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ガラスのくつ ~アイドル残酷物語~  作者: ニセ@梶原康弘


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最終話 ガラスのくつが砕けるとき

 ガラスのくつをはけなかった歌姫の死はひっそりと報じられた。


 かつては光差すステージの上で華やかに活躍した少女だったが、スキャンダルから歳月を経た彼女に世間は興味などなく、マスコミが騒ぐこともなかった。

 似たようなスキャンダルや人気の凋落などで芸能界から姿を消した歌手やタレントなど無数にいるのだ。

 所詮、彼女もそのひとりにしか過ぎない。

 彼女を知る者はその程度にしか思わなかった。

 かつての後ろ盾だったプロダクションからはお悔やみとてなく、ラ・クロワのファン達が追悼の為に集まることもなく、流れゆく日々の中で人々の記憶から忘れ去られ……


 そして二ヶ月が経った。



「今日は本当にありがとう!」

「私達、『ラ・クロワ』は新しい物語を始めます!」

「さあ行こう、あの星空の向こうへ。私達と一緒に!」


 その日の夜。

 満天の星輝く冬の夜空を指さし、歌姫達が呼びかけると次の瞬間、万を超える観客達から怒濤のような歓声が応えた。

 夜の帳の降りたさいたまアリーナに、寒さを吹き飛ばすほどの熱気と興奮が満ちている。

 その中心にいるのは、言うまでもなく聖なる歌姫達ラ・クロワだった。

 その夜は「リ・スタート」と称された彼女達の新生イベントが開かれていた。その名の通り、彼女達の新しい伝説が今始まろうとしている……誰もがそう思っていた。


 ただ一人を除いて。


 チクサは、夢遊病者のようにステージに立っていた。

 歌も、ダンスも、笑顔も、パフォーマンスも、無数に練習を繰り返した身体が覚えている。

 だが、聴いてくれるみんなに笑顔になって欲しい……かつての思い入れなどどこにもなかった。操り人形のように踊らされているようだった。

 歌うのも、歓呼に応えるのも、笑顔を作るのも……何もかもがただ苦痛だった。


 ――莉莉亞はもういない……私はあの娘を殺してしまった。


 歓声に応えて手を振る歌姫たちの中、俯いて震えだした彼女を、観客達は新しい伝説の始まりの感激に打ち震えているのだと思っていた。

 だが、そうではなかった。

 彼女は歯を食いしばり、拳を握り締め、悲しみと怒りに耐えていたのだった。

 そうとも知らず、ファン達はラ・クロワの歌姫達が指す天空の彼方へ思い思いの叫びを迸らせる。


「オレ達は行くぞ! どこまでも一緒だ!」

「輝き続けてくれラ・クロワ! オレ達の永遠の歌姫!」


 歌姫達は手を繋ぐ。この歓喜の潮に乗り、これからイベントを締めくくる決意の誓約を一人一人が告げるのだ。

 そうしてラストソング、感動のフィナーレへと繋げてゆく……そんな段取りのはずだった。


「私は誓います。ここにいる皆を、あの星々の極みへと連れてゆくことを」

「みんなに約束する。最高の私を見せるから!」

「見届けて。ラ・クロワの夢がどこへ辿りつくか……私達の行く先を!」


 胸を張り、瞳を潤ませ、一人一人が約束するたびに歓声が沸く。

 進み出た四人目の歌姫は、ラ・クロワに新しく加入した岩倉さゆりだった。彼女が会釈して「私は……」と始めたとき、緊張した会場はさっと静まり返った。


「私は歌います。学校で虐められたり一人で生きるのが寂しかったり……そんな辛い人の為に。慰める人も励ます人もいない悲しい人達の為に」


 一瞬の間があり、次の瞬間、感動した観客達からの大歓声と拍手が彼女を包んだ。

 さゆりは、ラ・クロワにふさわしい、新しい歌姫としてファン達に認められたのだ。

 次はチクサの番となる。

 だが、それまで我慢していたものがこのとき、彼女の心の中でついに音を立てて切れた。


 その言葉は、もういないラ・クロワの歌姫があの日遺した誓約だったのだから……


(こいつ……!)


