「お姉様にできることは、私もできます!」と豪語する妹は。
「シシリー、お前とは婚約破棄させてもらう!そして、お前の妹であるエステルと婚約する!」
学園のパーティーで、高らかに宣言されたのだった。
「シシリーお姉様にできることは、私もできるもん!」
それは、子どもの頃から妹のエステルの口癖だった。
キャンベル伯爵家には、年子の姉妹がいた。
長女はシシリー、妹はエステルといい、エステルはいつも姉に張り合っているように周囲には見えていた。
姉がすることは自分もやらないと気が済まない負けず嫌いでもあった。
控えめで大人しく、派手に着飾らない長女。
堂々として快活で、宝石にも負けない次女。
努力を怠らない秀才の姉。
一度理解したら、それ以上に成果を残す妹。
淑女として女性に密かに憧れられるシシリー。
華やかでその手を取りたいと思う男性の多いエステル。
姉は目立たず、妹はよく目立つ、対照的な姉妹だった。
「シシリーお姉様は、詩の朗読で褒められたの!?私もやる、できるもん!」
「お姉様はまだ10歳なのに、もう中等部の内容を勉強しているの!?だったら、私もやりたいです!」
「お姉様の後継者教育が始まったのですか!?私も一緒に聞きたいです!」
まだ幼かったシシリーが朗読を歌うように読めるようになったと聞きつけたエステルは、自分もやると言い出して、すっかり詩にハマり、同じ年頃の子女の集まりで褒められるほど上達した。
10歳のシシリーが、まだ入学もしていない学園の授業内容を家庭教師に教わっていると聞いた時も、9歳のエステルは自分も同じ勉強をすると言った。
学園入学前からシシリーの後継者教育が始まると、将来お嫁に行ったら役に立つでしょ!?と、聞いてもいい部分は姉と一緒に勉強したがった。
「エステルは、すぐにできるようになってすごいわね」
シシリーは追いつかれるたびにそう微笑んで、妹の頭を撫でた。
シシリーには3年かかった中等部の内容を、エステルは1年で習得した。
シシリーがダンスや作法を身につけると、それを見てエステルもすぐにできるようになった。
シシリーが領地経営の一部を試しに任されると、エステルは独自の適案を父に提出した。
シシリーが次席入学すると、次の年、エステルは首席入学した。
エステルが入学した年に、シシリーには婚約者ができた。
侯爵家の次男であるタイソンという男で、キャンベル伯爵家に婿養子に来る予定だ。
性格に難ありだったが、成績自体は悪くなかった。
そのあとすぐに、エステルは同い年の公爵家の次男であるウォルターと恋仲だという噂が広がった。
相手の男ですら、家格も性格も上であり、いつだって、シシリーをエステルが凌駕していく。
だから、周りは勝手にこう思っていたのだ。
『妹に負けている可哀想な姉』だと。
それは学園のパーティーでタイソンが婚約破棄を宣言した時、姉妹の格差はもっと広がったと、その場にいた者は思っていた。
そう、勝手に思ったのだ。
だが、彼らは何も知らなかった──。
「シシリー、お前とは婚約破棄させてもらう!」
タイソンの発言に、主要人物への注目が嫌でも集まる。
「そして、お前の妹であるエステルと婚約する!」
そう言って、タイソンは恍惚な表情でエステルに手を差し出した。
ああ、妹と恋仲になったのか。
あれ、でも妹は公爵家のウォルター様と恋仲ではなかったっけ。
それで、妹の婿養子になって、エステルが伯爵家を継ぐのか。
じゃあ、姉の方は用済み?
まあ、あれだけ美しくて器量な妹の方に心移りしても仕方がない。
他の学生たちは、好き勝手にヒソヒソし始めた時、指名されたエステルの方は、今までにないくらい顔を歪めていた。
「は?なんでお姉様の良さもわからないあなたと結婚しなきゃならないのですか?」
エステルの心底嫌そうな機嫌の悪い声が響いて、しんと静まり返った。
え、あの天使のようなエステル様が、えっ…?
