67.「すべて良き木は良き実を結び」
不規則な振動があなたを揺り起こした。
居心地が悪い。意識がゆっくりと、しかしはっきりと覚醒する。
眼を開けると、外はまだ真っ暗だった。意識を失う前の記憶と統合して、それほど長く眠りこけていた訳ではなさそうだとあなたは考えた。
確か、馬で引き摺られて砦を脱したのだったか。あなたは自分の行いとこれからどうなるかを考えて、頭が痛くなった。メイベルとカレンのことも心配だ。
とにもかくにも、まず身体を起こさなくては始まらない。あなたは腹筋に力を込め、思い切り頭を何か固い物にぶつけた。
その固い何かは頭上だけでなく、周囲をぐるりと取り囲んでいるらしいと気付くのに殆ど時間は掛からなかった。脱出しようともがくが、不味いことに手足を縛られている。
もしかして、逃げ切れずに捕まってしまったのだろうか。であれば、あなたが拘束の上監禁されていることに納得がいく。一刻も早く抜け出して、二人の安否を確かめなければ。
右のブーツにナイフを隠しておいたはずだ。取り上げられていなければ、それで拘束を解ける。まずはそれからだ。
あなたがもぞもぞしていると、不意に光が差し込んだ。
「あ、起きた? 死んだかと思ったわ」
逆光に眼が眩んだが、声からしてメイベルだと分かった。
彼女は手際よく手足のロープを切ると、あなたの両腕を掴んで引き起こした。赤黒くもなければ刃でもない、人間の腕だ。
「おはよう。時間的にはこんにちはって言うべきかしら」
あなたはついさっきまで自分が収まっていた箱を見た。それは木で作られた、簡素な棺だった。
「生身のまま引き摺り回すのは流石にアレってことで、道端に捨てられてた馬車から木材剥がして作ったの。あんた全然起きないし、死んでたらそのまま埋めてやろうと思って」
なんともご親切な話だ。起きるのが遅れていたら、早すぎる埋葬が行われていた。下手すればあなたは冷たい地中に生き埋めになっていた。
「おはようございます。紅茶をどうぞ」
カレンが温かい紅茶をあなたに渡した。
飲むにつれて身体が芯から温まる。余裕が出てきたので改めて周囲を見渡すと、ここは野営地のようだった。焚き火と馬が一頭に大きな鞄が三つ。
空は青く澄み渡り、地上では溶けかかった雪が日光を反射していた――積雪が見られるということは、まだ北部だろうか。
「王都に戻る道中よ、今日は砦から出て二日目の昼」
「来た時と道は違いますけど、明日にも着くと思いますよ」
二日間、あなたは眠っていたらしい。その間、彼女らは意識もなく役に立たないあなたを抱えて逃げ続けていた。
自分が何をしたかは覚えている。変異して、怪物になって暴れ回った。メイベルもカレンも、間違いなくその目で見たはずだ。それでも見捨てられなかったのは、少し意外だった。
「別に置いてきてもよかったけど、目覚めが悪いでしょ」
「向こうも怒ってるってよりは、ただ話を聞きたいような感じでしたしね。その……アレの」
カレンが身振り手振りで両腕の刃を表現する。
「私は見るの二回目だけどね」
「えぇ!?」
「前はデカいワーム食ってたわ」
「えぇ……?」
話さなければならない。あなたが何で、どこから来たのか。
あなたは口を開きかけたが、しかしメイベルが先手を打った。
「前にも言ったけど、詮索しないから」
「わ、私も聞かない、です! 同じく!」
違うと、あなたは首を振る。
話したいし、聞いて欲しいのだ。二人には、あなたの出自を知っていて欲しかった。ずっと隠し通すつもりだったが、それはフェアではない。
友情の一つの証として、あなたなりの誠意として、話しておくべきだと思った。ただ時期が来ただけのことだ。
「……まぁ、話半分で」
「聞いていいなら……」