 我慢ならなかった。

 会心の笑みを浮かべるさゆりへ、つかつかと歩み寄る。

 そして、怪訝な顔で自分を見上げた彼女の頬を……チクサは次の瞬間、思いきり平手打ちしたのだった。

 乾いた打擲音に観客席から驚愕の叫びや悲鳴があがる。会場は一瞬のうちに蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


「な、何を……」

「フザけないで!」


 気弱で己の意思を今までハッキリ出せないでいたチクサは、剥き出しの怒りも露わに睨みつける。


「それは莉莉亞が遺した誓約でしょうが!」


 莉莉亞の名前を彼女が口にした瞬間、喧騒で湧いていた会場が更にどよめいた。

 彼等にとって、それは「禁忌」だった。この場にいる誰もが「そんな歌姫など最初から存在しなかった」というように、ひたすら彼女の名前を口にしなかったのだ。暗黙の了解として。

 さゆりも狼狽えながら「何よそれ。そんなの知らない! 勝手なこと言わないで……」と口走ったが。


「!!」


 カッとなったチクサは、しらを切った彼女の頬に手のひらをもう一度叩きつけた。


「何すんのよ!」


 さすがに二度も殴られては黙っていられない。怒ったさゆりが「お前こそフザけんな!」とチクサに喰ってかかる。

 あっけにとられ、立ち尽くしていた他の歌姫達が我に返り「チクサ、何してんのよ!」「やめなよ!」と、慌てて駆け寄った。そのまま揉み合いになり、倒れこむ。

 彼女達を強引に払いのけ、今度はさゆりがチクサの頬を思い切り叩いた。チクサも負けじと叩き返そうとする。歌姫たちは二人を懸命に押さえつけ、引き離した。

 さゆりはナツメに抑えられながら「僻んでるの? リーダーだからって、いい加減にしてよね!」と怒鳴りつける。

 チクサも罵り返した。


「あんたなんか……あんたなんかが莉莉亞みたいに歌えるもんですか!」


 もともとこの少女のことは好きではなかった。

 新しい仲間を迎えるはずのオーディションは突然非公開にされ、何の説明もなしに、ただプロデューサーの意向で彼女に決まったのだから。

 莉莉亞が命を懸けても戻れなかった、このラ・クロワに……


「『辛い人の気持ちに寄り添って』なんて莉莉亞の想いをまるで自分の気持ちみたいにぬけぬけと……恥知らず!」


 詰め寄るチクサを茱萸木るぅなが必死に「チクサちゃん、もうやめて!」と制止する。

 時ならぬ修羅場に観客席から罵声が上がりはじめる。怯えた視線を左右に向けた歌姫たちは口々に訴えた。


「るぅなの言う通りだよ! ここはさゆりちゃんに謝って」

「ね、莉莉亞のことは後で話し合おう」

「今はこらえて。ステージ中なのよ!」


 懸命に自分をなだめ、諭そうとする歌姫たち。

 しかしチクサの目には、そんな彼女たちも、ただ醜く見えるだけだった。

 同じ仲間だった莉莉亞の死に心を痛めるどころか、彼女の遺した想いを大切にしてあげようともしない。

 そのくせ、自分達の人気だけは浅ましく守ろうと……


「莉莉亞のことは今さらどうしようもないじゃない」

「そうだよ! 私達、新しいラ・クロワに生まれ変わるんだよ」


 チクサは「違う!」と、激しく頭を振る。


「莉莉亞のことを忘れていいの? 仲間を捨てて生まれ変わって……私たち何を歌えばいいの?」

「そ、それは……」


 厳しく問いかけるチクサを前に、歌姫達は思わず絶句する。彼女たちはチクサを言いくるめ、この場を収めることしか考えていなかったのだ。

 凍り付いたようなラ・クロワの歌姫たちに向かって、苛立った観客達から罵声が浴びせられる。


「チクサァァ! 何やってんだ!」

「イベントをブチ壊しやがって、バカヤロー!」

「今夜は莉莉亞の死を乗り越える再出発じゃなかったのかよ!」


 チクサはキッとなって振り返る。


「あんた達だって私と同じじゃない! みんなして莉莉亞を殺しちゃったくせに!」


 どういう意味だ? と、怪訝そうな観客に向かって、チクサはよろよろと立ち上がった。大きく息を吐き、「あの日、莉莉亞はこう言ったの」と真似る。


「『こんな落ちぶれた惨めな私だからこそ、歌いたい』」

「……」

「『学校や職場で虐められたり、一人で生きるのが寂しかったり……だけど慰める人も励ます人もいない、そんな悲しい人達の為に』」

「……」


 困惑する彼らへ、チクサは声を震わせて真実を突き付ける。


「みんな知らないでしょ? ラ・クロワの新メンバーオーディションの最後に、莉莉亞が言ったの。それを、さゆりが自分の気持ちみたいな振りをして盗用して……」


 狼狽し「違う!」と、わめきたてるさゆりには目もくれずチクサは続ける。


「私たちラ・クロワ、ファンのみんな、プロダクション……誰も莉莉亞を許してあげなかった。過ちを償いたい、もう一度ガラスのくつをはかせてって縋っていた莉莉亞を。泣いていた莉莉亞を……」

