背後に回り脇腹へ包丁を刺し所持品を奪う――犯人は手慣れたように事を首尾良く終えた。
幸いにもタクヤが受けた傷はすぐに処置を施せば十分助かるほどのものだった。がしかし付近には民家も無ければ人もいない。救急も警察も消防もスマートフォンがなければ呼ぶことはできない。つまりは処置が、できない。
まさに詰みと呼ぶべきこの状況で諦めなかった彼は到底“普通“とは呼べないであろう。
彼は信じていた、自分の努力が報われないはずがないと。今までの苦労に比べればこんな浅い刺し傷ごときで死ぬなどあり得ないと、信じていた。しかし彼の信念は信念のまま、身体は少しずつそして着実に生気を失っていく。
彼は願った
――俺はまだ死ねない、死ねるわけがない! ずっと頑張ってきたんだ……地位も名誉もお金も、そんなもの1つもいらない……強くなくてもいい、どんなに苦しくてもいい……まだ死にたくない!こんな、こんな怪我で死ねるかァッ!――
ひんやりと自分の感覚が失われていく中、意識がフツフツと融けていく中、彼は必死に願い続けた。
――翌日、エリート社員殺害のニュースが報道された。