言の葉遊び《ジユ視点》
「姫さんの言う通り、今のヘウォン様の状況は大麻を長期間使用した時の症状と似ているな」
医局にて、カヨン様が導き出した氷山の一角とも取れる情報をヒョンス先生に伝えると、そんな答えが返ってきた。
やはり、ヘウォン様は毒ではなく大麻を盛られていた。
しかも、廃人となるまでの量を摂取していたとなると、後宮入りしてしばらく経たないうちから毎日守られ続けていたのは確実で、そこから徐々に量を増やしていったのではないか?とのことらしい。
まぁ、それなりの知識を持つ医官であるヒョンス先生がそう言うのだから、間違いはないだろう。
「そうですか....」
ヘウォン様は後宮入りしたその瞬間から、チェ家であるが故に首謀者に狙われ、そして大麻を盛られた末に廃人となった。
国王の側室として、それなりの覚悟と高鳴りを胸に抱いた矢先の出来事だとしたら、これは悲劇にも程がある。
それに.....後宮内でヘウォン様が侍女に手を上げたと言う話を聞かない代わりに、ヘウォン様はかなりに侍女に慕われていた。
現に、仕えていた侍女達は今もなお彼女の世話を買って出ているのだ。
そこまでの忠誠心を持っているとなると、ヘウォン様は博愛の精神を持つお方だったのかもしれない。
そんな人間を廃人に追い込むと言うことは、やはりチェ家には何かの秘密があると言うことなのだろうか?
「にしても、大麻ねぇ....」
「ヒョンス先生、何か知ってるのですか?」
煙管を吸い、物思いに耽るかのようにそう言うヒョンス先生の顔には、何かを思い出したような表情が映し出されていた。
それはまるで、遠い昔のことを思い浮かべるように。
今はカヨン様専属の医官であるヒョンス先生は、クミホが権力を握る前から働いていたらしい。
なら、大麻に関する悲劇も少なからず知っているからこそ、こんな風に物思いに耽るのだろうか?
そう思っていた時、ヒョンス先生は煙を吐くのと同時にこう言った。
「いや、まさかまた大麻の名を聞くとは思わなくてな」
.....ヒョンス先生は、大麻がまだ薬として使われていた頃のことを知っている。
もちろん、大麻によって命を落とした人々のことも。
手を尽くそうとしても、助けられなかった医官達のことも。
クミホが後宮に与えた影響を鑑みると、彼女が遺したモノは呪いと言っても過言じゃない。
だから、ヒョンス先生は宮廷医官としてその呪いを憎み、憤慨しているのだ。
恐らく、そういったところがあるが故にカヨン様に協力しているのかもしれない。
「今はソングン様によって規制されているとは言え、あの当時は側室や侍女達に無理矢理大麻を盛らせる.....なんてことが横行していてな、俺達は必死に手を尽くす毎日だった」
「..........」
ヒョンス先生の言葉一つ一つには、カヨン様への恨みは無かった。
その代わりに、医官として命を助けられなかった自分を憎む感情がハッキリと伝わってきた。
あの人は自分自身を憎むことによって、それを糧に生きている。
ヒョンス先生はそういう人間....なのかもしれない。
「だが、それでもなお大麻はこの国の闇として残っている。隠語という巧妙な手口を使ってな」
そう語ると、ヒョンス先生は静かに怒りに震えながらも煙管を吸い、その感情を煙と共に吐き出した。
かつて、大麻に汚染されて散っていった人々を見てきた医官として、やるせなさの色を見せながら。
にしても....隠語、ね。
国王であるソングン様に規制されているものの、言葉遊びをしてまで大麻を使いたいなんて、物好きな人間もある程度は存在するということなのだろうか?
「.....例えば、それはどんな言葉なのですか?」
「そうだな.......主に使われているモノだと、草と呼ばれることが多いな。後は宴の時に使用される大麻のことを茶葉と呼ぶ奴も居たらしい」
茶葉。
その言葉が出た瞬間、きっと私の瞳は大きく見開いていたことだろう。
点と点と繋がるこの感覚、間違いない。
これこそが下級妃であるヘウォン様が狙われた理由であり、狐憑きの真相。
もし、彼女が廃人と化した大きな理由がそうだとしたら、悪女クミホの置き土産がタチの悪いモノだということが立証された。
彼女は、処刑されてもなおこの国に深い傷跡を残し続けている。
その傷跡があるからこそ、狐憑きのような事件が起こった。
.....何とも胸の居心地が悪い話だ。
「ヒョンス先生、その言葉は.....今も使われていますか?」
「さぁな?そこら辺のことは俺も分からん」
国が傾いた元凶の一人である先王が亡き今、大麻は法令によって禁止されている。
けれども、その大麻が今も生産されている上に流通しているとなると、これは噂話にしては非常に大きすぎる話になるだろう。
狐憑きからこんな話に繋がるとは、誰が予想しただろうか?
「....その様子だと、お前さんの知りたい情報は確保できたみたいだな」
「えぇ、ありがとうございます」
私はヒョンス先生に対して一礼をした後、その足で医局からカヨン様の下へと向かっていった。
カヨン様がこの手土産にどう反応するかは分からないが、とにかく話の鮮度は保っていた方が良いだろう。
それに.....ヒョンス先生によれば、今回の一件は上級女官達が所属している組織こと、内命婦にまで伝わっている可能性が高い。
私に対して余計な茶々を入れるなと言われる前に、この事件の全貌を早く知りたいものだ。




