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第四話

6/3 誤字を修正しました。ストーリーは変更しておりません。

 一年のうち、多くの貴族がもっとも楽しみしている、春の始まりから終わりまでの三ヶ月、すなわち社交界の時期が近づいてきた。この時期、社交界への参加を許された貴族はこぞって王都に押し寄せ、毎日のように王宮で開かれる社交パーティに参加したり、各貴族の王都別邸で開かれる茶会やパーティに参加したりする。

 リモンシェラ子爵家もとっておきのワインや小麦、紅茶などの特産品を手に王都へとやってきた。王への献上物はその領地の裕福度を示すものであり、しっかりと領地を管理できている、という証明になるためどこの貴族も手を抜かない。グラシアは山のような特産品を飲み込む王宮というものが不思議でならなかったが、去年王宮にて、社交界の時期のみで大変な量のワイン、ウィスキー、小麦、鳥、豚、牛、野菜、果実、砂糖等々を消費しているという事実を目の当たりにし、納得した。毎月の納税のみでは賄えないはずである。


 社交界の場で素敵な結婚相手を探そうとする、決められた相手はいるが、一時の夢のような時間を過ごそうとする未婚の男女が多い中、グラシアは専ら政務の一巻としか考えていなかった。人脈を広げて有意な情報を手にいれ、他領地となにか取り引きを行う際に使おうだとか、他領地の成功ストーリーを聞きリモンシェラ子爵にも取り入れてみようだとか、王宮の図書館に忍び込み持ち出し厳禁の書物に目を通そうだとか、そういう普通の娘とは違うことを楽しみとしていた。また、去年はリモンシェラ子爵領で生産したワインの質があまりよくなく、王宮に持ってくる分やつき合いのある貴族に贈る分はなんとか質の良いモノを確保したが、屋敷で行われるパーティで出す分はほとんど残っていない。そこで、多くのワインが集まる王宮で自分の気に入る味のワインを見つけ、その産地の領主から買い付けようと考えていた。リモンシェラ子爵家の執事であるティバーが幸運にも王宮で働く執事の一人と顔見知りだというので、彼おすすめのワインをこっそりとパーティの時に渡してもらえるよう手回しも完璧である。

 少しの間シェイラと離ればなれになってしまうのは寂しいが、グラシアは社交界の季節をおもいっきり満喫するつもりであった。去年は後見として付き添いにきていたリモンシェラ子爵も、今年はシェイラと共にシェイラの友人の屋敷のパーティを回るため、すぐに子爵領に戻るというものだから、一人で好きなことができる、と喜んでいた。


 が、その喜びは社交パーティ初日、準備を終えたグラシアの前に現れた一人の男性を見た瞬間に崩れ落ちた。


「……どうして、あなたがここに?」

「どうしてだって? ああ、叔父さんに頼まれて仕方なく君をエスコートすることになったんだが、聞いてなかったのか」

「ええ、知らなかったわ」


 グラシアは不満な顔を隠すこともせず、ため息をついた。現れたのはグラシアの従兄弟、リモンシェラ子爵の姉の息子、アズーロ・マーベルだった。彼の実家であるマーベル伯爵領はリモンシェラ子爵領と距離が離れているため、昔からほとんど会うことはなかったが、会えば小さな頃などは髪をひっぱられる悪戯や、シェイラと比べて馬鹿にされる発言をよくされていたため、印象は最悪。その上、成人して社交界に出るようになってからは多くの女性をとっかえひっかえして遊んでいると噂だ。従兄弟とはいえ、いや、従兄弟であるからなおのこと関わり合いになりたくない相手だった。


「よく、引き受けたわね」

「まぁな。お前のその不機嫌そうな顔を久々に見るのもいいかと思ってな」

「相変わらず、性格の悪い」


 なぜ父はよりにもよってこいつにしたのだとグラシアは思わずにはいられなかった。アズーロの兄であるレクサスのほうがよっぽどいい。レクサスは弟は異なり、大変真面目で、性格は温厚、人と接するのが苦手でにぎやかな場所は好まず、一人で本を読むのが好きな青年だ。時々気に入った歴史書などをグラシアに送ってくれるし、困ったらなんでも相談に乗ってくれるのでグラシアは子どものころから懐いていた。

