69.「火事場の」
「壮観ね」
誰に言うまででもなくといった様子で、メイベルが呟く。
あなたの眼前には、燃える王都が映っていた。高く聳える尖塔にまで火の手が上がり、薄らとした黒煙がそこらじゅうに漂って視界にフィルターを掛ける。
王都のあちこちから散発的に銃声や剣戟音が響いていた。どうやら、戦闘はまだ続いているようだ。
「取り敢えず中に入らないと……前線はどこでしょう」
「この手の戦いに前線なんてあるの? でも、この辺りじゃなさそうよ。兵士いないし」
大きく開け放たれた門には、普段常駐しているはずの兵士がいなかった。持ち場を投げ出して逃げたのか殺されてしまったのか定かではないが、おかげで抵抗を受けずに入れそうだ。
カレンを馬に乗せ、あなたたちは王都の門を潜った。常に周囲を警戒し、お互いから離れすぎない距離を保つ。もし不味いことになれば、すぐにカレンにしがみついて離脱する算段だ。
こんなことなら、あの馬を連れて来るべきだったかとあなたは思う。死んだ騎士を乗せたままアテのない旅を続けていたあの馬は、カレンの手で鞍を外されて自然に帰っている。今頃は自由を謳歌していることだろう。
王都に入ってしばらく、一向に兵士の姿は見えない。しかし、至る所でリヤカーや馬に荷物を積み、一刻も早く戦火から逃れようとする民衆の姿があった。
メイベルが状況を尋ねようと近づくも、皆自分のことで精いっぱいらしく眼を合わせようとさえしなかった。
不愉快そうにこめかみをひくつかせるメイベルを宥めていると、あなたは避難民で溢れる広場に雰囲気の異なる一角を発見した。
ダボついたローブを纏い、武装した男女六人が破壊された屋台を机代わりに地図を広げ、何やらひそひそと話し合っている。
不穏な気配にも怖気づかずメイベルは歩み寄り、声を掛けた。
「ねぇ、私たち外から戻って来たんだけど――」
「前線は西に移ったぞ。暴れたいならそっちへ、俺たちのことはほっといてくれ」
リーダーと思しき男が答えた。見た目によらず、案外柔らかな声音だ。
暴力沙汰にならずあなたは安心したが、聞きたかったのはそういうことではない。戦況も有益な情報だが、今は何よりこうなった原因が知りたいのだ。
「や、そうじゃなくて。なんでこんなことになってんの?」
「あー……始まったのは確か二日前だ。発端は色々噂を聞いてるが確かなことは分からんな。民衆が決起したとか、魔術結社同士の抗争が発展したとか」
つまり、原因は分からないと。カレンが小声で呟いた。
真相はあなた自身が突き止める必要がありそうだ。シロアッフなら詳しく知っているかもしれない。どちらにせよ、奴に会って報告をしなければならないのだ。聞くのはその時でもいいだろう――それが許されれば、の話だが。
気持ちの籠っていない生返事を返したメイベルは、男に怪訝な視線を投げる。
「ふーん……あんたらはここで何してんの。その地図を見る限りだと、強盗計画でも練ってるように見えるけど」
広げられた地図には目標と思しき建物を囲んだ黒線と、そこへ向かう経路を示す矢印と襲撃、目標などの物騒な文字が躍っていた。
「馬鹿言え、俺たちは魔術結社だ。お前も魔術師だろ? 分かるぜ」
「まぁね。便乗して抗争でも吹っ掛けんの?」
「前々から決めてた話だ。敵対してる奴らに一撃喰らわせてやるのさ」
そう得意げに男は言う。なるほど、戦火が広がるわけだとあなたは思った。
きっとこんな調子で様々な武装組織が好き勝手にやりあっているのだろう。あなたが王都に滞在した期間はそう長くないが、争いの種は山ほど目にしてきた。
勝手にやってくれと、あなたたちはその場を後にした。
一路、王国書庫を目指して進む。
先程の男、適当だったが嘘はついていなかったらしく、銃声や砲声は殆どが西から聞こえてくるものだった。
王都の西と言えば、やはり“魔術大路”が印象深い。魔術結社が騒動の中心であるのなら、魔術関係が密集するあの場所は文字通り戦場になっているのだろう。
略奪され、見るも無残な姿になった商店街を横切る。放置された食品が悪くなっているのか、鼻を突く腐敗臭がした。
「……あれっ」
不意にカレンが声を上げた。
「ルフィナさんですよ、ほら」
「げっ……」
不味いと思ったのも束の間。既に向こうはあなたを捕捉し、小さく手まで振っている。一瞬見なかったことにしようかとも思ったが、ばっちり眼が合ってしまった。
しぶしぶながら、ルフィナの元へ向かう。
彼女は破壊され無人のカフェのオープンテラスに座っていた。優雅に紅茶を傾ける傍らに、ずっしりと中身が詰まった白い袋が鎮座している。サンタクロースを思わせるような大袋だ。
