聖騎士アンジェロ
当代皇帝、アレクセイ・ディ・クランディスの統治する由緒正しきクランディス帝国。
マラ・ティアーシェ<皇帝家>を守護し、盾となる帝国聖騎士団は国民たちの誉れであり、憧れの存在である。
この物語は、帝国聖騎士団の平時とはやや異なる、とある一日を描いたものである―――。
「イヴァン!」
溌剌としたかわいらしい少女の声に、イヴァン・エリアルドは厳しい表情を崩し、軽く手を挙げると剣の構えを解いた。イヴァンの行動を目にした若き新米の聖騎士たちは即座に直立不動の姿勢になる。聖騎士たちの素早い反応にイヴァンは満足したが、青年―――まだ少年と言ってもよい年齢の者もいるが―――たちの顔に戸惑いの表情が浮かぶのを見、後ろに立つ存在がこの場に酷く不釣合いであると改めて認識する。イヴァンが剣を鞘に収め、後ろに身体を向けると予想通りそこにはちいさな少女が立っていた。
少女は上流階級の貴族の子女が好んで纏う風よけ布で髪を覆い、深い色合いの蒼い瞳をこちらに向けている。一見するとどこかの貴族の子供が紛れ込んだような錯覚に陥るが、イヴァンは少女の姿を認めると薄く笑い、片膝をつくと胸に手をあて、深く首を垂れた。
「アル・ティアス<我が姫君>―――このようなところへようこそ」
イヴァンの言葉に聖騎士たちが慌てて片膝をつく音がした。アル・ティアス―――この言葉をかけられる対象はこの国では片手で数えるほどしか存在しない。―――すなわち、皇帝家の姫たちのことだ。
「恐れながら姫様、なぜこちらの訓練場へ?」
「父上に最近新しい聖騎士たちが入団したとお聞きして、どうしても見たくなったのだ」
少女は蒼い瞳を輝かせて聖騎士たちに視線を注いだ。イヴァンは少女の無邪気な答えに顔を綻ばせ、それはそれは、と一層深く首をたれる。
「なんと―――この者たちにそのような幸運をお与えに…」
「よい。おまえにはよく面倒をかけたし―――久しぶりにイヴァンの顔も見たかったから」
少女は笑い、視線を聖騎士たちに向け直した。ふとある一点に目を止めると軽快な足取りで歩き始めた。聖騎士たちの纏う緊張の空気をよそに、少女はイヴァンの後方で控える聖騎士たちの列のちょうど最後列の右端に位置するところに控えた、まだ年若い自身と同年らしい少年騎士の横で足を止めた。
「おまえ、何歳なの?」
唐突に尋ねた少女に、少年はびくりと身体を震わせ、恐る恐る口を開いた。
「恐れながら…今年で、十六歳でございます」
「あら、私より二つだけ年上よ。聖騎士団の入団試験は年齢制限はないと聞いているけれど―――おまえ、優秀なのね」
少女の含みのない賛辞に少年は哀れなくらいうろたえ、勿体なきお言葉、とか細い声で返した。イヴァンは苦笑し、少女の隣に立つと少年を指し示す。
「マリーダ様。この者はさきの入団試験を最年少で突破した者でございます」
少女―――マリーダ・ディ・クランディス皇女はイヴァンの言葉に好奇心にあふれさせた視線を惜しみなく注いだ。
「おまえ、名前は?」
「―――ア、アンジェロ・グレイスであります」
哀れなアンジェロは雲の上の存在である高貴な少女がすぐ近くにいる、というだけですでに気絶しかかるほど動揺していたがそのうえ直接言葉を連続してかけられたのだからもはや生きた心地ではなかった。
「アンジェロ<神の愛子>?素敵な名前だ」
極度の緊張でとうとううつむいてしまったアンジェロを見かねて、イヴァンは助け舟を出す。
「姫様、お戯れはここまでにして―――いかがでしょう?よろしければ訓練場をご見学なさっては」
「よいのか?」
「姫様がいらっしゃったら騎士たちの士気も上がりましょう」
「そうか…では、頼む」
マリーダは皇族らしい言葉遣いとはやや合わない―――だが年相応の―――はしゃいだ声をあげた。
「では…案内は…」
イヴァンが側につけさせる騎士を誰にするか思案しようとしたら、マリーダは軽く手を挙げた。
「ああ、この―――アンジェロ・グレイスを側につけておくれ」
「…姫様、」
「この者がよいのだ。イヴァン、駄目か?」
やや表情を改めたイヴァンを蒼い目が見返した。
「いえ、この者をお側に置くのは構いません。…しかし恐れながら、姫様の本日の護衛の者はどちらに?確か―――我が隊のミゲル・アジャンが付いているはず」
イヴァンの指摘にマリーダは苦笑し、後ろを指差す。イヴァンがマリーダの指す方向を見ると、そこには訓練場のそっけない砂色の壁と申し訳程度に植えられている木々しかない。イヴァンはしばらく木々を眺め、やがて心得たかのようにマリーダに向かって黙って微笑んだ。
「…姫様の仰せのままに」
「そうか。おまえなら分かると思ったよ、イヴァン。…でもミゲルを怒らないでおくれ。私がミゲルに無理を言ったのだ」
「心得ております。すべて、姫様の御心のままに」
「アンジェロ―――と言ったか」
イヴァンとマリーダの不思議な会話にアンジェロはは内心首を傾げたが、マリーダの声に我に返ったように「―――は」と緊張をにじませた声色で返答する。
「顔をあげて」
「―――は」
アンジェロはためらったが、皇族直々の言葉を聞いて思考が追いつく前に条件反射で首を動かしていた。慎重に、そろそろと片膝をついたまま顔をあげる。
アンジェロは、息を飲み、今この場がひそやかな注目を浴びていることに気づかぬままにマリーダを見上げた。
皇女マリーダは皇帝家特有の銀色の髪を風除け布で巧みに隠していた。御年14歳になる少女は母の故アマーリエ后妃のしっかりとした美しさを受け継いだようだ。その顔からはきっとそう遠くない未来、美男美女揃いの皇帝家の姫たちの中でも、―――成長したらアマーリエ后妃を彷彿させる女性になるであろう片鱗―――がにじみ出ていた。
アンジェロの灰色の目と、マリーダの蒼い目がお互いを見返す。
マリーダの瞳の中に自身の姿を見出した瞬間――――――。
世 界 が 変 わ っ た 気 が し た 。
―――続く。
短編ですが、続きます。あらすじと話があっていないところは目をつぶってください…。突発的に書いてしまいましたが他連載とは違う世界の物語です。タイトル通り主人公は新米騎士の聖騎士アンジェロ。とエリアルド隊の面々、皇女マリーダ、護衛騎士のミゲルの物語。…ミゲルやエリアルド隊は続きで出します(汗)
構想はあるので、もし長編へと物語をうつせたら主人公は変えます。構想ではダブル主人公で片方は皇女マリーダ。もうひとりは…まだ伏せます。
感想をぜひお願いします!文体指摘、人物描写など勉強中なので書いて下さったら非常に助かります!