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中編

『梓ちゃん来るって!』


 数日後、そんなメールが宏から届いた。


「ぃよしっ!!!」


 自室にいた僕は思わずベッドに立ち上がり、左手で携帯を持ったまま、勢いよく右腕を振り上げてガッツポーズをした。隣の部屋にいる姉が「琉斗うるさい」と怒鳴ったが、僕は気にも留めずにガッツポーズを繰り返す。


 宏とは親友だが、ここまで彼の存在に感謝したことはない。だが浮かれているのを知られるとまたいじられるのはわかっていたので、返信は努めて事務的な内容で送った。


 すると宏から電話がかかってきたので、一度咳払いをして気持ちを落ち着けてから携帯を耳に当てる。


「もしもし」

『あっ琉斗、今いける?』

「おう大丈夫やけど」

『梓ちゃん、結構ノリノリやったよ! 誘ったら割りとすぐに「行きたいです!」って返信きてさ~』


 可愛い。そのメールを見てみたい。


「へぇ~そうなんや……」


 僕は興味がない風を装って、白々しく返事をした。


『いやいや、いつまでそのキャラやってんねん。お前の気持ちはもう知ってるんやから、素直になれよ。嬉しいやろ?』


 宏のズバッとした物言いに、僕の顔は熱湯につけたように真っ赤になった。電話口で良かった。察しのいい宏でもさすがに気づきはしないだろう。


「う、嬉しいけど……恥ずいやん!」

『も~琉斗は照れ屋さんなんやから』

「うっさいわ! 話それだけやったら切るぞ!」

『あー! 違う違う! バーベキューの詳しいこと話そうと思っててん』


 そう言って宏は日時や場所、残りのメンツなどの情報を話してくれた。どうやら宏の父が友人を大勢集めてバーベキューパーティーをするらしく、僕たち高校生組はその端っこに混ぜて貰うようだ。そしてメンツは男子六人女子四人の計十人。その中には僕と宏と北原、そしてもう一人の親友・近藤(こんどう)宗太(そうた)も含まれていた。

 宗太は町内の高校に通っているので、何気に会うのは久し振りだ。楽しみなことがまた一つ増えた。



 * * * * *



 バーベキュー当日。

 僕は宏、宗太とともに他のメンツよりも早く、会場であるA島市内の公園に来ていた。宏のお父さんの厚意で、準備は大人たちがやってくれると言ってくれたのだが、それはさすがに悪いと、三人で手伝いを申し出たのだ。


 この公園には昔お城があったらしく敷地内にはお堀があるが、城郭そのものは焼失してしまったのだとか。そんな広々とした公園の中には桜の木が点々とうえられており、その花弁は既に満開に咲き誇っていた。


「へぇ~綺麗やなぁ」


 宏が口を半開きにして呟いた。まるで知らない人に初めて会った赤ん坊のような顔だ。


「口開けとると花びらが入ってくるぞ」

「いやぁ、これはアホ面になるわ。(じつ)は花見ってちゃんとやるん初めてなんよな」

「確かに。神社とかに何本か植わってるんを見たことはあるけど、こうやって桜の近くでバーベキュー、みたいなんは俺もやったことないわ」


 宏の言うことに宗太も賛同する。宗太はお笑い芸人の品◯庄◯の二人を足して2で割ったような顔に似ている。中学の時から髪の量が多くもさもさしていたが、今はさらに伸びているようで、ワックスでそれっぽく整えればホストクラブで働けそうだ。


 宗太は宏とも久し振りに会ったようだが、三人揃えば中学と同じように下らない話で盛り上がり、ボケてツッコむ。そんなやりとりをすぐに展開できて僕はとても嬉しかった。


「琉斗は?」

「ん?」

「花見。経験アリ?」


 宗太が上の空だった僕に気付き、声をかけてくれた。バカな奴だがこういう気遣いができる男で、僕はそういうところが好きだった。


「あぁ、花見ね。俺も初めて。だからすごい楽しみや」

「うおー! テンション上がってきた! 早く父さんと合流しよヴっ!?……ぺっぺっ!」


 宏が急にはしゃぎ出したと思ったら、今度は盛大に唾を吐き出した。


「何やっとん?」

「マジで口に桜入ってきた!!」


 言わんこっちゃない。僕と宗太は声を上げて笑った。宏も釣られて嬉しそうに笑っていた。

 この時点でこんなに楽しいのに、メインイベントはまだ始まってもいない。僕は心を踊らせながら、宏のお父さんたちと合流すべく歩を進めた。




 僕ら三人がコンロやテーブルなど一通りの準備が終わるころに、「おーい」と毎日電車で聞き慣れた女子の声が聞こえてきた。そちらを向くと、残りのメンツ7人がぞろぞろと近づいて来るのが見える。勿論その中には北原もいた。