深呼吸を一つ、あなたはゆっくりとこの世界に来た経緯を話した。
ウェイスランド、ロケット弾、高次元暗黒――全てを。
あなたは死に、この世界に飛ばされて、川で溺れてまた死にかけた。そこを偶然通りかかったカレンが救い、それから全てが始まったのだ。
何もかも全て話し終え、あなたは恐る恐る二人の様子を確かめた。
メイベルは普段と変わらない様子。カレンは、少しばかり眼を見開いていた。
「……あれ、本当の話だったんですか」
カレンの言葉に、今度はメイベルが驚いた様子を見せた。
「何か聞いてたの?」
「ええ、川から引き上げた時にどうのこうの言ってたんですけど……さっきまで溺れてた人だし、ちょっと錯乱してるのかと思って」
「あの辺りって浅い川しかないでしょ」
「逆さまに刺さってたんですよ」
それを聞いたメイベルはけらけらと笑い、足を組み替えて言った。
「ま、亡霊にならなかっただけ良かったわね」
それだけかと、あなたは耳を疑った。今は奥底で大人しくしているとはいえ、制御困難な怪物を抱えて異世界からやってきた男があなただと聞いて、本当にそれだけなのか。
もっと――本意でないが――恐れられたり、ネガティブな反応があるものとあなたは思っていた。
「どうしてもって言うなら、今から砦に戻ってもいいけど?」
「……みんな生きてるし、それでいいんじゃないですか」
「あら、いいこと言うじゃない。カレン」
あなたはつくづく運のない男だが、出会いには恵まれているようだ。彼女らの善良さはあなたには眩しく、勿体ないとさえ感じられる。
全員が過酷な修羅場を潜り抜け、それで今も生きている。それでいい――二人がそれでいいのなら、全く問題などありはしないのだ。
「今のうちに何か食べときなさい、あんたは王都まで歩くんだから」
「シロアッフさんになんて言います?」
「その時に考えるわ」
乾燥したビスケットと、獣の肉が一切れ差し出された。行きの幌馬車には食料を積んでいたが、着の身着のまま飛び出して来たような状態ではこれしかない。飢えるよりずっといいと、あなたは二日ぶりの食事にありついた。
そういえばと、あなたは肉を齧りながら考える。追っ手はいないのかと。
最後に見たのは、騎兵の真っただ中を走り抜ける――正確には引き摺られる――景色。この二日間、よく追っ手に捕まらなかったものだ。
「私が魔術ぶっ放してたし……なんか、途中で追ってこなくなったのよね。ビビって諦めるって感じじゃなかったけど」
「変ですよね。一個大隊くらい出てきそうな雰囲気だったのに」
二人が言うには、追っ手の類は一切見ていないらしい。
砦を飛び出した当初は少なからず追って来ていたが、そう離れないうちに引き返して行った。奇妙だが、現実の話だ。
そもそも、捕まっていたらあなたはどうなっていたのだろう。尋問の後徹底的に解剖され、極秘の研究所で瓶詰の晒し者になったりしたのだろうか。
「名誉勲章貰って、せいぜい軍に首輪着けられるくらいじゃない? あんたのその力、優秀な魔術師くらいの働きはしそうだし」
「勲章なんて貰えますかね?」
「あんなもんただの金属よ。ばら撒こうと思えば幾らでも」
奴隷を従僕と言い換えるようなものだと、メイベルは締めくくった。あまりにも彼女らしい物言いに、あなたはくつくつと笑う。
「で、軍の退役後はどうなるんです?」
「解剖して晒し者。死人に口なしってね」
「年金の行く末は」
「こいつみたいな、恵まれない怪物の為の支援基金に」
今度は耐えきれず、あなたは腹を抱えて笑った。カレンには刺激が強すぎたのか、なんとも言えない顔で閉口している。それがまた面白かった。
時間がゆっくりと流れる、穏やかな昼下がりだった。