周囲は自分の耳を疑って、違う意味でざわざわし出す。
「え、エステル…?」
「婚約者でもないのに、気安く名前で呼ばないでください。虫唾が走ります」
「何を言っているんだ…。い、いつも俺に笑ってくれたじゃないか!」
「お姉様の婚約者だから、無下に接することができなかっただけです」
「俺が家を訪ねた時には、必ず顔を見せてくれたじゃないか!」
「ただの挨拶だけで、私が好いているとでも思っていたのですか?おめでたいですね」
侮蔑の視線でタイソンを見るエステルに、シシリーがようやく人を掻き分けて近づいた。
「エステル、言い過ぎよ…!」
「お姉様っ!」
人が変わったように満面の笑みを向けて、エステルはシシリーに抱きついた。
「だって、この体たらくごときがお姉様と婚約破棄するって言うんですよ!?馬鹿すぎるし、お姉様のことを馬鹿にしすぎです!」
「もう、お外でその言い方はまずいわ…!」
「お姉様を貶めるやつが悪いんです!」
むすーっと頬を膨らませて怒るエステルはみんなの知る可愛いエステルだったが、次々繰り出される発言には、シシリー以外、頭が追いついていない。
「お姉様の伴侶になる特権を得といて、これですよ!?やっぱりこんな男、お姉様に相応しくありません!だから反対だったのに!」
「まあまあ、落ち着いて」
「姉妹で結婚できたらよかったのに。そしたら、私がずっとお姉様と一緒にいられるのに」
「私の可愛いエステル、代わりに怒ってくれてありがとう」
そう言ってシシリーがいつものように頭を撫でると、この世の幸せを全部知っているみたいな嬉しそうな顔でエステルはすぐにニコニコになる。
「…本当に、シスコンだな」
そこで、エステルと恋仲だと噂になったウォルターが呆れ顔でやってきた。
「当たり前でしょ!お姉様より素晴らしい方なんて、この世に存在しないんだから!」
「その話は、何回も聞いた」
「エステル、家以外でも喋っちゃったの?」
「だって、お姉様はすごいんですもん!小さい頃の詩の朗読はお茶会で王妃様直々に褒められるほどでしたし、中等部の授業だって10歳で理解していましたし!後継者教育だって、お父様はいつでも家督を譲れそうだって自慢していましたし!」
「その話は、それくらいに…」
「いつだってお姉様に追いつきたくて頑張ってきましたが、お姉様が優れているということを実感するばかりです!」
目を輝かせて言うエステルは、シシリーとウォルターから見ればいつものことだった。
エステルは、筋金入りのシスコンだった。
シシリーのやることは自分もやってみたいと言って聞かない子どもであり、それは今もだった。
「お姉様と同じことがしたいの!私もするの!」
そう言って、何百回親や使用人たちを困らせてきたことか。
「シシリーお姉様ができるなら、妹の私もできないとダメなの!」
姉の後を追い、同じことをしては感動してきたのだ。
「シシリーお姉様は、こんなこともできちゃうのね!?私もお姉様みたいになりたい!」
周囲は張り合っているように見えていたが、エステルはただの追っかけなのだ。
シシリーのようになりたくて、シシリーのために動く重度のシスコン。
「詩の朗読、お姉様みたいにできなかったの。お姉様ってすごいの」
「中等部の内容をお姉様が私にもわかるように解説してくれたおかげで、私があっという間に身についたの。お姉様って、天才じゃない!?」
「お姉様の踊り方が素敵すぎて、全部お姉様の真似ができるようになったの!」
「お姉様の領地経営が捗るように、私も何かいい案を出さなきゃ!」
「あのお姉様でさえ、次席だったのよ!?お姉様仕込みの私はもっといい成績を取って、お姉様が素晴らしいって知らしめなきゃ!」
「お姉様って華美なものが得意じゃない分、シンプルさがお姉様の可憐さを引き立たてているし、だからこそお姉様の良さがわかる男にしか、お姉様を預けたくないわよねっ!」
エステルの中心は、いつだってシシリーなのだ。
「あっ、お姉様、こちら同級生のウォルターです。新しい婚約者にどうですか?」
「えっ」
「あの不遜婚約者の代わりにお姉様に相応しい相手を探していたのですが、この人が一番マシかなって」
「…言い方ってものがあるだろう、仮にも君の友人だぞ」
「ウォルターは私と張り合えるくらいの頭脳持ちなので、お姉様の役に立つと思いますよ。あと、意外といいやつですし」
「意外とは余計だ」
「どうですか?年下じゃダメですか?」
グイグイ推薦するエステルと、この状況を気にしていないウォルターに、シシリーの方がオロオロし始める。
「えっ、その、いきなり婚約って。まだ、タイソン様との婚約は継続中ですし」
「その件なら、お姉様がうんと言えばすぐに変えられますよ!」
「えぇぇ?」
「お父様にお姉様の婚約者を見定めてこいと命じられて観察してきましたが、報告は毎回無理すぎると言ってあったので、お父様も婚約破棄する方向で動いていましたし!」
愉しげに言うエステルに、困惑したままシシリーはウォルターを見た。
「あの、妹が迷惑かけていないかしら?」
「もう慣れたので大丈夫ですよ」
「いきなり婚約と言っても、困りますよね?」
「いえ、最初からエステル殿に姉と婚約はどうかと言われていましたので」
「まあ」
「シシリー様がお嫌じゃなければ」
「エステルが私のために探してくれた方なら、間違いないと思います」
「任せてください!それだけは自信があります!」
エステルは大好きな姉をギュッとすると、シシリーは笑った。
「じゃあ、お父様に報告しなくちゃね」
「はいっ!」
周りはもうわけがわからないままだったが、最後にタイソンが吠えていて、それもエステルに一蹴された。
「自分の発言には責任持ってもらいますので、お覚悟を。お姉様を手放したことを一生後悔したらいいわ!」
「お姉様にできることは、私もできます!だって、シシリーお姉様の妹なんだから!」と豪語する妹は、今日も姉の幸せのためだけに全力なのだった。
了
お読みくださりありがとうございます!! 毎日投稿115日目。




