嫌いな女
俺には苦手な女が居る。
世界は混沌としていたが、俺の日常は平和……だった。
少し前までは……。
過疎化が進んだくそ田舎で、ギリギリ一クラス分の同級生たちは中学までほとんど幼馴染のみで構成されていた。
給食時に盛大にゲロをぶちまけた加藤と、遠足の時に鼻血が止まらなくなった光田はすっかりドロップアウトしちまったが、俺はまぁその狭い社会の中でそこそこのポジションを確立出来ていた筈だ。
何でも勢いで誤魔化してきた自覚はあるがそれだって才能の一部だろ?
またその面子で高校生活も送ることになるんだろうと思っていた。
約束されたポジション、知った顔のクラスメイト、変わるのは校舎だけで、また同じ三年間が来るんだろうって。
加藤と光田ドンマイって、思ってた……のだが、なんと隣町には高等学校がないらしい。
今のご時勢、ほとんど義務みたいな感じの高校卒業資格である。つまりこの町まで通いに来なければいけない訳だ。
かくして、変わり映えのなかった俺の日常は自分比でかなり変わった。
クラスは二クラスになった。なんと二倍だ!
商業科か普通科かの選択もあったので俺は普通科へ。
一番仲の良かった田中は商業科。まずもう田中が同じクラスに居ないってのがソワソワする。(ちなみに加藤も光田も商業科)
そしてクラスの半分の連中が知った顔ではなくなった。
「志津川晴真です。えーっと趣味がサッカー観戦……特技は特にありませんーん。あと何だっけ……あ、得意科目! うーん、体育! よろしくお願いします!」
名前、趣味特技、得意科目を必ず言うようにと指定された自己紹介だった。
半分の奴らは知ってんじゃん!って気恥ずかしさと、もう半分の奴らに舐められたくないな!って虚勢と、色々思うところあって結果中途半端な自己紹介になってしまったダサい俺。
これっぽっちの事で顔が熱くなってるのがイヤで次の奴の自己紹介はほとんど頭に入って来なかった。
それにな、そいつの自己紹介やたらと短かったんだよ。カーッとしてる間に終わったんだ。
「……英語。よろしく」
単語しか喋ってなかったんじゃないか?
おいおい、と思ってそいつを見た。
うわ。暗そう。絶対合わねぇ。苦手。
一気にそう思ってしまった。
ブスじゃないと思う。むしろ美人って言っても良いんじゃないか?
色白で切れ長の目、黒髪ロングストレートは男受けも良いだろう。
でも俺は顔とか割とどーでも良いタイプで、一緒に居てつまんなそうな女子とか一番なしなんだよな。
しかも美人だったとしたら……余計息詰まりそうじゃん?
……と、今にして思えば、この時の俺は必要以上に名前を聞きそびれたこの黒髪女子を心の中で否定しまくりつつ……何となくその横顔から眼を離せずに居た。
少しずつ新しいクラスにも慣れ、クラスメイトの名前も大方覚えた。苗字だけなら全部。
あの黒髪女子の名前は「間宮爽子」と言うらしい。
爽子?爽やかか?全然名前と合ってねぇじゃんぷぷ。と、やっぱり必要以上に否定しまくった。もちろん心の中でな。
俺がまた勢いで自分のポジションを築き上げようとしているのに対し、爽子はとことんマイペースだった。
そんなものには興味が無く、加藤や光田と違って自分からドロップアウトしていった様に見える。
休み時間も昼休みも、ずーっと本読んでる。
何それそう言うキャラ作り?それで特技があったりしたら一目置かれるけど全然だよな。(俺もだけど)
未だに笑ったところも見た事がない。
どうせ笑ったところで「ふっ……」って感じなんだろ?
女子は笑顔で数段可愛くなるのにな。バカだなもったいねぇ。
べっつに見たいわけでもないけど何て言うか……
「うーん。やっぱ嫌いだなー」
「は?じゃぁなんでコレにしたんだよ」
「え?」
「え?」
ある日の放課後、町内に唯一あるファーストフード店でフィッシュバーガーを頼んだ。
もちろんフィッシュバーガーが好きだからだ。
「違う、俺が言ったのは間宮爽子。なんか暗くて嫌いなんだよな。なのにやたら視界に入るから余計イヤ」
勘違いした友人に説明する。
田中と違うクラスになって、今一番気が合ってつるむ様になったのはこの桜木だ。
あんま細かい事気にしないタイプだし、話してて楽だし面白いし、良く教室でばか笑い出来る様になったのはこいつのおかげ。
「誰?」
うーわ。細かい事気にしないにも程がある。
「居るだろうが!いつも一人で本読んでるあいつだよ!」
「……ん?あぁ~、あいつマミヤソーコって言うのか。良く知ってたな。てか全然、嫌いも何もないって感じ。話した事ねぇし。」
「俺だってねぇよ。」
桜木がチーズバーガーに噛り付いたので、俺もフィッシュバーガーをパクリとやった。フィッシュバーガーは、好きなんだよ。