後編
僕らはファミレスを出てとある場所にやってきた。M山小学校前。宏と宗太、北原の母校だ。人がやってこない静かな場所に行こうということで、宗太の提案によりこの場所を選んだ。
あの後作戦会議や腹ごしらえをしたので、既に辺りはかなり暗くなっていた。普段は元気な小学生の声が響いているのであろうこの小学校も、この時間になればしんと静まり返り、異様な雰囲気を漂わせていた。
「んじゃ俺らここで待ってるから」
そう言って宏と宗太は体育館前の広場で足を止めた。ここからは一人でやらなければならない。胸の鼓動が速くなり、汗が背中を伝い落ちる。
「大丈夫か?」
「うん……大丈夫、だと思う」
僕の歯切れの悪い返事に二人が顔を見合せた。
「琉斗、自信持てよ」
「ダメやったら朝まで慰めてやるよ」
「ダメだったときの話をせんといてくれよ……」
宗太が縁起の悪いことを言うので、思わず抗議の声をあげた。でももしそうなったら、本当に二人は朝まで一緒にいてくれるだろうな。そう思うとなんだか少しだけ心に余裕ができた。
「じゃあ、行ってくる」
「「がんばれ!」」
二人は真剣な顔でエールを送ってくれた。僕は二人を残して数十メートル程離れたグラウンド脇まで移動した。
告白の手段は電話にした。本当は呼び出して直接が好ましかったが、女の子をこの時間に外に連れ出すのは男としてどうかと思った。なら日を改めるかという話にもなったが、多分今日を逃せば僕はもう告白の勇気を失ってしまうだろう。二人もそう思ったようで、じゃあ電話しかないなということになった。
僕は三回、深く深呼吸を繰り返した。胸に手を当てて鼓動を確かめるが、深呼吸する前とまったくスピードが変わっていなかった。
携帯を開いて連絡先を開き、か行の欄を画面に映し出す。北原梓の名前をクリックすると、11桁の電話番号が表示された。
僕は目を閉じ、北原への想いを再確認するように彼女との思い出を振り返る。
彼女のことを好きだと気づいた文化祭練習。初めて頼られて嬉しかった。
部活でミスをして顧問に怒られても、力強く「はい」と返事をする姿。意外と根性も据わってるんだ。
生徒会活動で段ボールに入った大量の資料を一緒に運んだ。僕が北原より多く持ってあげると「力持ちやなぁ」と褒めてくれた。
卒業式のとき、僕も相当泣いていたけど、北原は僕以上に泣きじゃくってたな。
他にもたくさんある思い出は、二人のものと言うよりも僕の一方的なものがほとんどだ。そのことに苦笑いを浮かべてしまうが、自分の想いを確かめるには充分だった。
僕は、北原梓が好きだ。
だが時間をかければかけるほど、僕の勇気は体から湯気のように出ていってしまうだろう。なるようになれ。僕は目を開き、思い切って北原の番号をコールした。
画面がコール画面に変わった途端、心臓の鼓動がさらにスピードを上げる。
頼む、出てくれ。いや、やっぱり出ないでくれ。違う。この期に及んでまだそんなことを考えているのか。出ろ。出ろ。出てくれ。君に伝えたいことがあるんだ。
そう思って五度目のコールが鳴り終わるのが聞こえると思ったその時だった。
『もしもし?』
スピーカーから北原の声が聞こえた。僕は慌てて携帯を耳に押し当てる。
「もっもしもし! 北原?」
『うん。どしたん電話なんて珍しい。というか、初めてやんなぁ』
「ごめん、こんな時間に突然。今ってちょっと話せる?」
『うん、いけるよ』
よし、ここまでは順調だ。僕は声が震えないよう頑張って喉を制御しながら、三人で立てた作戦を思い出す。これに従って話していけばいい。
「あ、あの、今日、楽しかったな」
『うん! 久し振りに会う子もおって、楽しかったなぁ』
「だよな」
そこまで言って僕は愕然とした。次の言葉が出てこない。あんなに時間をかけて二人が練ってくれたのに、僕の頭は真っ白になってしまった。このままでは告白することもできずに終わってしまうかもしれない。僕は自分の目に涙が浮かび始めたのを感じた。
『……琉斗くん?』
すると北原が不安そうな声で僕の名前を呼んだ。
その声は、文化祭練習のあの時、どうすればいいかわからず僕を頼ってくれた時の声と同じだった。もっとも、今彼女を困らせているのは僕なのだが。
「あっ、あの!」
もう僕は腹を決めた。作戦なんて最初からなかったんだ。僕は、僕の想いを彼女に伝えるだけだ。
「ちょっと真剣な話があるんやけど、いいかな……」
『…………』
北原は沈黙した。電話口では北原の表情がわからない。
『いいよ』
五秒ほどしてから北原の返事が聞こえた。どうやら話を聞いてくれるらしい。僕は一度だけ深呼吸をした。そしてゆっくり口を開く。