「……」

「だから莉莉亞は、最後にあんな美しい歌を歌って逝っちゃった……」


 堪えていた涙が溢れ出す。罵声を浴びせていた人々も一瞬、言葉を無くした。

 チクサのまぶたの裏に、嘲笑を浴びながら、それでも静かに微笑んでいた歌姫の姿が浮かび上がる。


(莉莉亞……)


 彼女がビルの屋上から投身したと聞いたとき、どんなに悔やみ、己を責めただろう。

 その日まで冷酷なプロデューサーに怯え、同調を強いる仲間達の圧に負け、自分は何も出来なかった。

 慰めの言葉ひとつ伝えることも。謝ることすら……

 もし、勇気を出して手を差し出していたら……あの日夜空へ己の身を投げた莉莉亞を引き留めることが出来ただろうか。


「私は莉莉亞を殺した。ここにいるみんなも……」


 煮えたぎるような熱い涙が幾筋もチクサの頬を伝い、落ちてゆく。

 

「私、もう歌えない……ラ・クロワももう終わりよ。私たちも、ファンのみんなも、これから莉莉亞を殺した後悔を心の中にずっと抱いて生きてゆくしかないの」


 観客席から「何言ってんだ、オレらは悪くねぇぞ!」と叫ぶファンがいる。チクサは憐れむように顔を歪めた。


「そうやって言い訳したって無駄だよ。もう取り返しなんかつかないのよ。莉莉亞、死んじゃったもの……」


 同感する者がいるはずがない。誰もあの日のオーディションのことなど知らないのだから……

 困惑した顔ばかりがチクサに向けられる。

 チクサはそんな周囲を見渡し、泣きながら笑った。


(そう。みんな、どこまでも「自分は関係ない、莉莉亞は勝手に死んだだけだ」と気がつかない振りを続けるのね)


「人の心の痛みにどこまでも他人顔の卑怯者ども、みんな私と一緒に一生苦しめ! バァァァァァカ!」


 気が狂ったように叫んだチクサへ「なんだと!?」「フザけんなクソアマ!」と、怒号が爆発する。

 彼女はさらに何か叫んだが、その声は突然途絶えた。指示を受けた音声係が慌ててマイクのスイッチを切ったのだ。

 同時に舞台袖から周章狼狽したスタッフや警備員達が飛び出し、歌姫達を無理やりステージから連れ出し始めた。


「会場にご来場の皆様、たいへん申し訳ございません。ラ・クロワメンバーの体調不良、および音声トラブルにより、本日のステージは急遽中止とさせていただきます。間もなくスタッフが誘導いたしますので指示に従って退出を……」


 今さら取り繕いようもなく……それでも取り敢えずといった様子で、イベントの中断がアナウンスされる。

 もちろん、大人しく従う者など誰もいない。罵声が溢れ、ステージに向かって手当たり次第にものが投げられる。

 アナウンスの音声の向こうからも「どうすんだよ、これ!」というディレクターの苛立った声や「チクサをつまみ出せ!」という藤元プロデューサーの怒号が漏れ聞こえた。

 イベントステージは完全に崩壊していた。収拾のつかない騒乱のなか、誰も彼もが怒りに任せて荒れ狂い、虚しくわめき散らすばかり。

 この修羅場はこれからSNSで拡散され、マスコミに書き立てられ、芸能界を揺るがす嵐となるに違いない。

 幾つもの手が荒々しくチクサの身体を掴み、引きずってゆく。引きずられてゆく先にはきっと地獄が待っている。

 そして、二度と光差すステージに立つことは出来ないだろう……

 連れ去ろうとする力に抗い、ひたすらに莉莉亞の名を叫びながらチクサは謝り続けた。


「莉莉亞。私、最後まであなたを助けなかった。今さら許してなんて言えないけど……ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい……」


 ステージの向こうに広がる阿鼻叫喚が、涙で歪んだ彼女の視界の中でそのとき、どこか幻想的に見えた。

 そして、その幻想の向こうにあの少女がいるような気がした……手を伸ばし、チクサは絶叫する。


「莉莉亞! 莉莉亞ぁぁぁぁぁ!」



 姫咲莉莉亞はもういない。

 どんなに泣いても、叫んでも彼女に届くことはない。


 そうだとわかっていても、それでも……

エピローグに続きます

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