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02.曇天に打ち明ける

 翌日、あの夜勤を代わった同僚に無理矢理仕事を押し付け休みをとった。これで土曜日、日曜日と休みだから三連休になる。紫陽花の傍に居た、あの少年に話を訊く為だ。早く彼の元へ行かなければ。全てが手遅れになってしまう前に。曇り空の下、一刻も早く公園へ向かう為に歩調を速めた。大丈夫、絶対救ってみせる。

 今日も昨日と変わらず、彼は紫陽花を眺めていた。やはりその姿からは此の世への未練が見て取れない。そこまで思い残す事は無いのだろうか。では、何故彼はまだ此処に居るのだろう。未練が無いのならあちら側へ行ってもいいはずなのに。何故、が渦巻く思考は既に堂々巡り。『答え』はまだ見付からない。

 砂を踏み締める音で気付いたのか、紫陽花を見つめていた彼が此方を向く。真っ直ぐな視線を向ける彼に微笑み手を上げた。

「おはよう、(シイ)くん。」

「……おはよう、ございます。波瑠(ハル)さん。」

 戸惑うように視線を泳がせる彼の反応は歳相応で。昨日のような張り詰めた空気は幾分か和らいだようだ。

「話しにくいから敬語なんて使わなくて良いよ。私は気にしないから。」

 失笑しながらそう告げれば、椎くんは恥ずかしそうに俯く。彼もまだ子供なのだ。特殊な環境下に置かれているが故に、大人びて見えるだけで。

「で、何の話が訊きたいんだよ。」

 まだ微かに赤い頬を気にしているのか、口元を腕で隠しながら顔を上げた彼の瞳は真剣だった。

 いきなり色々な事を訊いて、ちゃんと話してくれるだろうか。余計な混乱を招いてしまわないだろうか。幾らまだ余裕がありそうだと言っても、もう此の世の者で無くなっている限り残された時間はそう多くはない。少しでも早く彼を救う為に、今話さなければ。

 ゆっくりと、余計な混乱を招かないように気を遣いながら話を始めた。

「水やりに来てる、って言ってたよね。この紫陽花は椎くんのものなの?」

「まあ。正確には俺のものじゃなかったはずだけど。」

 はず、とはどういう事だろう。どこか引っ掛かる物言いに首を傾げる。

「はず?」

「……詳しい事は思い出せないんだ。何でかは分からないけど。」

 記憶が混濁している、と言うことだろう。時々あるのだ、死の前後の記憶が曖昧になってしまう事が。だから自身の死に気付いていないケースもある。死の直前の記憶が無いから死んだことを知らないまま此の世に留まり続けている、なんてこともあった。彼は知っているのだろうか。自分がもう死んでいると言う事を。でも今はまだそれを話す時ではない。いずれにせよ、これはあまり気にしなくても平気そうだ。

「そっか。この紫陽花、何かあるの?昨日も今日もずっと眺めてたみたいだけど。」

「なんとなく、気になるんだ。ちゃんと花が咲いてるかとか、水が足りてるかとか。他に植物を育てた時はそんなことあまり思わなかったんだけど、この紫陽花は特別な気がして。 “俺が護らなきゃ”って、そう思うんだ。」

「……珍しいもんね。こんなに深紅(アカ)い紫陽花。」

 視線を写せば変わらず堂々と咲き誇る紫陽花。その色もまた、変わらずに深紅かった。この紫陽花は彼と何の関係があるのだろう。話を訊いている限り、どうやらこの紫陽花と彼が此処に留まる理由は関係しているようだ。何か、もっと手掛かりを探さなければ。あまり急いでも逆に警戒させてしまいそうな気がするけど。

「嗚呼。血、みたいだよな。」

 そう話す彼に息を飲む。彼は知っているのだろうか。深紅い紫陽花にまつわる、あの不吉な噂を。

「……深紅い紫陽花の噂、知ってる?」

「死体が埋まってるってやつだろ。この前聞いた。」

 特に気にする素振りも見せずに言い放つ彼の視線は紫陽花へと向けられていた。言い方からすると、そう気にしているようには感じない。何かあるのだろうか。

「噂、本当だと思う?」

「思わない。」

 即答。どうやら理由は教えてくれないようだ。所詮は噂、信じる信じないは個人の自由だ。なにか鍵になれば、と思ったのだけれど。

 振り向いた彼は呆れたような顔をしていた。

「紫陽花の話が訊きたいのか?」

「うん、まあ。」

「まあ、ってどういう意味。」

 私が話せば彼も話してくれるだろうか。人間は相手が秘密などを打ち明けた時、自分も同程度の事を話さなければならないと考えるのだと以前何かで読んだ事がある。と言う事は、この話が本当だとすれば彼も此処に留まっている理由を話してくれるかもしれない。やってみる価値はあるだろう。それに、彼を救うためにはいずれ話さなければならなくなるのだから。

「……私ね、物心ついた頃から『ヒトナラザルモノ』が視えるの。所謂(イワユル)幽霊だとか物の怪(モノノケ)だとか言われている、“人間じゃないもの”が。」

 何を言っているんだ、と言うような顔をされた。それもそうだ、いきなりこんな話をされて驚くなと言う方が無理だろう。ましてや普通なら在り得ない、気持ち悪い、なんて思われるようなことなのだから。でも、彼を救う為には必要な事だ。それに、何故かは分からないが、彼なら大丈夫だと思った。椎くんになら話せると。だから話そう。私の事も、あの日の事も。

 そう決意した雨上がりの金曜日。曇天の下、見守る影にはまだ気付かないまま。

ちょっと解説。



自己開示の返報性……他人に身の上話をされると自分も同程度の話をしなければいけないと思い、身の上話をする。これを繰り返す事で仲を深めていく。


自己開示……自分の身の上を打ち明けること。ありのままの自分を見せる事。

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