「中二の時な、文化祭の練習で男子が遊びだして収拾つかんようになったことがあったやん。その時、北原が僕の所に来て『どうするん?』って訊いてきたんや。北原は覚えてないと思うけど」
『ううん、覚えてるよ』
「えっ」
『覚えてるよ。その後琉斗くんが、クラスをまとめて練習再開できたよな』
僕が北原に恋に墜ちた瞬間のことを、彼女も覚えててくれていた。それだけで僕の胸の中は嬉しい気持ちで一杯になる。だけど大事なのはここじゃない。
「僕な、嬉しかった。北原は多分俺がクラス長だったから声をかけてきたんやと思うけど、僕は北原に頼られたことがすごく嬉しかった。僕は、あの時から……」
「あの時から……ずっと」
「北原のことが、好きなんよ」
電話口から小さくハッと息を飲む声が聞こえた。
「僕と付き合って欲しい」
しばらく沈黙が続いた。北原からの返事はない。きっと困惑しているんだ。十秒程経ったとき、僕はもう泣く寸前だった。これは絶対にフラれる。今すぐさっきの話は冗談だとごまかして電話を切りたいと思った。だがそれはダメだ。ここまで来た以上、北原からの断りの言葉を聴かないといけない。
『…………ょ』
「……え?」
微かに北原の声が聞こえた気がした。僕は耳を澄ませる。
『いいよ』
「……え?」
僕は耳に入ってきた言葉が信じられず、間抜けな声で聞き返してしまった。
『もぅ……何度も聞き返さんといてよ……恥ずかしいんやから』
北原はちょっと不機嫌そうな、でもそれでいて少し嬉しそうな声で言った。
「私も琉斗くんが好き。やから、付き合っても、いいよ」
その後どんな話をしたのかあまり覚えていない。ただ、確か最後は「これからよろしく」みたいなことを言ったと思う。
電話を切ってポケットにしまうと、僕の頬を雫が伝っていくのを感じた。涙だ。それを自覚した瞬間に、僕の両目からは涙が止めどなく溢れ出てきた。手で強引に擦っても無駄だった。次第に激しく嗚咽まで漏れてくる。
今まで何度も何度も泣いたことのある僕だが、ここまで激しく泣くなんて初めてだ。
あぁそうか。
僕はこんなにも北原梓のことが好きなんだ。大好きなんだ。
涙が止まらないのは、僕が北原梓に本気で恋をしているからだ。
感情が昂る度に溢れる涙を、僕はずっと鬱陶しいものだと思っていた。
でも今僕の頬を滴る雫は、とても美しく、心地の良いものに感じられた。
数分後、少し収まってきたので二人の所に戻ることにした。泣き顔を見られたくなかったが、あまり待たせると心配するだろう。
二人は戻ってきた僕の顔を見てギョッとしていた。あまりに酷い泣き顔だったのだろう。僕も僕で、二人の顔を見て深い安心感を覚え、また泣いてしまった。
それを見て二人は僕が失恋してしまったのだと思い込み、熱心に慰めてくれた。僕は違うんだと否定したかったが、嗚咽が止まらず、二人に告白の成功を伝えることができたのは30分程してからになった。
* * * * *
この話は別に大した物語じゃない。ガキのままだった高校生が勇気を出して、ずっと想いを寄せていた人に告白をして、そしてOKをもらえた。それだけの話だ。
でも恋をしたことがある人ならば、なんとなくわかってもらえると思う。
人を好きになるのって、恋をすることって、とても素晴らしいことなんだ。それこそ、嫌いだったものへの見方が変わるくらいに。
もし今、誰かのことがすごく好きで、でも伝える勇気がないってしょぼくれてる人がいるなら、一度相手の子のことをじっくり考えて欲しい。それで、涙が出てくるくらい心が締め付けられたら、それは本気の恋だ。
その想いは絶対に伝えた方がいい。もしそれで望んだ答えが返ってこなかったとしても、本気で恋をしたこと、勇気を出して踏み出したこと、それらは必ず自分の財産になるから。
まぁ、好きな人のことを想って泣いてしまうような、僕みたいな泣き虫はそうそういないと思うけど。
* * * * *
「何ぼーっとしよん?」
梓が不機嫌そうな顔で僕の顔を覗き込んでいた。
「え、あぁごめん」
「も~しっかりしてよ。今日はいつもよりも遠出なんやから」
「ごめんごめん。もう大丈夫やから」
そう言うと梓は機嫌を直してニコッと笑った。今日は10回目のデート。日帰りだけど、ちょっとだけ遠くに旅行に行くことにした。
ホームに駅員の声が響き渡り、僕たちが乗る電車がやってくる。ドアが開いて降車の人を見送り、僕は電車へと歩を進めようとした。するとぴん、と僕のシャツの裾が引っ張られる。
振り向くと、梓がコスモスよりも色鮮やかな笑顔で立っていた。
「琉斗くん、今日も頼りにしとーよ」
僕は、僕の彼女に自信に満ち溢れた笑みで答えた。
「任せて!」
なろうで読んだ他の作者さんの恋愛小説に触発されて、書きたい想いと勢いのまま執筆しました。読んでいただきありがとうございました!




