七 招かれて歓待され、のちに追い回されること
ともあれ、方望は語り出した。
出向いた先は、趙という名の将軍の邸宅だった。
「もちろん、趙将軍に面会を求めたわけではございません」
「わかってるから、そんなこと」
「念の為」
会いにいったのは将軍の妻だった。
筆マメの方望は、旅先でもしきりに手紙を書く。
もっともこの時代のことなので、それは紙ではなく細く切った竹や木片にしたためるのだが、弓林はそれを人づてに渡すのではなく、鳥の足に括りつけて飛ばすのである。
それは鳩であったり、季節によっては燕や鴨であったり、時として烏や鳶であったりするのだが、どの場合も必ず宛先に届くという。
方望はこれによって、あちこちの女性と連絡をとり、立ち寄るさいには暫しの逢瀬をたのしむのだ。
「ところが、間の悪いことに」
とぼけたプレイボーイは、表情に憂いをつくって嘆息した。
「敦煌市街に変事があったらしく、しばらく城外を巡行するはずだった趙将軍が、急遽ご帰宅なさったのですよ」
「ああ。わし理由、知ってんで―――おっと」
麗華に睨まれて弓林は口をつぐんだ。
「まさしく、寿命の縮むような体験でございました」
* * * * *
超将軍の夫人は艶容な人妻だった。
地方貴族の妻妾は、身分は高くても退屈なものである。
方望にしてみればそこが付け目で、連絡さえつけておけば、暇を持て余した細君の歓待を受けるのも難しくはない。
何しろ彼女らが喜びそうな土産話なら、それこそ売るほどあるのだ。
おまけに長身で眉目秀麗とくれば、放っておかれるはずもなかった。
「遅かったじゃない。待ち焦がれたわ」
のっけからクネクネと招き入れる。
王侯でも迎えたかのような宴席が用意され、旅籠であれほど飲み食いした方望も、それを忘れたかのように舌鼓を打った。
この細い身体のどこに入っていくのか、贅をこらした大皿が次々と片付いてしまう。
「まあ、何て逞しい」
優男の意外な野性味に、夫人は終始、期待を込めた流し目を送っていたそうだ―――。
* * * * *
「いやいや、この旅籠に較べますれば、決して褒められた味ではございませんが、されど歓待に応えてこそ客人、ここに、その道の秘訣がございまして」
「いいから先、続けて」
頬杖をついた麗華は、あきれて聞いている。
その険しい眼差しを知ってか知らずか、方望は歌うように語り続けた。
* * * * *
「ほらほら、もう一献」
と酒まできこしめした方望が、羽毛の心地で招かれるまま夫人の寝所に誘われると、
「さあ、くつろぎ遊ばせ―――」
そこはもう部屋が煙るほどの香が焚かれて準備万端、薄手の衣をまとった夫人が、夜具の上からおいでおいでをしている―――。
そこへ帰ってきたのが趙将軍だった。
それこそ戦場のような騒ぎとなった。
「あ、あの男が屋敷に闖入し、わたくしや下女を脅しつけて料理を用意させたうえに、腹が膨れると今度はわたくしを、あなたの妻であるこのわたくしを―――」
すかさず夫人が声を震わせて保身に走る。
逆上した趙将軍が抜刀に及ぶ。
「きさま、そこを動くな」
「動かないと、どうなるのでございましょうか」
「知れたこと。その首、叩き落としくれるわ」
「されば、動かないわけには参りませぬ」
下帯ひとつの方望は邸内を逃げ回り、物陰に隠れては見つかって、朝が来るまでそれを繰り返すはめになった。
「鼠一匹、まだ捕まらんのか!」
広大な屋敷が、この時は家主の仇となった。
すばしこい方望は捕まらない。
といって、邸から出ることも侭ならない。
「やれやれ―――せめて服だけでも取り戻したいものですが」
厠の天井裏に逃げ込んだ方望は、ゆらゆらと扇子をはためかせながら独りごちた。
しかし、それも手遅れだった。
逆上した趙将軍が、方望の衣服をずたずたに引き裂いてしまったからである。
「ものの価値が解らない御仁ですな」
朝方になってようやく屋根によじのぼったが、矢を射かけられてまた身を隠す。
庭園を逃げ回り、池に飛び込み、床下に逃げ込んで、太い梁によじ登り―――。
そんなことを延々と繰り返して、最後は肥桶を乗せた荷馬車の下に張り付き、やっと脱出したのだという。
まさに、這々の態であった。
「いやはや、とにもかくにも―――おや、皆さん?」
見るとその場の全員が鼻をつまんでいる。
「はて、臭いますかな?これでも井戸で身を清めてまいったのですが―――」