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3-3



(今の私を見て、フェリノスはなんて言うかな)


 似合うと言ってくれるのは予想できる。可愛いって言ってくれるかな。それとも、綺麗って言うかな?

 もう一度鏡を見やると、うぬぼれている自分の姿が映った。


(今日はもう、しょうがないよね。だって、今日は思う存分自分を着飾って、フェリノスに愛でてもらう日だから)


 フェリノスの迎えを、今か今かと待ち侘びる。

 待っていろと言われて、待てなかった。待っていてと頼まれて、結局、待つどころじゃなくなった。

 だから、今日は何があってもずっと待ち続けると決めていたのだ。

 浮足立つ心を落ち着かせていると、扉がノックされる音が聞こえて私は勢いよくそっちを振り返った。

 ハルが「失礼します」と声をかけてから、がちゃりと自室の扉が開かれる。

 扉の向こうに、純白のタキシードに身を包んだフェリノスが見えた。



「お待たせ。待っていてくれてありがとう」

「フェリノス!」



 駆け寄りたいのをぐっと我慢する。足元を隠すデザインのドレスを踏みつけて転ぶような、間抜けなところは見せたくないから。

 代わりにフェリノスが早歩きで私に近づいて、真正面から私の腰に腕を回して引き寄せた。 



「やっぱり、君に似合うと思ってた」



 フェリノスが、()()のクリスタルクォーツを施した首飾りを撫でた。ここへ来たときに身に着けていたものとは、比べ物にならないほど価値の高い代物だ。家が用意した派手なデザインとは違って、シンプルでありながら存在感を出している、私にとって特別な、彼からの贈り物だ。



「今日の日のために、大事にとって置いて正解だった」

「取って置いてたの? いつから?」

「君を妻にすると決めてから」



 大真面目な顔をして言うが、それはつまり、子供のころからということだろうか……?

 なんとなく聞き返せなくてちらりとハルを見やった。フェリノスが当主を継いでから側近になったという彼なら、真意を知っているかもしれない。

 彼はうんうんと首を縦に振っていた。たぶん、私の予想は合っている。

 フェリノスの指が耳飾りにも触れた。首飾りと同じデザインのもので、小ぶりなクリスタルクォーツを指の腹で撫でる。



「皆に見せるのがもったいないぐらいに美しい」

「……耳飾りが?」

「アリアストラが!」



 食い気味に訂正される。

 リナリアがぶふっと噴出したのが聞こえた。心なしか顔を赤らめたフェリノスが咳払いをひとつすると、私に腕を差し出す。その腕に手をかけて、彼の右側に並んだ。



「準備はいいか?」

「ええ。いつでも」



 リナリアとハルも範囲に入れた魔法陣が展開される。一瞬のうちに、エルヴノール城の敷地内にある大広間の扉が目の前に現れた。

 執事が躊躇なく大広間の扉を開けた途端、花吹雪が空中を舞う。その中に雪の結晶が混じっていて、思わず見上げて見入ってしまった。



「フェリノスの魔法なの?」

「ああ」

「本当に綺麗……」



 手のひらに結晶を乗せて、優しく握りしめる。



「私、あなたの魔法が大好きだわ」

「……そんな……可愛いことを………………今、言わないでくれ」

「え、なんで?」



 私に背を向けるように上体を曲げて、ぷるぷると震えている。ちらりと見えた首筋と耳が、可哀想なくらいに真っ赤に染まっている。


(照れてる……?)


 珍しい反応に、顔を覗き込もうとした私を制して、彼は咳ばらいをしながら背筋を伸ばした。



「自分の魔法をアリアに褒められると、愛おしさでどうにかなってしまいそうになるんだ」



 身体の周りに冷気を纏わせて、平常心を保とうとしているフェリノスが、なんだか可愛く見えてきた。

 そしてふと自分の左手の薬指に浮かぶ雪を見やる。



「もしかして、具現化魔法を綺麗だと言ったから、同じデザインの指輪をくれたの?」

「………………」



 黙ったまま、小さく首を縦に動かした。

 これを可愛いと言わずしてなんといえば良いのだろう。

 