 僕はその瞬間心臓が跳び上がるのを感じた。北原がそろそろやって来るということで、心の準備はしっかりしていたつもりだったが、今日の北原を見てそんな準備はぶち壊された。


 北原がスカートを身に付けていたのだ。正確には真っ白でフリルのついた、フワッとした膝丈スカートのワンピース。パステルピンクのカーディガンを羽織り、頭には白いリボンが巻かれたカンカン帽を被っていた。


 正直かなり似合っていた。桜の妖精が舞い降りたのではないかと錯覚するレベルの可愛さだ。僕は目を真ん丸に見開いて見とれてしまっていた。


「? 琉斗くん、どしたん?」


 僕の視線に気づいた北原が、不思議そうにちょこんと首をかしげて尋ねてくる。その仕草も反則級だ。


「いや、別に何でもないよ」


 僕は慌てて顔ごと目を逸らした。可愛いとか、似合ってるとか、気のきいた言葉を言えない自分がもどかしかった。




 バーベキュー中、僕は全然北原と喋れなかった。だがこれは別に、いつも以上に可愛い北原にどぎまぎしてしまったとか、そういうことではない。いつものことなのだ。


 朝、通学で同じグループに混ざっているものの、僕ら二人が仲良くお喋りすることなどほとんどない。僕はそのグループでは大抵聞き役で、宏たちの話にツッコんだりリアクションをとったりしている。北原も自分から話を展開していくようなキャラではなく、友人たちの話にニコニコ笑っていることが多い。


 僕と北原の距離は近いように見えて実際はとてもとても遠いものなのだ。


「おい琉斗! 何してんねん!」


 宏が突然僕の近くにやって来て、ひそひそ声で怒鳴る。傍らには宗太もいた。


「せっかく梓ちゃん来てるのに、全然話してないやん!」

「いや、だって……北原、女子と喋ってるし……」

「関係ないわ! 俺と宗太で周りを引き付けてやるから、お前は梓ちゃんと話せ!」

「え、いいよそんなん! 北原も迷惑やろうし……」


 僕は慌ててモゴモゴとした口調で宏の提案を断った。すると宏が物凄く怖い顔になって睨んでくる。


「あかん。話してこい。行かんかったら二度とお前とは口聞かんからな。行こう宗太」


 宗太が頷き、二人は北原たち女子グループの方へと向かう。


「ちょ、二人とも待てって!」

「別に告ってこいって言ってるわけじゃないんやから、気楽に行こうぜ」


 宗太が振り返って笑いながら言った。僕は仕方なく二人に付いていく。宏のトークスキルにより、自然な流れで女子グループに合流した。僕は宗太に促されて北原の隣に、人が一人割り込めるくらいの隙間を空けて陣取った。


 宏の面白トークにみんなが声を揃えて笑っていたが、僕はそれどころじゃなくて全然内容が入ってこなかった。心臓のドキドキが止まらない。横目でチラッと北原を覗いてみると、彼女も口を押さえて女の子らしく笑っていた。


 駄目だ、やっぱり緊張して話なんてできない。そもそも、グループで会話しているのに、その中で二人で話すなんて無理があるだろう。そんなことを思っていると、僕は突然右側から衝撃を受け、左側に立っていた北原に軽くぶつかってしまった。


「おい!」

「あぁ、ごめん琉斗」


 宏と宗太がふざけてじゃれあった結果、僕にぶつかったようだ。宗太は白々しい表情で笑っていた。絶対わざとだ。


「ご、ごめん北原。大丈夫?」


 僕は宗太と宏へ怒りを覚えながらも、北原の方へ向き直って謝った。すると思いの外北原との距離が近くなっていた。シャンプーの良い香りがふわっと広がり、一瞬うっとりしかけるが、慌ててすぐに距離をとる。


