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1-3


 暗闇の中、父親の愛のない冷ややかな瞳が、私を蔑むように見つめて言った。



『我がヴィレオン家に娘は1人だけだ』



 私の味方が誰もいなくなった瞬間である。

 ヴィレオン家の当主である父親のオルティス・ヴィレオンは、私に対して母親や妹のように声を荒げるでもなく、八つ当たりするでもなく、しかし庇うのでもない、ただ静観しているだけの人だった。

 だから私も、バカな希望を抱いてしまったのだ。もしかしたら、お父様だけは私を哀れに思ってくれているのかもしれない、と。


 真冬の凍えそうなぐらい冷え切った夜に、薄着のワンピースとタオルケット一枚だけを与えられ石造りの部屋に放り込まれた私が、暖房を求めて初めて父親に直談判をした。



『私には魔力はありません。ですが、私もフローラと同じで母の腹から生まれたヴィレオン家の人間です。どうかご慈悲をいただけませんか』



 床に膝をつき、ひたいを地面すれすれまでさげて懇願した結果が「娘は一人だけ」という返答。目の前が真っ暗になった。そもそもあの人の目に私は映っていなかったのだ。私は居ない者として扱われていた。お父様の中にアリアストラという人物は存在しないんだ。



『いつまでそこにいる。暇なら今から薪割りをしてこい』



 その一言に恐怖を覚えた私は、慌てて立ち上がって急いで頭を下げ、部屋を出ていこうとした。



『い、いいえ。申し訳ありません。休ませていただきま――』

『ちょうど暖炉にくべる薪が残り少なくなっていたんだ。夜明けまでに外に置いてあるのを全部割ってきなさい。できなかったら……わかっているだろうな』

『そんな! 無茶です、お父様』



 外にある丸太を全てだなんて、夜通しやっても終わらない量が横たえられているのに。夜明けまでだなんて到底無理だ。出来ない。魔力が無いことを分かり切って言っているのは明白だった。出来なければ母親からの折檻が待っている。その恐怖に身慄いする。

 こんなのあんまりだわ。私は生きようとしているだけなのに。生きているのに。 



『外へつまみ出せ』

『お父様! お許しください! もう、我儘など言わないから!』



 許して。許して。



「許して……っ!」

「――〝アリアストラ〟」



 理知的で落ち着きのある、透明感あふれる中高音域の美声。

 静かな呼びかけにもかかわらず一瞬にして夢の世界から引き戻される感覚がして、私は勢いよく目を開けた。

 自分の乱れた呼吸、瞬きした瞬間に布団にこぼれ落ちた雫。

 ぼやけた視界の中で認めた青白い雪色の髪。私の目をじっと見つめる深い湖面の色――。



「フェリノス……様……?」



 フェリノスが私の顔を覗き込むようにして寝転がっている。

――何事…………?

 なぜ、フェリノスが私の隣に? いつの間に? それよりもどういう状況?

 脳内処理が追いつかない。自分が涙を流しているのはきっと、思い出したくも無い過去を夢で見てしまったからというのは理解できる。呼吸が乱れているのだって同様の理由からだろう。

 だけど、まだ婚姻関係を結んでいない未来の夫が何食わぬ顔をして女の寝床に潜り込んでいるのは、何故なのか……?



(女……女といえども嫁ぐのだから問題ないのかしら? フローラはこういう時なんて言うんだろう、ああ、ちょっと待って、妹のふりをしないといけないのに、本当に、何も言葉が思い浮かばない)



――というか、この人、〝私〟の名前を呼ばなかった……?

 いや、気のせいかも。だってこの人の前でまだ本当の名前を言ってない。

 顔に出さないように静かにパニックに陥る私を尻目に、フェリノスは上体を起こして私を見下ろし、抑揚のない声で言った。




「婚姻を延期する」




 その一言に、頭の先から足の先まで一気に血の気が引いたような感覚がして、寝転んでいるのに倒れそうになった。

――婚姻を……延期する……?

 なんで、どうして。とは言えなかった。だって、つまり、それは、私がアリアストラ――魔力のない方だと気付いたと言っているようなものだから。

 本来は魔力量が釣り合った者同士が結ばれる結婚制度だ。

 最強クラスの魔力量であるフェリノスと釣り合うのは、本来であればフローラの方だった。


(通報されるんだわ……だから〝延期〟にするのね。一方的な中止は、フェリノス側が王命に背くことになるから)


 まさか面と向かってフェリノスに「なんとかしてくれ」と懇願するわけにはいかない。望んで来たわけではないとはいえ、ヴィレオン家の人間であることには変わりはない。騙した側の人間の願いを、騙された側が受け入れるなど夢のまた夢。それに、昨日、決意したではないか。彼の意向には逆らわず、言うことを聞こう、と。


 これから起こることを想像して、ぎゅっとシーツを握りこんだ。了承の返事をしようと口を開いたところで、フェリノスの整った顔が視界一杯に映る。


 思わず逃げようとのけぞった私の頬に、ひやりとした大きな手があてがわれた。





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