眼を覆いたくなるような荒廃の中でも、ルフィナは相変わらず美しかった。人目を引く銀髪、人形のように整った顔立ちの彼女は、どこにいても絵になる。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう……一人なの? あのちょろちょろしてた子の姿が見えないけど」
「あそこに」
ルフィナの視線を追うと、無数の弾痕が残るカウンターに一人の女性が直立不動で立っていた。ルフィナをボスと慕っていたあの女性だ。あなたたちの姿を認めると、せかせかと動き始める――紅茶を用意しているようだ。ありがたいが、店の物を勝手に使うのはいかがなものか。
「好きなのを持っていっていいですよ」
「なにこれ……魔術書じゃない」
「もう誰も読まないようだったので頂きました」
「火事場泥棒って言いなさいよ」
「放棄された資源の有効活用ですわ」
袋の中身は大量の魔術書だった。話を聞く限り、全うな手段で入手したものではなさそうだ。
そうこうしている内に、紅茶が三つ運ばれてきた。立ったまま飲むわけにもいかず、あなたは周辺から使えそうな椅子を三つ見繕って並べる。
それぞれ腰掛けて一息つく。あなたはルフィナの部下に礼を言おうと思ったのだが、既に奥で直立不動に戻っていた。
「悪いけど、あまり悠長にしてられないのよね」
「お友達同士お話しませんこと? 面白い話もできますけど」
「別に友達じゃ……」
「王都がどうしてこうなったかご存知?」
紅茶を飲みかけていたメイベルの手がピタリと止まる。あなたもカレンも、それが一番聞きたかったことだ。
「やっぱり! 知らないと思ったわ。あなたたち王都を出てたみたいですし」
「どうしてそれを……」
「良からぬ魔術書を巡ってあちこち巡ってると噂になっていたので」
カレンの問いにあっけらかんとルフィナは答えた。
やはりどうしても情報は洩れるようだ。今回は事情が事情、好奇心豊かな魔術界隈では殊更早く噂が回ったのだろう。
「詳しい話は聞かれても答えないわよ」
「ええ、誰にだって触れられたくない部分はありますもの」
「それよりこの騒動の話が聞きたいの。一刻も早く」
あなたは煙草に火を付け、話を聞く体勢を整えた。ルフィナにも勧めたが、今日は気分ではないらしい。
「王都の治安が長らく悪いのはご存知でしょう。およそ一週間前だったかしら、民衆と軍の間で小競り合いがありまして。それ自体はいつものことですけれど、いよいよ恐れをなした王が警備を強化しようとしたわけです」
「続けて」
「言われずとも。それで、通りを行進する兵士の隊列を見た民衆は早とちりした。『我々を武力鎮圧する気だ』と……そこで民衆に火がつき、軍の武器庫になだれ込んだ。それでこの有様です。今や革命だなんだと息巻いているそうですよ」
偶発的な衝突が起き、それがきっかけで不満と言う名の燃料に引火する……歴史上、勘違いや早とちりから革命に至った例もある。
どの世界でも人間は変わらない。あなたは天を仰ぎ眉間を揉み解した。
あなたの脳裏に路地裏革命家の姿が浮かんだ。前に路地裏で革命を叫んでいたあの男は、今どうしているのだろう。念願叶って満足だろうか。
「なるほど、それに魔術結社やら犯罪組織やらが便乗してるのね」
「勢力図で言えば凡そ三つ巴でしょう。民衆対国家対魔術結社及び犯罪組織……最後の二つは同じかもしれませんね」
口元を手で隠し、ルフィナは上品にくすくすと笑った。
自然に、あなたの目線は魔術書の詰まった袋に向く。確かに、両者にはあまり差がなさそうだ。
「それで、ルフィナさんはどうしてここに?」
「家の周りでお馬鹿さんたちが大騒ぎしだしたので避難を」
「あぁ……」
「いっそ引っ越してもいいかもしれませんね。アルハンスクなんて、これからの季節綺麗になりますし」
ルフィナは今回の騒動から距離を置くようだ。心の底から、あなたもそうしたいと思った。早くこんな所を出て、どこか別の場所へ行きたい。
アルハンスク――これから夏に入る港町はさぞ美しいだろう。潮の香りに行きかう漁船、ずっとあなたの心に残っている光景だ。もし居を構えるなら、あの街がいいとさえ思っている。
全て終われば――終わらせなければならない。あなたの問題は、他ならぬあなたが解決すべきだ。
「おい、ちょっと……聞こえてるよな! おーい!」
遠くからやや間延びした聞き覚えのある声、言葉。あなたにしか理解できない、別世界の言語が聞こえる。
「……誰? ていうか何語?」
メイベルが目を細め、必死の形相で駆け寄ってくる男を見つめた。
一九九八年からの来訪者、アローンが息を堰切らせ、あなたに手を振っていた。