「う、うん。大丈夫」


 北原は何故かぷいと視線を地面の方へと逸らした。

 まずい、なんだか気まずい雰囲気だ。しかし幸いにも今のやりとりで僕と北原は宏たちの会話から切り離された。今なら自然に二人での会話に持っていける。


 宏と宗太の強引なやり口には不満があるが、ここまでお膳立てしてくれたのだ。僕は少ない勇気を振り絞って北原に話しかけることを決めた。


「き、北原。この前、話しかけてくれてありがとう。その、ブランでさ」


 なんだその話は。もっとマシな話題が他にあっただろう。僕は内心で自分自身を罵倒した。しかし仕方がないだろう。最近あった二人の共通の話題を考えて、咄嗟に出たのがそれだったのだ。恥ずかしくて目を見れない。僕はうつむき加減で言葉を続ける。


「休みなのに、話しかけに来てくれて、その、嬉しかった」


 北原からはすぐに反応がなかった。僕はまずったと思い上目で彼女の様子を確認した。すると北原は少し目を見開いて、驚いたような顔をしていた。


「き、北原……?」

「嬉しかった……そっか……。それなら、勇気出してみて良かった」


 北原は、ホッとしたような顔で微笑み小さな声で言った。勇気?どういうことだろうか。もしかしたら、あまりに二人で話したことがなかったから、僕が北原のことを友達認定していないかもしれないとか思っていたのだろうか。だとしたら良くない。そこははっきりさせておいた方がいいだろう。


「うん、嬉しかったよ! だって北原は、あの……友達、やし」

「友達……。うん、そうやね。ありがとう」


 北原はニコッと笑った。僕は目眩を起こしそうになった。北原と僕は友達。それがお互いの共通認識になったことは、僕にとって大きな進歩だった。


「今日、誘ってくれてありがとうな」

「え? あ、うん。どういたしまして」


 北原を誘ったのは僕ではなく宏だったが、わざわざ訂正する必要もないと判断した。


「あー! 何二人でイチャイチャしよん?」


 すると突然宏たちの輪から外れた女子の一人が黄色い声を上げて茶化してきた。


「「イチャイチャなんてしてないよ!」」


 偶然、二人の声が重なった。僕らは咄嗟に顔を見合せ、そしてすぐにお互い目を逸らす。


「息ぴったり! 怪しいなぁ~?」


 いつの間にか集まってきていた他のメンツも、合わせるかのように囃し立ててきた。僕は顔を赤くしながら「うるさい」とか「違うわ」とか言って否定した。


「ごめん、止められんかったわ」

「ううん、充分話せた。ありがとう」


 騒ぎが収まった後、宏が片手を顔の前に立てて謝ってきたが、僕はもう満足だったので礼を返した。




 そんなこんなでバーベキューパーティーは夕方に終了した。あの後僕はろくに北原と会話をすることができなかった。

 地元の駅で解散ということになったが、宏が「俺らは反省会な」と言うので、僕と宗太は彼に連れられ町内のファミレスに来ていた。昼に肉をたくさん食べたので、ドリンクバーとポテト等の軽食を少し頼むに留める。


「んで、梓ちゃんとは楽しく話せたか?」


 ポテトを豪快に頬張りながら、宏がこれが本題だと言わんばかりに口を開く。


「……まぁ、おかげさまで」

「どんな話したん?」

「別に普通の話よ。でもまぁ、進展はあったよ」

「マジ!? 詳しく詳しく!」


 僕の言葉に二人は興奮した表情で身を乗り出してきた。


「北原、僕のこと友達やと思ってくれてたみたい」


 僕が満足げに言うと、二人はため息をつきながら肩を落とした。なんだその反応。


「琉斗、俺ぶっちゃけ失望したわ」

「ほんま……がっかりや」

「え、なんでやねん」


 困惑する僕に宏が再び身を乗り出し、僕に顔を近づける。


「中二からの付き合いやろ!? 今さら友達ってなんやねん! そんなん当たり前のことやろが!」

「当たり前やないよ! 一緒に遊びに行ったこともほとんどないし、二人で話すこともまれ。それって友達としては微妙やん? でも今日友達やってことがはっきりした。俺はめっちゃ嬉しいよ」

「あのな、俺らもう高校生なんやで。いつまでもガキみたいなこと言ってないで、そろそろ踏み出すべきなんやないか?」

「…………」


 宏が呆れた表情で言うので僕は黙ってしまった。それは僕だってそうしたい。でも僕にとってはこれが初恋なんだ。色恋沙汰に疎い僕は、北原と恋人になるとかそういう話よりも、今この関係を続けられるかの方が不安だった。


