内命婦での一幕《ジユ視点》
カヨン様との狐憑きに関する情報のすり合わせの後、内命婦から呼び出しを喰らった。
何でも、私がネズミのようにコソコソと動いていることがバレたらしく、上級女官達は嫌味やら何やらを吐き捨てるかのように突き付けた。
その言葉の節々や顔色、そして周囲を取り巻く空気から感じる感情はただ一つ。
それは不満という灰色の感情の一つだ。
この世に存在する感情には、様々な色がある。
鮮やかな色の感情、暗い色の感情、透明に近い色の感情。
人によって感情の色は違うものの、私が出会った人に共通していることがあるとすれば、負の感情を抱くとその色が灰色から黒に変わっていくことぐらいだ。
私は今のままで、誰かが黒い感情に染まらないように努力してきた。
だけど、それはその誰かに言わせれば余計なお世話だったようで、私はその度に誰かに嫌われた。
だからこそ、今度ばかりはその余計なお世話という行為をやめることにした....つもりだった。
少なくとも、カヨン様に仕えるまでは。
「はぁ.......」
この後宮に来てからというもの、私の日常は感情という名の色彩に支配されている。
色彩と言っても、その色は一言で言い表せない程に混沌としていて、見ているこっちが疲れる程に混ざり合っていた。
悲しみの青、怒りの赤、嫉妬の緑、性欲の紫....それぞれの感情が派手な色となり、後宮という閉鎖的な場所を彩っている。
私にとって、後宮とはそういう場所なのである。
それに対して、あの上級女官達の灰色の感情はまだ良い方だ。
一番怖いのは、その灰色の感情が全てを飲み込む黒い感情に変化する時なのだから。
「あの人達、私に嫌味を言うこと以外にやることがないんですかね.......」
久々に内命婦から呼び出された時、心なしか女官達の空気が張り詰めていた。
いや、この場合は針でチクチクと刺されるかのような感覚と痛み、と言い表した方が正しいのかもしれない。
いくらヘウォン様の一件で調査が始まったとは言え、流石にここまでの感情の色が複雑に絡み合い、その糸がいつ切れてもおかしくはない雰囲気を感じ取ったのは、私にとっては生まれて始めての関係だった。
特に下級妃達に仕える侍女や下級女官達の雰囲気は凄まじく、彼女達が噂話をする度にその糸が絡まっては一本となるを繰り返していて、少なくとも何かあったことには違いない。
いずれにしても、まずは情報を集めないと。
「あ!!ジユ!!」
「....ヨンハ?」
そう思っていた矢先、私はヨンハに話しかけられた。
ヨンハはこの後宮で働く下女で、カヨン様に仕えているという理由で浮いている私に対し、親切に接してくれた人の一人だ。
彼女は貧しい生まれや人買いを経由して後宮に来たからか、私と違って非常に芯のある性格の人間で、その人柄を持つがためにこの後宮内で生き残っているのかもしれない。
そんなヨンハは私にとって貴重な友人の一人で、カヨン様の暇つぶしの糧となる情報を、些細な噂話を率先して教えてくれる情報通でもあるため、私はこうして後宮での時間をそれなりに楽しく過ごしているのである。
ちなみに、狐憑きの噂を教えてくれたのも彼女なのだ。
「ジユが内命婦に来るなんて珍しいね!!」
「あ、うん、ちょっとね」
そう言葉を濁しながら、私はヨンハと出会ったついでにこの張り詰めたような空気について、彼女に色々と尋ねた。
もちろん、カヨン様の頼まれ事であることを隠したまま。
その結果、ヨンハの口から出たのは予想外の言葉だった。
ヘウォン様に仕えていた女官の一人が、自分が彼女に大麻を盛ったのだと書かれた木簡を残し、そのまま毒を飲んで自殺した。
それはまるで、この一件は自分が犯人だと言わんばかりに。
一応、ヨンハの感情の色を確認してみたところ、彼女の感情は嘘一色ではなく、むしろ真実で染まっていたため、私はその言葉が事実なのだと理解した。
.....おかしい、何もかもがおかしい。
もし、本当にその女官が犯人だったとしても、丁寧に犯行を自供するかのような木簡を残すものだろうか?
こういう幕の下ろし方は、大体何かしらの思惑が絡んでいることが多い。
その仮定で話を進めるなら、色々と納得できるところがある。
この狐憑きという事件を起こした首謀者は、きっとまたヘウォン様と同じようなことをするつもりだ。
今回の女官の自殺は、言うなればトカゲの尻尾切りのようなもの。
今後も似たようなことが起こるとするならば、後でヒョンス先生に共有しないと。
「ヘウォン様も可哀想だよね。だって、自分の信じていた女官に毒を盛られるんだから」
「.......」
ヨンハの言う通り、その女官がヘウォン様に大麻を盛られていたことが事実なら....確かに可哀想ではあるけれども、チェ家のやって来たことを踏まえた上で考えれば、より一層ヘウォン様があの状態に陥ったことはある種の悲劇なのかもしれない。
ただ、その女官が何故自ら命を断つことに至ったのか。
何故、彼女はヘウォン様に大麻を盛ったのか。
狐憑きという事件に対する謎は、ますます深まるばかりだ。
「この前なんて、ヘウォン様の一件でその侍女と別の下級妃の侍女が言い争っていたから、これで少しはマシになると良いなぁ」
「そう....だね」
内命婦の空気が良くなることを願うヨンハの言葉に対し、私はただただそういう風に返事するしかなかった。
....早くこの一件を、狐憑きという名の事件を止めないと、ヘウォン様のような被害者が増えるかもしれない。
その前に、何としても犯人に繋がる情報を手に入れるしかない。
「中級女官の人達も、もうすぐ親蚕礼なのにって心配そうにしていたよ。特にスンジャ様はヘウォン様の女官達のことを気にしていたし....これで狐憑きが終われば良いんだけど」
ヨンハの不安げな言葉を耳にした私は、その言葉を胸に今日もカヨン様の下へと向かう。
全ては、姫様の暇つぶしのために。




