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後編

「ミント、お皿お願い」


 キュイと鳴って羽を使って器用にお皿を棚から出して、机まで運んでくれる。

 私はあのボールだった子に『ミント』と名前を付けて、一緒に暮らすことにした。 毎日一緒に遊んだり、掃除や料理の手伝いをしながら一日を過ごしている。

 ミントのおかげで毎日が忙しい。 私が掃除機をかけた後にゴミ箱を倒したり、外に干した洗濯物で遊んでいると思ったら洗濯物を地面に落としてまた洗う羽目になったりとか。

 それから————

 ガシャンと皿が割れる音が聞こえた。 ミントの下でお皿が割れている。 これで三枚目。 ミントは慌ててどこかに逃げていく。

 わざとやっているみたいじゃないからいいけど、お父さんが帰ってきたとき私のせいにされると思うと何とも言えない気持ちになってくる。 そもそもミントのことをどうしたらいいのか分からない。

 このまま私の家にいてもらうのか、ミントの|お家(月)に返してあげた方がいいのか。 やっぱり帰してあげた方が良いと思うけど、どうやって帰してあげればいいのか。

 自分で月まで行けるならいいけど、あんなに高いところまで飛んでいけなさそに思える。 もし仮に飛んでいけるとしたら、ミントはいま家出をしていることになるのかな。

 もう一週間ぐらいずっと一緒にいるもん。 一週間も家に帰らないなんて家出しかないし。

 それとも帰りたくても帰れないのかな……。

 

「ミントー、袋持ってきてー」


 しばらくすると、袋に身体ごと包まれたミントがあちこちにぶつかりながら飛んできた。

 あの様子じゃ、月まで飛んでいくことはできなさそう。

 ふらふらになりながらも袋を届けてくれたミントの頭を撫でてやり、割れたお皿を掃除する。

 お父さんに相談した方がいいのかな……?




 私たちの夜は決まって月を見ること。 外にハンモックチェアを出して寝そべって見る。 いま、あそこでお父さんがお仕事をしている。 どんなことをやってるのか教えてもらえないけど、きっとすごいお仕事をしている。

 「あそこにミントのお家があるんだよね?」月を指差して言った。 「そう」と言ってるように元気に飛んだ。


「いま、あそこで私のお父さんがいるの。 もしかしたらミントのお父さんお母さんにも会ってるかも。 ……ミントは帰りたい?」


 質問を理解してないのか首を傾げた。


「お父さんお母さんに会いたい?」


 また首を傾げた。


「私はね……会いたいよ。 お父さんがいないと寂しい……」


 月がぐにゃりぐにゃりと潰れて無くなってしまいそうになっている。

 ミントが私の頭の上に乗り、羽で頬を撫でてくれる。 目元がほんのりと明るみを増す。 視界が今まで見たことがないほど不気味で明るく、綺麗だった。




 翌朝、執拗に鳴り出したインターフォンで目が覚めた。 隣でミントが丸くなっている。 羽で耳を塞いでいるみたい。

 朝から誰なんだろうか。 一言言ってやりたいと思いながら玄関を開けると、ロケット場で話しかけてきたおじさんがぬっと顔を出した。


「おはよ、イリちゃん。 困ったことはないかい?」

「おじさん、こんな早くから迷惑」


 ドアを閉めようとしたが、おじさんが足を挟んできた。


「お隣さんからちょっとおもしろいことを聞いてね。 なんでも不思議なものを飼ってるみたいだね」

「なに言ってるか分からないです」

「ほらあれだよ。 緑色に光るボールだよ」

「夢は寝てどうぞ」


 足をガンガン蹴ってもおじさんは顔色を変えずに話し続ける。


「羽も生えてるやつだよ。 ちゃんと写真も送ってもらったんだ」


 おじさんが懐から出した写真は昨夜、月を見ているところが写っていた。


「悪いけどね、イリちゃん。 あれはNASAの物なんだ。 だからおじさんに返してくれないかな? じゃないとおじさん、偉い人に怒られちゃう」

「そんな気味の悪いもの見たことない。 朝の用意があるから帰って」


 ミントだ。 おじさんはミントを探してる。


「誰に似ちゃったんだろうね、その性格。 お父さんは素直でいい人だっていうのに……。 お母さんかね? まぁ、どっちでもいい。 ごめんねイリちゃん」

 