「俺、このまややったら琉斗は絶対告白せんまま終わると思う。なんだかんだ言い訳を作って、結局自分の気持ちを封じ込めたまま大人になるんや。そんなんあかんて!」


 けっこう酷いことを言われている。だが言い返せなかった。自分でも薄々思っていたことを見事宏に言い当てられて、僕は落ち込んでしまった。


「北原が俺なんか相手にするわけないよ」

「……なぁ琉斗」


 すると今度は宗太が口を開いた。


「俺な、高校に入って好きな人できたんよ」

「え! 何それ初耳なんやけど!」

「言ってなかったからなぁ」


 宏が驚きの声を上げたが、僕も同じだった。宗太は中学時代はそれなりにモテていたが、特定の誰かと付き合うということはなかったため、あまりそういうのに興味がないのだと思っていたからだ。


「ほんまに、めっちゃ好きで好きでたまらなくなってな。修了式の日に告白したんや」

「ほんでほんで?」


 自然と僕も宏も前のめりになって宗太の話を聞いていた。


「あかんかった。フラれた。友達のままがいいって」

「うあー、どんまい!」


 マジか。こんないいヤツをフるなんて。説教をくれてやりたいくらいだ。


「最初はめっちゃ辛かったよ。三日間くらいは塞ぎ込んでたかな。でも、その翌日からすごい心が晴れやかになってなぁ。今まで告白なんてしたことがなかったのに、勇気を出して想いを伝えられた。なんか成長した気がしたんや。一歩大人に近づいたというか……」


 宗太の表情は、少し悲しさを帯びていたものの、とても優しくて大人っぽく見えた。


「ごめん、上手く言えんけど何て言うか、『恋』って、めっちゃいいもんやで。だから琉斗も、その気持ちを大事にして欲しい。隠したまま終わるなんてもったいないよ」


 なんだかすごく驚いた。一年近く会っていなかった親友は、僕の知らない内にとんでもなく成長していたんだ。僕はと言えば、いつまでも弱気で、宏の言うように言い訳やごまかしばかりを並べ立てて自分を守ってきた。もう高二になろうとしているのに、僕はまだ中学生のガキのままだった。


「琉斗、ええもん見せたるわ」


 宏がそう言って自分の携帯を開き少しいじったあと僕に画面を見せてきた。


『バーベキューかぁ。楽しそうやね。ちなみに誰を誘ってるん?』


 それはメールの画面だった。送り主を見てみると北原梓と書いてある。


「これって北原の……」

「俺が見せたって言うなよ? 信用に関わるからなぁ。で、これへの返信がこれ」


『今んところ琉斗にしか声かけてない! 電車で一緒のメンバーと、他数名誘ってみようと思ってる! ちなみに、琉斗が梓ちゃんは絶対誘って欲しいって言ってた』


「おま! これ……!」

「まぁまぁ落ち着けって。大事なのはこの次だから」


 昼に北原が僕に「誘ってくれてありがとう」と言っていた理由がわかった。言ってもいないことを勝手に伝えられたことに不満を感じたが、宏も僕の顔を立てようと思ってくれたのだろう。僕は抗議を我慢して宏の行動を待った。

 宏がキーを押し、梓の返信が表示される。


『そうなんや! 琉斗くんがくるなら安心やなp(^-^)q 行きたいです!』


 僕は息が止まりそうになった。これってつまり……。


「梓ちゃんも割りと皆と仲良いわけではないからな。誰が来るんか不安だったんやろ。それなのに、琉斗が来るって言ったら一発OK。こんなんよっぽど信頼されてなかったらあり得へんで?」

「これは……かなり脈アリやろ」


 宏に同意するように宗太もうんうんと頷く。

 信じられないが、文面からは確かに北原から僕への信頼が読み取れる。


「で、でも勘違いだったら……」


 この後に及んでまだ言い訳を口にしてしまう。不安なのだ。勝手に舞い上がって失敗してしまったら……。


「勘違いかもしれへん。でもそん時はそん時や! それで壊れてしまうような仲なら、もし告らんかったとしても今以上のことはないと思うよ」

「琉斗、勇気だしてみようや。一世一代の大勝負、ここでかけてみるんもいいんやない?」


 宏と宗太は僕を勇気づけるように、頼もしく力強い表情で笑った。その顔を見ていると、だんだんとうじうじしていた自分が本気で馬鹿馬鹿しく思えてきた。


「お前は泣き虫やけど、弱虫ではないやろ?」


 宏の言葉で僕の心は奮え上がる。僕は心を決めた。二人の顔を順番に見てその決意を言葉にする。


「北原に告白する」

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