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03.小雨に告げた思い

 随分と長い時間話し込んでいたらしい。とは言っても、私が一方的に話していただけなのだけれど。先程まで曇っていた空からは小雨が降り始めた。濡れないようにと大きな木の下に移動する。

「……ごめんね、いきなりこんな話して。」

 彼に、全てを話した。最初は信じられないとでも言いたげな表情で聞いていた彼も、今は真剣な顔で何かを考えている。負担になってしまっただろうか。急に不安になって思わず俯く。それでも彼を救う為には話しておかなければならなかった。椎くんはどんな反応をするだろう。話を聞かせてくれるだろうか。

 不意に顔を上げた彼の顔は真剣だった。

「いや、話してくれて有難う。でも、その話と俺に何か関係が?」

「これは私の自己満足で、椎くんにとってはただの迷惑かもしれない。でも、それでも良いから私は椎くんを救いたいの。だから、話を聞かせてくれないかな。」

 顔を上げて目を合わせる。彼は戸惑うような、そんな目をしていた。

「待て。俺を救うって、どういう事だ。」

 やっぱり。紫陽花の話を聞いた時から気になっていた。彼が自分の死に気付いているのか否か。椎くんはずっと大切にしていた紫陽花の事が思い出せないと言った。その影響で紫陽花に関連した自身の死の記憶が無くてもなんら不思議ではない。でも。

「……本当は、薄々気付いてたんじゃないの?自分が死んでいたことに。」

 死の記憶が無い、それでも自分が死んでいる事に気付くことは出来ただろう。物には触れられず、声を掛けても聞いてもらえず、他の人には姿すら見えなくなっていたのだから。

「違う、違う、俺は死んでなんてない!」

 両手で耳を塞ぎ、何も聴きたくないと首を振る彼に胸が締め付けられる。彼もきっと気付いていたのだ。ただ、認めたくなかっただけで。もっと早く彼に出会っていたら、何かが変わったのだろうか。彼が生きている時に出会っていたら、彼は今も生きていたのだろうか。今更だと解ってはいてもそう考えずにはいられない。

「ごめん、ごめんね、椎くん……。」

 こんな事しか言えなかった。私なんかより椎くんの方がもっとずっと辛い。この場所に縛られているのなら、此処から離れることは出来ない。彼はきっとこの公園でずっと独りだったのだろう。自宅にも帰れず、誰にも自分の存在を気付いてもらえず、ずっと独りで。(ゲンジツ)を拒絶し蹲る彼は泣いているのだろうか。私には彼を在るべき場所へ導く以外に、してあげられることは無い。彼を生き返らせることも、生きていた頃まで時を戻してあげることも出来ない。どんなに足掻いてもそんな事は出来ないのだ。私は神様でもなんでもない、ただ『ヒトナラザルモノ』が視えるだけの“人間”なのだから。今は彼が落ち着くのを待ってあげる他に出来る事は無い。私は、無力だ。

「……八つ当たりしてごめん。」

 暫くして漸く顔を上げた彼は開口一番に謝った。何もしてあげられない自分に嫌気が差す。彼にそんな顔はしてほしくなかった。

「ううん、気にしないで。」

 苦しげな顔をした椎くんはごめんと何度も繰り返す。その姿は酷く痛々しかった。

「本当はさ、随分前から気付いてたんだ。」

 ゆっくりと口を開いた椎くんの話に耳を傾ける。近くのベンチに腰掛け俯いた彼の顔は影になって見えなかった。それに合わせ寄り添うように隣に座る。今はこんなことしかしてあげられない。

「ある日いきなりこの公園から出られなくなってさ。外に出ようとすると体が動かなくなるんだ。足が重くて、前に進めなくて。誰かに助けてもらおうと思って声掛けても、誰も聴いてくれなかった。まるで俺なんて此処に居ないみたいに皆過ごしててさ。だから肩を叩こうと思ったんだ。そうしたら気付いてくれるって思って。でも、出来なかった。俺の手、その人の肩を突き抜けたんだよ。何度やっても触れなかった。身体突き抜けて俺の手が見えててさ。最初はその人がおかしいんじゃないかって、そう思い込もうとしてた。でも、自分の両手見て気付いたんだ。おかしいのは俺の方だ、って。もしかしたら俺、死んでるんじゃないかって。そうしたら全部辻褄が合うんだ。誰も俺に気付いてくれない事も、触れられない事も。でも、信じたくなかった。俺はまだ生きてるんだって、まだ此処に居るんだって、本当は誰かに言って欲しかっただけなんだ。」

 俯いている所為か少しくぐもった声で話す彼の言葉は震えていた。本当はもっと早く、見付けてあげられたら良かったのに。そうすれば彼はそんなに苦しむことはなかったかもしれないのに。

 緩慢な動きで顔を上げた椎くんの瞳は涙で潤んでいた。

「でもさ、俺嬉しかったんだ。波瑠さんに会えて。誰かと話すなんて、もう出来ないと思ってたから。だから、有難う。」

 有難うなんて言われるとは思っていなかった。驚いて彼を見れば、椎くんは微笑んでいる。

「そんな、私は何も……。」

「波瑠さんは何もしていないつもりでも、俺は嬉しかったんだよ。」

 無邪気に笑う彼は優しい。本当はそんなの嘘だって喚いて、私を拒絶してもおかしくないはずなのに。そんなことはせず全て受け入れて笑い、あまつさえ私に感謝さえしてくれる彼は強く優しかった。きっと生きていた頃も、彼は今と変わらず強く優しかったのだろう。あの人と同じように。その明るい笑顔に私の方が救われた。思わず笑みが零れる。

 すると、彼の表情が変わった。

「それで、さ。波瑠さんの話を聞いている限り、俺に残された時間はそんなに長くないんだろ?『呑まれる』前に、俺は此処じゃない俺の居場所に行かなきゃいけない。でも、俺一人じゃもうどうにもならないんだ。だから波瑠さん、手を貸していただけませんか。」

 先程の笑顔とは打って変わって真剣な目が私を射抜く。そんなの、最初から答えは決まっているんだ。

「勿論。私はその為に椎くんに会いに来たんだよ。私に出来る事は手伝うから。だから、椎くんは椎くんの在るべき場所に行こうね。」

 先に立ち上がったのは椎くんで、差し出されたその手に自分の手を重ねた。絶対に助けるから。椎くんの姿にあの人の面影が見えた気がして。

 公園の片隅、動き出した影は姿を消した。

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