大したことのない面倒事《カヨン視点》
「それじゃあ、聞かせてくれる?あなたが気になっている『大したこと』のない面倒事ってモノを」
クスリと微笑みながらジユに向けてそう言う私の顔には、きっとろくでもないような笑顔が映っているのかもしれない。
ただまぁ....普通の人間なら理性とやらに縛られて言わないことを、ろくでもないようなことを聞いているのだから、そんな表情を浮かべてしまうのも無理はないような気がする。
だって、私はあの悪女クミホの娘なのだから。
当のジユは冷静さを保とうと大きく息を吸い、自分自身が傍観者として見てきた事実と意見を述べる準備をした後、翠色の瞳で私の方をしっかりと見つめながらこう告げた。
「これはとある下級妃の侍女達の間の話なのですが.....国王陛下の下級妃の一人であるヘウォン様が狐に取り憑かれ、屍のようになったとのことです」
下級妃ヘウォン。
あぁ、思い出した。
一年前にソングン兄様に嫁いだ何人目かの下級妃で、名家であるチェ家の令嬢だったはず。
ジユの前任の侍女から聞いた話では、桜のように美しいと称されている女性だと聞いていたのだけど、人生の中で何がどうなるのかなんて本当に分からないものね。
それに....その下級妃が屍のような状態になったのなら、国王であるソングン兄様からの寵愛を再び得るのは絶望的なのは間違いない。
こういう下世話で奇々怪々な話が広まるのは、大体は人の裏側を知りたがる人間の本能と言うか何というか。
「狐憑き....ねぇ」
そんなことよりも、私が気になったのは狐憑きの方だ。
この類の話では、大抵呪いか何かが持ち上げられることが多い。
実際のところ、母が死んで今に至るまでその手の話題に尽きないと言う事実がそのことを証明しているのだ。
そして、今回もその手の怪しげな話題の種に使われたとすれば、母の傾国の悪女っぷりは中々のものである。
「ジユ、あなたはこの噂についてどう思ってる?」
侍女達の間で囁かれている噂があまりにも滑稽で、あまりにも馬鹿馬鹿しい話ではあるのは私でも分かる。
ただ、噂というのが真実を隠すための化粧のようなものならば、狐憑きというのはあながち間違いではないのかもしれない。
最も、その裏にどんな真実が隠されているのかは見てみないと分からないものだけど。
けれども、ジユはこの噂に関して侍女達とは違う見方をしている。
彼女は感情を読み取れるが故に現実的で、そういった系統のモノは信じない部類の人間。
要は、狐憑きと呼ばれる現象を全くもって信じていないのだ。
呪いという使い勝手の良い理由を信じず、自分の目で見たことしか信じない。
そこが彼女の人間臭いところなのである。
「....私が思うに、狐憑きは獣のように気が触れてしまうことを指す言葉です。ですが、侍女達の噂に出てくるヘウォン様はその真逆の屍の状態になっています」
そう語るジユの言葉から感じられたのは、狐憑きの噂に関するほんの少しだけの矛盾と些細な違和感。
それらを彼女は自らの意見と見解を交えながら、私に報告していった。
後宮の一室にて軟禁されている私にとって、侍女だからこそ後宮や王宮を出入りできる故に、小さな噂話を収集してくるジユは貴重な情報源と言っても過言じゃない。
彼女がもたらす噂話は、どれも面白いからこそ空想と妄想を張り巡らす甲斐があるというものなのだ。
「つまり....ヘウォン様は狐に取り憑かれたわけではなく、何かしらのことでそんな状態になっていると受け取ればいいの?」
「それは私個人の意見なので、信憑性は全くもってありません。ただ、あくまで私はそう思っただけです」
直感的な勘だからこそ、それを裏付ける信憑性は無い。
ただ、言葉に言い表せない何かがそこにあった。
それがジユからの報告の結論であり、ジユが感じた下級妃ヘウォンの狐憑きに関する感想であった。
私にとって、その噂に隠された何かは非常に興味深いモノであるのは言うまでもないが、狐憑きとは矛盾したようなヘウォンの状態もまた気になるところ。
この狐憑きの噂から示されているのは、狐憑きの名を冠した全く別の何かが後宮内で起こっていると言う事実で、それを狐憑きという形でその何かを隠そうとしていること、それから狐憑きを上手く利用する輩が居るかもしれないという可能性。
「そう?でも、あり得るかもしれないわよ?例えば....人為的な狐憑き、とか」
もしも、下級妃であるヘウォンの今の状態が何者かによって仕組まれたものならば、色々と合点がいくところはある。
後宮とは、王宮以上に愛と憎しみと嫉妬が渦巻く特殊な場所。
故に、下級であるが一応は妃であるヘウォンを恨む人間など数える程度には居るだろう。
でも、それだけで彼女を廃人のように追い込むとは限らない。
私は知りたいのだ。
その愛憎の裏に隠された感情とやらを。
根も葉もない噂話に隠された真実とやらを。
だから私は、今この時も後宮の一室にて物思いに耽っているのだろう。
「カヨン様....まさかとは思いますが、この噂話に首を突っ込むつもりなのですか?」
ジユ自身は自らの特性のこともあってか、あまり人間関係を構築してはいない傾向が強く、自ら進んでややこしいことに足を運ぶことを敬遠していることをしない。
....少なくとも、主人である私の命令以外は。
私はあの悪女の娘とは言え、一応はジユの主人だ。
面倒事を避けたい彼女の性格上、否とは答えられないのは確実。
何とも意地悪なことをしているなと思いながらも、私は彼女に向けてこう命じた。
「えぇ、そうよ。だから私はあなたにしか出来ない頼み事を今から命じるわ」




