とある下級妃の噂《ジユ視点》
私の主人である第七王女、リ・カヨン様は生まれながらにその血筋に呪われている。
母親は国を阿鼻叫喚の地獄へと陥れた王妃、母親はその悪女に取り憑かれた国王であるがために、その生涯を後宮の一室に縛られ続ける運命の姫君。
少なくとも、侍女として働き始めた頃の私はそう思っていた。
私自身としては、別にカヨン様に同情も憐れみも抱いてはいない。
ただ、感情が読み取れるだけですぐ首になる私にとって、割りの良い仕事が舞い込んできたからやっているだけの話である。
そこに自分勝手な正義感というモノはない。
それで自滅するのは、もうやめにしたはず....だった。
「....というわけで、カヨン様の暇つぶしのために是非ともヒョンス先生の見解を聞かせてもらいたいのです」
だが実際のところ、働き始める形で蓋を開けてみればそれは見当違いな考えだった。
彼女は干物姫として生活と自分自身を受け入れ、怠惰に暮らしている。
しかも、軟禁という名目で引きこもっているくせに悪知恵よりも巧妙で、猿知恵よりも賢い頭を持っていたからか、私はいつも言いくるめられては暇つぶしの駒として使われているのだ。
こんなことで怒っていては、また仕事が首になるのは確実だろう。
けれども、人間には何事も限界があるということを彼女は知らないのだろうか?
今日もそんなことを思いながら、後宮内で起きた狐憑きの噂のことで王宮で働く宮廷医官に、ヒョンス先生に話を聞いていた。
ヒョンス先生は王宮勤めの医官であり、一応は王女であるカヨン様の専属の医官でもある人物で、ヤブ医者だと他の侍女達からは言われてはいるが、医官としての技術は本物らしい。
しかし、あのカヨン様の専属の医官になるということは事実上の左遷、ひいては出世の道から外されることを意味しているからか、あの方と同じように権力争いとは程遠い立場となっている。
それは言い換えれば、私と同じようにカヨン様の暇つぶしに巻き込まれることを意味しており
「オイオイ、今度は例の下級妃の一件に首を突っ込むつもりか?」
ヒョンス先生も面倒事に巻き込まれたくなかったのか、煙管を吸いながら煙を吐くようにそんな言葉をボヤいた。
いくら左遷させられたも同然の立ち位置といえ、宮廷勤めの医官が昼間から煙管を吸い、昼間から酒まで嗜むのは流石にどうかと思うが、これでも立場は上なので言葉は慎むことにした。
いつ、どこで、誰がその言葉を聞き、そして歪曲させて広めるか分からない場所だからこそ、そこら辺のことも警戒しなくてはいけないのだ。
「例の下級妃ってことは、何か知っているのですか?」
「あぁ、つっても小耳に挟んだ程度の話だけどな」
そう言うヒョンス先生の声の色には、その言葉が嘘ではないことが鮮やかに聞き取れた。
カヨン様の読み通り、ヒョンス先生は下級妃であるヘウォン様についてのことを知っている。
例え、小耳に挟んだ話だとしてもそれは重要な情報の一つ。
あの方の我儘でここまで足を運んだからには、その情報の一部でも持ち帰りたいものだ。
「それでも、カヨン様の暇つぶしが早めに終わることに越したことはありません」
「それもそうだな」
侍女である私の言葉に説得力を感じたのか、頭をポリポリと掻きながらそう呟くスウォン先生。
スウォン先生は医官としての出世街道から外れた人間とは言え、医術や薬の知識に関しては他の医官や薬師よりも詳しい。
....その反面、他の医官よりかはだらしないけど。
そのことを踏まえた上で、カヨン様は医官としての意見と見解を聞こうとしているのだ。
廃人となった下級妃のヘウォン様が、本当に狐に取り憑かれたのかを。
「....まぁアレだ、何かを盛られたことには違いないってよ」
スウォン先生は何の前置きもなくバッサリと、あっさりとそう言い切った後、手に持っていた煙管で一服していた。
それはまるで、自分とは何の関係のない他人事のように。
煙管から吸った煙を吐き出すかのように。
ただそこにはあるのは、一つの事実だけ。
下級妃ヘウォンは何かを盛られた。
やはり、あの噂は狐憑きでも何でも無かったのだ。
「.....何かを盛られた、とは?」
「そのままの意味だ。下級妃ヘウォンは薬か毒を盛られて生きる屍となった。俺はそれしか聞いていないぞ」
勘弁してくれとばかりにスウォン先生は手を挙げると、それ以上のことは語らなかった。
実際問題、彼の口からはそれらしい嘘は吐いてなかったし、何よりこれ以上のことは本当に知らなそうな様子だったので、私はその先のことは聞かなかった。
薬、あるいは毒。
それがもし、ヘウォン様を生きる屍へと変貌させたのなら.....これは厄介なことになりそうな予感がする。
どうして、カヨン様はこのようなことに首を突っ込みたがるのだろう?
そんなことを思ったところで、あのお方が一度止まることはない。
その命令に逆らえない私もアレなのだけど、これはきっとカヨン様の侍女として定めだと言い聞かせるしかない。
「今頃、ヘウォン様を担当している医官は死に物狂いで何とかしようとしているらしいが、屍のような状態ならもう他の施しようがないな」
宮廷医官の世界では、仕えている妃の身分でその医官の立場が決まっている。
スヒョン先生の言い方だと、ヘウォン様を担当している医官が今まさに瀬戸際なのは間違いない。
あの人はカヨン様の医官という立ち位置だからこそ、権力争いとは無縁の他人事の話として扱える。
.....私には、到底できないことだけど。
これも人生の経験というやつなのだろうか?
いずれにしても、あんな風に達観したくはないものだ。
そんなくだらない戯言を頭の中で吐きながら、私はスウォン先生から得た情報を手土産に、侍女としてカヨン様の居る部屋へと戻って行ったのだった。