 グラシアの心の声が聞こえたのか、アズーロが「あれが、社交界なんかに出ると思うか?」と問いかけてきたので、グラシアは首を振った。レクサスがこの時期に王都にくるはずがない。


 グラシアは大変不満だったが、不満を言っている時間はあまりなかった。パーティが始まる時刻まであと少ししかない。リモンシェラ子爵に直訴しアズーロの付き添いを取り下げたかったが今日のところは仕方が為しに、マーベル家の家紋が入った馬車に揺られ、王宮へと向かった。


「ねぇ、エスコートって、王宮に入るまでなのよね?」

「は? そんなわけないだろ。叔父さんからはお前から目を離すな、と言われてるんだ。勝手にどっかいくんじゃないぞ」

「……わたし、何かしたかしら」

「さぁな。自分の胸に手を当てて聞いてみたらどうだ」


 一縷の望みも立ち消えた。父の目を盗んで好き勝手するのは簡単だが無駄に行動力のある従兄弟から逃げ出すのは至難の業の気がしてならない。どうしようかしら、とグラシアは馬車の中ではそんなことばかり考えていた。




 新婚の旦那か、極度に過保護な父か、兄か、と言っていいほどに、アズーロはグラシアをどこに行くにも連れて回った。決してひとりで行動せず、男女問わず声をかける人がいれば、その人のもとにグラシアを連れて行き、挨拶をさせた。そのためグラシアは女性からは嫉妬というなの冷たい視線にさらされ、男性からは相変わらずのがっかりした視線を送られた。アズーロは気安い性格のため、友人も多く、かける声も多いため、グラシアは留まっている方が短いくらいだった。また、自分がダンスを踊る場合は必ずグラシアにも適当な相手を宛てがおうとする。断るのも体裁が悪いと思い、言われるがまま相手の男性の手を取ったものだから、慣れない動きに疲れ果ててしまった。

 少し休みたいと言っても断られることは容易に想像ができているため大人しくアズーロの後ろに控えていたグラシアは、アズーロが特に仲の良い友人たちとの会話に花を咲かせている間にそっと輪を抜け出し、近くの壁に背中を預けた。パーティが終盤に差し掛かり、久々に再会した友人への挨拶回りが終わりは終わったのだろう、アズーロはさきほどからその場を動かない。呼ばれればすぐにわかる、アズーロの顔が目に入る位置で、グラシアは特にすることもないので、ぼんやりとアズーロがいる方角を眺めていた。


——意外と、楽しいものなのね。たわいのない話をして、何でもないことで笑って、ダンスを踊るというのは。


 自分で自分に驚いていた。決して相容れないと考えていた、普通の貴族の少女のように社交界を楽しむことが、思ったよりも普通にできている。アズーロがさりげなく自分に気遣い、話題から置いてけぼりにしないよう誘導してくれたとはいえ、作り物ではない心からの笑顔を浮かべられるとは思いもしなかった。それに、アズーロの外向きの顔を見れたのも新鮮でよかった。レクサスと比べてしまうからか子どもっぽく騒がしい印象が強かったが、グループではどうやらリーダーの立ち位置にいるようで、賑やかに話をひっぱっていきながら、グラシアや他のメンバのことも気遣っていた。

 たまには、こんな風に時を過ごすのも悪くはない。あくまで、たまには。

 グラシアはワインのことが気になって仕方がない。最悪、叔父のマーベル伯爵からワインを買い付ければよいのだが、身内に情けをかけてもらうのはグラシアの挟持が許さなかった。そうせざるをえなくなった理由が叔父の息子のアズーロだとしても。いまは疲れていて頭が回らないので実のあることは考えられないが、家に帰ったらどう動くかしっかり考えよう、とグラシアが決意し視線を会場に合わせた時、ひとりの男性と目が合った。アズーロのいるグループの少し先、グラシアのいる所から決して近いとはいえない位置に彼は立っていたが、はっきりと、目が合ったことがわかった。

 直接会ったことはほとんどないが、人相書きでは何度もお目にかかっている。ウィルフレッド・シャノン次期侯爵の姿を目に映してグラシアの心は大きく跳ねた。

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