↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

読切短編 運命の人、下調べ済み

作者: 黛 文彦
掲載日:2026/08/06

 婚活パーティーの帰り道は、いつも少しだけ足取りが重い。


 今日も駄目だったか――そう思いながら会場を出ようとしたとき、不意に声をかけられた。


「さっき、お話しされていた本。僕も好きなんです」


 振り向くと、穏やかな笑みを浮かべた男性が立っていた。


 その作家は、あまり知名度が高くない。初対面で名前が出ること自体、珍しい。


「本当ですか?」


 思わず声が弾んだ。


 好きな作品の話は尽きず、恋愛がうまくいかなかった過去を打ち明ければ、「わかります」と静かに頷いてくれる。


 押しつけがましくないのに、欲しかった言葉をくれる人だった。


 こんな人がいるなんて。


 連絡先を交換し、何度か会ううちに、私は少しずつ「運命」という言葉を信じ始めていた。


 交際は驚くほど順調だった。


「今度、この店に行きませんか?」


 そう送られてきた店は、前日の夜、私がSNSで「行ってみたい」と保存したばかりのカフェだった。


 一瞬だけ驚いた。


 でも、人気店だから偶然だろうと笑って流した。


 映画も、本も、休日の過ごし方も、不思議なくらい趣味が合った。


 私が言おうとしたことを、彼が先に口にする。


「今、その話をしようと思ってた」


 そう言うたび、彼は少しだけ照れたように笑う。


「気が合いますね」


 本当に、そう思っていた。


 思えば、違和感はいくつもあった。


 髪を切った日に「その長さ、似合いますね」と会った瞬間に気づいたこと。


 投稿して数分しか経っていない写真の話題を、もう知っていたこと。


 学生時代の友人の名前まで自然に口にしたこと。


 全部、「たまたま」で片づけていた。


 運命とは、そういうものなのだと。


 交際三か月の記念日。


 待ち合わせ場所に少し早く着くと、彼はベンチでスマートフォンを見つめていた。


 近づいても気づかないほど、画面に集中している。


 何気なく視線を向けた、その瞬間。


 私の写真だった。


 友人との旅行。


 数年前のカフェ。


 誕生日。


 削除したはずの投稿。


 学生時代の集合写真。


 画面いっぱいに、私が並んでいる。


 タブは一つではない。


 いくつも開かれていた。


 どれも、私。


 どこで撮ったのか忘れていた写真まで映っていた。


 胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。


 彼が顔を上げた。


 私と目が合う。


 静かに画面が消えた。


 逃げなければ。


 そう思ったのに、足が動かなかった。


 彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「やっぱり」


 一歩、こちらへ近づく。


「話、合いますよね」


 その笑顔は、出会った日と少しも変わらなかった。


「あなたのことは、会う前から、ちゃんと知っていましたから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。