事実と真実の間で《ジユ視点》
さて、医官であるヒョンス先生からの狐憑きの件についての意見を聞き、その事実を手土産にカヨン様の下へと戻った私だったのだが.....当のカヨン様の反応はさほど驚いてはいなかった。
一応は興味は示していたが、それでもクスリと微笑むだけ。
....その笑顔の裏にどんな色の腹を抱えているのかは、今の私には分からない。
ただ、これで干物姫の暇つぶしの糧になれば良い。
第七王女カヨンの侍女として、これ以上の詮索はしない方が良さそうだ。
「へぇ、ヘウォン様は毒が薬を盛られたのね」
「はい、ヒョンス先生によれば既に手遅れの域に入っているようです」
あっけらかんとした様子のカヨン様に対し、拍子抜けしたわけではない。
むしろ、この方はこういった人間であることを改めて再認識させられる。
カヨン様は並外れた知恵を持つが故に、事実を知ったとしてもそれをどこまでも他人事として貫く。
私が見てきた中でここまで心も芯も強い人間は、きっとカヨン様ただ一人だけだろう。
それはそれとして、その情報を得たカヨン様はいつものように空想と妄想の領域へとのめり込んでいく。
その頭の中で何を考えているのかは分からないが、恐らくはヘウォン様の狐憑き事件についての情報の整理をしているに違いない。
私がそう思いながらお茶を淹れていた時、カヨン様は徐ろにこう言った。
「ヘウォン様の側室としての官位は昭媛でしょ?どうして、わざわざ下から二番目の官位の側室を殺さずに生かしたのかしら?」
カヨン様がそう言った瞬間、私は彼女の発したその言葉に納得してしまったのか、お茶を淹れる手を思わず止めてしまった。
そうだ、確かにそうだ。
大体の側室の階級は決まっていて、ヘウォン様の官位は昭媛。
昭媛は下から数えて二番目の位で、いつ消えたとしても替えの効く存在だ。
でも、替えの効くからこそ殺せば良いはずなのにヘウォン様は屍のように生きている。
まさに、この側室の官位や後宮事情を鑑みればおかしな話だ。
それに貴族のことはよく知らない私でも、貴族が生き恥を晒すことを嫌っているのは知っている。
特に、下級妃として王族に嫁いだ娘を持つ貴族だったらそれは尚更嫌うだろう。
なら、この狐憑きという噂に関する真実はただ一つ
「犯人は貴族であるチェ家の面子を潰すためにこんなことを....?」
これは貴族の弱点を突いた犯行、つまりは事件だ。
しかも、犯人が貴族が恥を晒すことを嫌うことを知っているとすれば、犯人はそれらのことを踏まえた上で計画的に犯行を行い、薬が毒を用いてヘウォン様を廃人化させた。
もし、これらのことが絵空事の妄想ではなかったら....チェ家の人々は今後、どんな目で見られるかは私でも分かる。
死こそが最大の慈悲ならば、生きることは最大の恥を晒すこと。
犯人は彼女が死ぬことすら許さず、屍のようになってもなお生きることを強要するなんて、よっぽど恨まれていなければ出来ないことなのかもしれない。
それ程までに、チェ家は誰かから恨まれていたのだろう。
「こういうことは一族の当主に行うよりも、その子どもに何かする程が効果抜群なの。何てったって、この世で一番大切なものを奪われるんだもの。これ以上に効果的なものは私は知らないわ」
.....ヘウォン様のご実家であるチェ家の話はあまり聞いたことはない。
侍女達の噂話で聞いた範囲だと、チェ家の当主は彼女をとても可愛がっていたというぐらいのことしか私は知らない。
そんな存在がある日、生きてはいるが死んでいるのも同然の状態になれば、カヨン様のいう通り効果は抜群だろう。
だとすれば、これは随分と手の込んだ悪趣味な嫌がらせに違いない。
そこまでのことをされるとなると、チェ家が何をしたのかも気になるところだけど....とりあえずそれは置いておくとしよう。
「それに....何かを一回だけ盛られたからと言って、人間は屍のようにはならない。毎日ある程度の何かを体内に摂取していたのなら、話は別だけど」
事実として分かっていることは、下級妃ヘウォンは何かを盛られたということ。
その何かは未だに分かってはいないが、人を屍のような状態にさせるモノがろくでもないことぐらいは分かる。
お茶を飲みながらそう言うカヨン様の言葉から感じ取れたのは、犯人は例の何かを毎日飲ませていた可能性が否めないという持論で、それを聞いた私は侍女達のとある雑談の内容を思い出した。
と言っても、その雑談を小耳に挟んだ時は些細な言葉だったのだけど、今思えばそうだったのかもしれないと思えるような言葉だったので、私はそのことがどうしても無関係だとは思えなかったのだ。
「そういえば、前に他の侍女達が最近のヘウォン様の飲んでいるお茶の香りがキツいと言っていましたが.....これもその何かの影響なのでしょうか?」
私がよく耳にするヘウォン様の話としては、花の香りがするお茶をよく飲んでいて、自身と同じ昭媛の官位を持つ下級妃達と茶会を開いていたそうな。
でも....少なくとも、それは狐に取り憑かれる前の話。
お茶の香りがキツくなったのは、ちょうど彼女が廃人となる一歩手前の頃、体調を崩す前のことだった。
やはり、彼女は狐憑きに遭ったのではなく何かを盛られたのだ。
「恐らくはそうでしょうね。だって......そこまでお茶の匂いがキツくなるのなら、そのお茶の中に何かを隠していることには間違いないもの」
そう言うカヨン様の顔には、女狐のように狡賢くて怪しげな笑みが浮かんでいて、その顔を見る度に彼女の正体が狐ではないかと時折思ってしまうのは、きっと彼女がクミホの娘だからだろう。




