5. 敵を追い詰める。
十八年。
惑星BOIWII-880にて。
この星の一年は、地球の二倍の長さを持つ。
ひとつの冬は、魂さえ凍らせる。
ひとつの春は、いまだ炉に入れられぬ金属のように冷たい。
そして今——
その惑星に残る色は、ただ黒のみ。
紫の森はもうない。
囁く古樹もない。
かつて“正義”と呼ばれるもののために戦士たちが決闘した氷石の都市もない。
残っているのは、灰。
そして屍。
ゲンソン・ジェシュダは、崩れ落ちた平原の中央に立っていた。
彼はもはや、かつての少年ではない。
身長は一九七センチ。
広い肩。
生きた金属から鋳造されたかのような分厚い筋肉。
胸と背に刻まれた無数の傷跡——致命傷はひとつもない。だが、そのすべてが記憶だった。
彼の眼差しは、もはや好奇心と理性の間で揺れ動かない。
静かだ。
大陸を呑み込む直前の海面のように、静かだ。
足元には、数百の怪物の死体。
かつてBOIWII-880を支配していた存在たち。
今は冷えた肉塊に過ぎない。
ゲンソンは屈み込み、巨大な怪物の皮膚を力任せに引き裂いた。
ビリッ。
黒い血が飛び散る。
彼は避けない。
「ちっ……」
掠れた声。かつてより遥かに低い。
「やっぱり、あのクソ山羊に騙されたな。」
彼は薄く笑う。
「鍛冶屋だと? 笑わせる。」
「正義? ふざけるな。」
ビリッ。
皮が一枚、完全に剥がれる。
彼はそれを腰に巻き、きつく締めた。
「今どこにいようが……」
黒く塗り潰された空を見上げる。
「先に首をへし折るのは、俺だ。」
風は吹かない。
大気はもはや完全ではないからだ。
BOIWII-880は、とうの昔に死んでいる。
生きているのは、彼だけ。
十八年前、バラディストは言った。
「お前なら、核を破壊できる。」
ゲンソンは、すぐにはしなかった。
残った。
戦った。
殺す術を学び。
可能なときは、殺さぬ術も学んだ。
だが——やがて理解した。
この世界は、最初から実験場だった。
生まれる怪物はすべて、捕食するように設計されている。
社会はない。
文明もない。
未来もない。
あるのは、生存と殺戮のループだけ。
「これは世界じゃない。」
崩壊した石の都市の中央で、かつて彼は虚空に向かって言った。
「ただの飼育檻だ。」
頭の奥で囁く声——バラディストではない。
自分自身の記憶だ。
――お前は殺せる。お前は救える。
「何を救う?」
ゲンソンは冷笑した。
「檻をか?」
十八年。
彼は毎日戦った。
力は、測定不能な速度で増幅していった。
“アッカーマン”。
かつては比喩。
だが、もはや比喩ではない。
初めて、心臓を貫かれたとき。
死ななかった。
傷は閉じた。
十回目。
百回目。
千回目。
肉体は適応する。
より速く。
より強く。
より殺されにくく。
そして——
この惑星に、彼を出血させられるものは存在しなくなった。
屍の平原に立つ姿は、最後の粛清を終えた帝王そのもの。
「頃合いだな。」
虚無に響く声。
「このクソみたいな核も、潰す。」
目を閉じる。
吸う。
薄く冷たい空気が肺を裂く。
吐く。
体内のエネルギーが震え始める。
わずか0.01%。
それだけで大地が割れた。
「BOIWII-880……」
彼は囁く。
「時間をくれたことだけは、感謝する。」
一歩、踏み込む。
——ドン。
音ではない。
衝撃波だ。
深部の核が瞬間的に圧縮される。
そして——
爆発。
白光が惑星の中心から噴き上がる。
地殻は砕け、
氷海は蒸発し、
大陸は粒子へと分解される。
惑星は無数の分子となり、宇宙塵の雲として拡散した。
空間が震える。
だが、ゲンソンは動かない。
まるでそれが、小さな花火でしかなかったかのように。
無限の虚空の中。
彼は漂う。
流れゆく残骸を見つめながら。
「……よし。」
「終わりだ。」
首を回す。骨が鳴る。
「さて、あの山羊を探すか。」
もはや“正義とは何か”と問う少年の顔ではない。
行動で答えを出した者の顔だ。
「今の力なら……」
手を前に差し出す。
掌の周囲で、空間がわずかに歪む。
「……まだ限界じゃない。」
「俺の力は、無限だ。」
「アッカーマン式に増幅する。」
「戦うたび、跳躍する。」
「傷を負うたび、乗算される。」
「今は……」
拳を握る。
「……まだ0.01%しか制御できていない。」
彼は笑った。
狂気ではない。
単純な事実を理解したからだ。
「十八年……やっと扉の縁に触れただけか。」
周囲は絶対の静寂。
惑星はない。
大地もない。
あるのは、遠い星々のみ。
「あー……まあいい。」
背を伸ばす。
「山羊を追うにも、まずは寝るか。」
目を閉じる。
重力もない。
音もない。
ただ、巨躯が星海に浮かぶ。
宇宙で眠る戦神。
そして——
遥か彼方で、
かすかな笑い声が響いた。




