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あなたと異世界の物語  作者: паранойя
2.宙を継ぐもの
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11.「オーバー・ザ・レインボー」

 メイベルに手を引かれ、あなたは何も分からないままに駆け出した。少し遅れて、背後から雷鳴の如き蹄の音が迫る。あなたは振り向き、すぐに後悔した。生い茂る木々を破砕し、眼に殺意を滾らせたユニコーンが迫って来ていたのだ。


 あなたはホルスターに手を伸ばし、ブラスターガンを手に取った。走る速度を緩めずに上半身を捻り、その照準をユニコーンへ定める。劣悪な条件下での射撃ではあったが、命中させる自信は十分にあった。


「待って、撃たないで!」


 メイベルの悲鳴じみた制止より、あなたの人差し指の方が僅かに早かった。

 しまった、軽率だった。そう自省するが、もう遅い。重金属弾は既に発射され、ユニコーンへ向けて猛烈な速度で疾走しているのだ。メイベルの制止には意味があるだろう。これから何か恐ろしい事が起きるに違いない。反動と後悔を残し、重金属弾は命中した。


 青白い光弾が弾け、数千度の熱を瞬間的に放出すると同時、ユニコーンの白い毛が波打つ。虹色の瞳孔を殺意に滾らせ、プリズムによって分散された光が周囲に広がった。

 霧散したはずの重金属弾が、虹の光彩を浴びて再び弾丸の姿を取り戻す。


 メイベルに手を引かれるがままに走っていたあなたは、逆に手を強く引いて進路を変えた。直観に従っての行動だったが、どうやら正しかったようだ。直後、あなたが撃った重金属弾はそっくりそのままあなたに帰ってきたのだから。

 凶暴な風切り音と爆ぜた大木の音を耳元に聞き、あなたは心底ゾッとした。


「このバカ! 人の話は最後まで聞けっての!」


 タイミングが悪かったのだ。あなたはそう言い訳したが、どう考えても悪いのは先走ったあなただ。素直に謝罪し、この窮地を脱する方法があるのかメイベルに尋ねた。


「無い訳じゃないけど、あんまりうまくいく気はしないわね」


 メイベルにしては珍しい、自信に欠けた発言だ。だが、何時までも逃げられる訳ではない。現に、ユニコーンとの距離はどんどん縮まっている。あなたに出来る事があるなら、なんだって協力するだろう。


「当然よ、でなきゃ二人とも死ぬわ」


 そう言って、メイベルは杖を握る右手に力を込めた。


「取り敢えずは身を隠す事に専念しましょう。詠唱に時間かかるから、時間稼いで。三十秒くらい」


 三十秒。無茶な話だ。が、それは未来に向かう唯一の道でもある。第一、あなたはなんだって協力すると言ったのだ。ウェイストランダーに二言は無い。

 あなたは身を翻し、ユニコーンと正対した。腹の底から響くような蹄が地を蹴る音、ランスのような一本角を見ていると、本能が逃走を叫ぶ。対等な立場であるべき精神と肉体のバランスが崩れ、精神に屈した肉体が両脚を明後日の方向へ駆動させようとするのを無理矢理押さえつけた。


 虎の子ブラスターガンは使えない。先程弾丸を回避できたのは全くのまぐれであり、偶然だ。幸運の女神は二度微笑みはしないだろう。あなたはナイフを取り出し、接近戦に備えた。


「ああ、宇宙よ、昏き導きの聖なる月よ――」


 メイベルの詠唱が始まると同時、あなたも動いた。鋭く突き出される角を躱し、すれ違いざまにナイフの刃をユニコーンへ走らせる。しかし、それは純白の馬毛を傷付ける事無く、プリズムの表面を滑ってしまう。立て続けに素早く順手での突きを仕掛けるが、結果は同じだった。


 攻撃が帰ってこないだけまだ温情だが、攻撃が通用しないのならあなたに勝ち目は無い。やはり、メイベルの秘策を待つ他に手は無さそうだ。

 ナイフをシースに戻し、再び激突。攻撃を諦め回避に集中、狂ったように振り回される角を回避する。攻撃を考えるなら僅かな隙に飛び込む必要があったが、その必要がないお陰で幾らか余裕を保てていた。


 ユニコーンが苛立った嘶きを上げ、勇ましく前脚を振り上げる。途端に、霞のようだったプリズムが輝きを増し、濃密な雲の如き厚みとなった。これは不味い。本能が叫びをあげる。今度は逆らう理由など何処にもなかった。躊躇せず後方へ身を投げ、放たれた衝撃波を回避する。


 その威力たるや凄まじく、小規模なクレーターを形成する程だった。留まっていれば命は無かっただろう。

 メイベルはまだなのか――背中に冷たい物を感じつつ、あなたは様子を窺った。


 一方のメイベルと言えば、大きな目を見開いた上、跪いて一心不乱に祈りを捧げていた。

 魔術とは、宇宙と共鳴し、その神秘を人の身で再現する技法だ。ならば己の内に宇宙を見るのは当然であるのだが、あなたはそんな事を知るよしも無い。一見して薬物中毒のように見える彼女を心配するのも仕方がないだろう。


 と、そこで再びユニコーンが嘶き、虹の霧を周囲に滞留し始めた。明らかな攻撃の予兆。しかも、その規模は先程の比では無い。もし放たれよう物なら、あなたは塵も残さずに消え去ってしまうだろう。

 攻撃の予測は建てられても、それを防ぐ方法が無い。一か八か突っ込むか、何処かの奇特な神に期待して祈りを捧げるか。そんな馬鹿な考えがあなたの脳内を巡り始めた時、メイベルの声が響いた。


「掻き消せ、月光――“幻影”」


 メイベルは、見慣れた青白い光を纏っていた。瞬間、それは放たれ、無数の人影――即座にメイベルの姿を模り、ユニコーンの周囲を駆け巡った。子供の遊びのような、からかっているかのような動き。それが、いたくユニコーンを刺激したようだ。怨嗟の唸りを上げ、散り散りになって逃げる幻影を追い始めた。


「ほら逃げる! ボサっとしない!」


 メイベルはあなたの手を引き、幻影に混じって走り出す。

 木々の間を縫うように走りつつ、幻影を追うユニコーンが見えた。幻影も善戦していたものの、走りに特化した馬には勝てない。やがて追いつかれ、背後から胸を鋭利な角で貫かれた。


 幻影とは言え、見た目は今まさに手を引いているメイベルと何ら変わらないのだ。グロテスクな光景を想像し、あなたは思わず眼を逸らす。だが、あなたの想像通りにはならなかった。


 胸部を貫かれた幻影は、一瞬小さな球体にまで魔力を圧縮したかと思えば、次の瞬間には無数の蝶となって飛び立ったのだ。ユニコーンは角を振り回して抵抗するが、幻影は捉えられない。


「よっし決まった……! ほら、あっちの木陰。隠れるわよ」


 隙をついて、あなた達は木陰に身を潜めた。

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