 おじさんはドアに手をかけて力いっぱい開けられ、私は前に倒れてしまった。 その隙に大勢のNASAの職員が家になだれ込んで行った。


「ケーサツ呼ぶよ、おじさん!」

「呼んでも動いてくれないよ。 だってアメリカで一番偉い人からの命令だから。 多分、ずっっっと遠いところから見られてるよ」 


 「ミント!!」急いでミントのいる部屋に行こうとすると、おじさんに腕を掴まれた。


「名前なんて付けちゃったの? 可愛いね。 でもおじさんはミント味、好きじゃないな」

「離して!!」

「離したら、おじさんたちの邪魔しちゃうからね。 これも仕事だから」

「なんであの子なの!!」

「なんでって……。 イリちゃん、あの生き物ほかで見たことある?」


 頭を縦にも横にも振らなかった。


「ないよね。 あれは地球の生き物じゃないから。 地球外生命体、いわゆるエイリアンってやつだよ。 おじさんたちは、まだあいつのことをまったく知らないんだよ。 だからここで逃がすようなことをしたら、おじさんたちの首が飛んじゃう。 おじさんたちを助けると思って大人しくしてて」

「イヤ!!」

「とことんお父さんに似てないな、きみは……。 まったく知らないって言ったよね。 あいつから落ちている光の粒子が何かと反応を起こして地球の環境を悪くしてしまうかもしれない。 あいつが出した排泄物で生態系が崩れるかもしれない。 人間が死ぬかもしれない。 そういうことにならないためにも、おじさんたちがちゃ~んと調べないといけないんだよ」

「だったら帰してあげればいいじゃん! 地球が変になるのが怖いなら早く帰してあげたらいいじゃん!!」

「地球以外で初めての高い知性を持った生き物だからね。 研究者としてあれを帰すわけにはいかない」

「おじさん……、研究者だったの……?」

「きみのお父さんも知らないことだよ。 おじさんは宇宙の生態系を研究してる人なんだ。 これ秘密にしといて。 NASAでも秘密の部署だから。 っと、見つけたか」


 おじさんの声で家を見ると、ケースの中に閉じ込められたミントを持ってNASAの人が出てきた。


「おお、羽が前よりも大きくなってきてるな。 だが元の大きさになるまでまだ時間がいるか?」

「元の……?」

「こいつの細胞を調べたら未分化細胞……って分かんないよな。 要するにトカゲの尻尾と同じで、また生えてくる細胞を見つけてね。 試しにちぎってみたんだよ。 そしたらほら! ちゃんと生えてきた!」

「なんでそんなひどいことするの!!」

「それが研究ってものだよ。 理論で可能なら実践したくなるじゃないか。 それにちゃんと生えてるんだ、問題はないよ。 もともと、そうなるようにできてるからね。 じゃあね、イリちゃん。 お父さんが帰ってくるまで大人しくしててね」