「好き……」



 思わずついて出た言葉に、どこか熱のこもった目でじとっと見下ろされる。



「夜は覚悟しておくように」



 言葉の意味を理解して、今度は私の顔が真っ赤になった。

 気を取り直して、じゅうたんの上にふたりで足を踏み出す。

 両脇に設置されたベンチには、5大公家の関係者と、王国から派遣された使節たちが参列している。



「おめでとう」

「可愛いよアリアストラ」

「緊張しすぎて仏頂面が強面顔になってるぞ、フェリノス」

「緊張してない」



 私達が歩を進めるごとに祝いの言葉が飛び交う。

 フランヴェルの言葉にだけはきっちり言い返したフェリノスの周りに、笑いが起きた。

 確かに、フェリノスの表情はいつもよりかたい。でも、それはきっと私も同じだろうと思う。緊張しっぱなしで、さっきから手が冷えてしょうがない。

 口から心臓が出てきそうな勢いで高鳴っている。ドレスで見えていないが、足はがくがく震えている状態だ。

 穏やかな笑みを浮かべた司祭の前で、フェリノスが自然と足を止めた。私も彼に習って歩みを止める。

 司祭が祭壇に置かれた婚姻証明書に手をかざして、開式の宣誓を行う。



「今日ここに、神と人々の前で婚姻の儀を執り行います。新郎、フェリノス・ノア・エルヴノール。新婦、アリアストラ・ヴィレオン。生涯をかけてお互いを愛し、敬い、支え合いながら共に歩むと誓いますか?」

「はい、誓います」



 フェリノスが間髪入れずに、力強い返事を司祭へ送る。

 婚姻証明書の夫の蘭に、エルヴノールの家紋が浮かび上がった。

 司祭の優しい瞳が、私の目を見つめて言葉を促す。

 フェリノスの右腕をぎゅっと握り締めて、私も彼に倣った。



「――はい。誓います」

「神の御名において、あなた方が夫婦になったことを、ここに宣言します」



 ヴィレオン家の家紋が浮かび上がって、証明書に刻印される。焼き付いたそれを指でなぞった。家を守りたくて、王命違反を覚悟した。その家紋を譲り受けられたことが嬉しい。

 私たちはそれぞれの家紋の上でサインをして、司祭に手渡した。

 身代わりのはずだった婚姻の儀は、皆から祝福される形で、幸せな終わりを告げた。




――――


 挙式が終わって、リナリアに着せてもらった薄手のシュミーズを身に纏った私は、ベッドに腰掛けて小さく丸まっていた。



「私、閨の教育を受けていないわ……」



 もちろん知識として、夫婦の義務は頭の中に入って入る。が、それだけだ。

 フェリノスのことだから無理を強いることはしないだろうし、それまでのスキンシップである程度の予想はできている。 

 かいつまんで知った知識と、きちんとした教育を受けて得た知識では差が大きすぎる気がする。

 どうしようどうしようと唸っていると、ノックもなしにがちゃりと扉が開け放たれて、軽装のフェリノスが現れた。



「待たせてしまったか?」

「う、ううん」

「そうか、良かった」



 躊躇なく唇にキスを落としてくるフェリノスに瞠目しながら、大人しく彼の誘導に身を委ねる。背中で編み上げられている紐の端をするっと引っ張って、服を寛げた。

 そのまま優しくベッドに寝かされる。



「…………手馴れてるのね?」

「勘違いしないでくれよ。こう見えても、俺は今、必死なんだ」



 促されて、右手をフェリノスの胸元に当てられた。胸を内側から殴りつけるような鼓動の振動に、思わず「わぁ……」と声が漏れた。

 表情が動かないから、傍目ではわからない。頬が紅潮しているのはお互い様だろう。

 もはや閨の教育なんか気にしている場合ではない。



「ずっと好きだった子を抱けるんだぞ。男冥利に尽きるだろう。人生でこれ以上のご褒美があるか?」

「あはは、なにそれ」



 真剣な面持ちで面白いことを言うのがツボ過ぎて、笑いが止まらない。

 そういうところも、好きだと感じる。

 右手でシャツを握り締めて、そっと引き寄せた。近づいてくる身体を両腕で抱き締める。



「私を見てくれて、助けてくれてありがとう、フェリノス」

「当然のことをしただけだ」



 肩口に顔を埋めていたフェリノスが起き上がって、微笑みを向けてくれた。



「これからは、どんな辛いことがあっても俺に教えて、頼ってくれ。二人でなんでも乗り越えていこう」

「うん!」



 フェリノスの両頬を手で包んで、彼の息を飲み込んだ。

 熱い手が私の腰を抱いて、体温を分け合う。

 彼から与えられる幸せが孤独をほどいて、胸の奥が温もりで満たされていった。



「愛してるよ、アリアストラ」

「私も。――愛してる」



 ――生きるために剣を握った。

 これからは、この人の隣で、生きていく。

 



Fin.



―――――――――――――――

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

アリアストラの心が救われて感無量です。

フェリノスの大きな愛が、アリアを包み込んでくれたおかげですね。

素敵な物語をありがとうね。(by作者)


二人の幸せが末永く続きますように。


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