読切短編 運命の人、下調べ済み
婚活パーティーの帰り道は、いつも少しだけ足取りが重い。
今日も駄目だったか――そう思いながら会場を出ようとしたとき、不意に声をかけられた。
「さっき、お話しされていた本。僕も好きなんです」
振り向くと、穏やかな笑みを浮かべた男性が立っていた。
その作家は、あまり知名度が高くない。初対面で名前が出ること自体、珍しい。
「本当ですか?」
思わず声が弾んだ。
好きな作品の話は尽きず、恋愛がうまくいかなかった過去を打ち明ければ、「わかります」と静かに頷いてくれる。
押しつけがましくないのに、欲しかった言葉をくれる人だった。
こんな人がいるなんて。
連絡先を交換し、何度か会ううちに、私は少しずつ「運命」という言葉を信じ始めていた。
交際は驚くほど順調だった。
「今度、この店に行きませんか?」
そう送られてきた店は、前日の夜、私がSNSで「行ってみたい」と保存したばかりのカフェだった。
一瞬だけ驚いた。
でも、人気店だから偶然だろうと笑って流した。
映画も、本も、休日の過ごし方も、不思議なくらい趣味が合った。
私が言おうとしたことを、彼が先に口にする。
「今、その話をしようと思ってた」
そう言うたび、彼は少しだけ照れたように笑う。
「気が合いますね」
本当に、そう思っていた。
思えば、違和感はいくつもあった。
髪を切った日に「その長さ、似合いますね」と会った瞬間に気づいたこと。
投稿して数分しか経っていない写真の話題を、もう知っていたこと。
学生時代の友人の名前まで自然に口にしたこと。
全部、「たまたま」で片づけていた。
運命とは、そういうものなのだと。
交際三か月の記念日。
待ち合わせ場所に少し早く着くと、彼はベンチでスマートフォンを見つめていた。
近づいても気づかないほど、画面に集中している。
何気なく視線を向けた、その瞬間。
私の写真だった。
友人との旅行。
数年前のカフェ。
誕生日。
削除したはずの投稿。
学生時代の集合写真。
画面いっぱいに、私が並んでいる。
タブは一つではない。
いくつも開かれていた。
どれも、私。
どこで撮ったのか忘れていた写真まで映っていた。
胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。
彼が顔を上げた。
私と目が合う。
静かに画面が消えた。
逃げなければ。
そう思ったのに、足が動かなかった。
彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「やっぱり」
一歩、こちらへ近づく。
「話、合いますよね」
その笑顔は、出会った日と少しも変わらなかった。
「あなたのことは、会う前から、ちゃんと知っていましたから」