 おじさんたちが帰っていく。 ドンドンドン、とミントが暴れることが聞こえる。

 ミントに初めにあったとき、私の服の下に震えて隠れた。 NASAが怖いんだ。 あそこに行きたくないんだ。

 助けなきゃ、私が。 ミントの友達は私しかいないんだ。 味方は私しかいないんだ。

 でも子供じゃ、大人に勝てない。 痛い目に遭うかもしれない。 お父さんに怒られるかもしれない。

 それでも、それでも、それでも、それでも————


「あああああああああああああああああああああ!!!!」


 お父さんの靴を思いっきり投げつけた。 声に振り返ったおじさんの顔に当たった。 パコンと乾いた音がして、みんな固まる。


「ほんとに誰に似たんだ……きみは!!!」


 今まで聞いたことのないおじさんの怒号に、泣きそうになる。 唇をかみしめて、目に力を込めておじさんを睨みつける。


「舐めたことしやがって……、ぶっ殺してやる!」


 おじさんの懐から拳銃が取り出される。 他の職員もぎょっとして、なだめようとしたが怒鳴り声を浴びせて大人しくさせた。


「言ったよな、お偉いさんからの命令って。 あいつのために一人、二人殺そうが簡単に隠蔽(いんぺい)できるんだよ」

「う゛っざい゛! バーガ!!」

「バカはてめぇだ、クソガキ!!」


 銃口がこっちに向けられた。 逃げずに踏みとどまった。 ガタガタ膝が震えて歯もガチガチ震えてる。 それでも目だけは閉じまいと頑張った。 お前に負けるもんか、と最後まで言い続けてやる。

 カチャ! とカメラのシャッター音のことが隣から聞こえた。 顔を向けるとお隣のおばさんがカメラでこのことを撮っていた。


「子供に銃口向けてるとこ撮っちゃったけど、どうするよ。 テレビ局に送ってもいいんだよ」


 おじさんは真っ赤にした顔を変なふうに歪めて、銃をしまった。 そして職員に指示を出すとケースからミントを解放して、写真も受け取り帰っていった。

 ミントはコロコロ転がってようやく羽を広げて、私のところに飛んできた。 お隣のおばさんも申し訳なさそうな顔で来た。


「NASAに連絡したの……おばさんなの。 ごめんなさい、イリちゃん……。 イリちゃんが変なことになるんじゃないかって思ってつい……」


 私は泣きそうな顔で首を横に振った。


「あ゛い゛がど、おば、ざん……」

「本当にごめんさない。 ほら家に入りましょ。 おばさんがおいしいケーキ作ってあげるから」

「う゛ん゛、ミ゛ンドも……」

「ええ……。 あなたにもごめんなさい。 あの人たちに酷いことされたなんて知らなくて」


 ミントはおばさんのまわりをくるくる飛んで光の粒子を落とした。


「綺麗なものね……」

 

 おばさんは粒子を手のひらで受けてぎゅっと胸に押し当てた。




 その日にお父さんにミントのことを話した。 お父さんもそのことは知らなくて、NASAが許可してることもあって自分にはどうすることもできないと言っていた。 だけど、絶対におじさんからミントのことをすべて聞き出すと約束してくれた。

 それから数日が経ってお父さんが月から帰ってきた。 地球の重力に慣れるまでしばらくの時間がかかったけど、ようやくお父さんのいる日常が戻ってきた。

 お父さんは真っ先にミントの情報を集めてくれた。 頬にちょっとした切り傷ができていた。


「どうやら自分で帰れるみたいだ。 もうちょっと羽が大きくなれば帰れるんじゃないか?」


 ミントの羽は小さい身体に似合わず、お父さんのズボンの裾ほどの大きさまで成長していた。 羽が大きくなりすぎて家の中で飛ぶのが難しくなっているせいか、ミントもちょっとつまらなさそうにコロコロ転がっている。


「もうすぐ帰れるって、よかったね!」




 ミントの羽は日に日に大きくなり、とうとうお父さんと同じほど大きくなった。


「うん、写真とだいたい一致してる。 もう飛べるぞ」

 

 その日の夜、みんなが寝ている時に外に出た。 真っ暗な町をミントの光が不気味に照らしだした。

 ミントは伸びをするように羽を広げた。


「バイバイ、ミント」


 キュイキュイと鳴って、ミントはわたしたちに光の粒子を浴びせた。


「今度は私がミントの家に遊びに行くから。 お父さんみたいに宇宙飛行士になって絶対に月に行くから……。 だから遊べそうなところ見つけといて……、そしたらまた二人でいっっぱい遊ぼ、ね?」


 ミントは羽を使って私の頭に抱き付いた。 キラキラと優しい光が視界いっぱいに満ちた。


「ありがと、ミント……」


 ミントが離れていく。 キラキラした光が遠のいて消えていく。

 呼び止めようと声が出そうになる。 手が伸びしてしまう。 手を握らないように必死に力を込めて。


「バイバイ、ミント……。 また会おうね」

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