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4-4


「婚姻相手の選出はやり直すこととし、別途連絡を――」

「陛下!」



 ガタン! と椅子を蹴倒して立ち上がったのは、フェリノスだった。



「発言の! 許可を!」

「あ、ああ、なんだ、申してみよ」


 フェリノスの圧に押し負けた国王が、のけぞりながら何度も頷いて発言を促す。


「婚姻相手の選出は必要ありません。政務官殿」



 必死の形相でフェリノスが政務官を勢いよく振り返る。彼はビクッと肩を揺らして、国王の隣に立つと「申し上げます」と声高に宣誓した。



「アリアストラ殿の魔物討伐の様子を見ておりましたが、具現化魔法を扱えるほどの力量を持っており、フローラ殿の暴走を止めた実力を踏まえても、フェリノス殿の婚姻相手はアリアストラ殿が最適かと考えます」

「具現化魔法を? 今ここで見せられるか?」

「は、はい」



 国王が目を丸くして、興味津々な眼差しを向けてきた。

 言われた通り、右手にロングソードを構築して、テーブルの上に乗せる。



「……金属製のもの以外はまだ拙いですが……良ければ強度を確かめてみてください」

「うむ。見事だ。……フェリノスは具現化魔法は扱えるのか?」

「できます」



 そう言って、彼は手のひらの中で水しぶきをぐるっと舞わせると、その水を手のひらで伸ばすように横に引いた。フェリノスが引いた手の下から、細身の刀身が現れる。

 鈍色に光る中に氷の結晶がちらちらと見え隠れしていて、目を奪われた。



「綺麗……」



 溜息がでるぐらいに、美しい。

 ロングソードの隣に並べると、私の魔法がいかに荒く無骨であるかが丸わかりでとても恥ずかしい。

 それぐらいに、フェリノスの具現化魔法は洗礼されていた。



「斬れ味も抜群ですから、どうぞ試してみてください」



 そう進言したフェリノスだったが、国王はうんうんと頷くだけで剣には触れず「もうよい」と短く告げて席を立った。



「陛下」



 慌てたフェリノスが呼び止める。

 国王は足を止めることなく、まっすぐ扉の方へ歩みを進めた。



「後で正式な文書を送付させる。……婚姻を延期しているらしいな。〝2人〟でよく話し合って、急ぎで式を挙げよ。そこにいる者たちも参加してやれ」

「!」 

「ありがとうございます!」



 パタンと扉が閉まって、しばらく沈黙が訪れた。



(王命が白紙になった……)



 これは夢なんじゃないかと思うぐらいに、嬉しい気持ちが全身を覆いつくしている。

 今すぐ飛び跳ねて喜びたいところだが、みっともないのはわかっているのでじっと耐えた。

 代わりに、国王を扉まで見送ったフェリノスが、走ってくる勢いで抱きついて来て、私の身体を持ち上げてぐるぐるとその場で私を振り回した。



「っフェリノス……っ!」



 回転する景色に、目が回る。しばらくして地面に足が付いた感触はしたが、どうにも立っていられなくてフェリノスにしがみついた。

 彼は相変わらずものすごい力で抱き締めてきて、息が苦しい。

 その苦しさでさえ、幸せだった。



「おーい。俺らもいるんだぞ」

「ああ、悪い、フランヴェル。しばらくお前のことは視界に入らないと思う」

「嬉しそうに喧嘩売ってんじゃねえよ! ったく。行こうぜ親父」

「そ、そうだな……フェリノスってあんな性格だっけ……?」

「恋は盲目ってやつだよ。な、リュシェル」

「そうだね、フランヴェル。お父さん、私たちも帰りましょ」

「若いもんは初々しくてたまらないねえ」

「僕にも招待状送ってねー」



 各々が言葉を残しながら、一行はぞくぞくと去っていった。

 ぽつんと立っている父をひとり置いて。

 じいっと、小さくなった父の背中を見つめる。

 父のことで思い出せることは『ヴィレオン家に娘は一人だけ』と言い放たれた時の記憶しかない。私の周りには味方が誰一人として存在しなかった。

 今の父にも、味方はいない。

 ひとりぼっちだった自分と重ねてしまって、胸がきゅうと寂しくなった。


「お父様」

「……なんだ」

「死んではだめですよ。一人だけ楽にならないでください」



 どんなにつらくても、惨めでも、滑稽でも、それでも私は、生きてきたのだから。



「…………」



 父は返事こそしなかったものの、しばらくして視線を上げた顔は、どこか決意を固めたような表情をしているように見えた。

 こちらを一瞥すると、彼は何も言わずに部屋を出て行った。静かに締まった扉を眺めて、詰めていた息を吐く。



「……お父様のことだから、全部の罪を私になすりつけるぐらいするかと思ったのに」

「あの状況で言い訳などすれば、フローラと共謀して謀反を起こしたと捉えかねないからな。禁忌物も、アリアのものだと嘘をついたとしても、魔力の軌跡を辿ればオルティス大公が所持していたことなどすぐにわかってしまうことだから。罪を認めた方がましだと思ったのかもしれない」

「そうね。……あれでよかったのよね」

「ペナルティーとしてはこれ以上ないぐらい完璧だと思うぞ。アリアストラが受けてきた仕打ちを考えると、補給があること自体が生ぬるい気もするが……国の鎮守が優先だからな。目を瞑ろう」

「うん」



 フェリノスの胸元に頭をもたれさせる。

 王命違反を承知でエルヴノール領へ向かったときのことを思い出す。

 あの時の私は何も持っていない、ヴィレオン家の駒でしかなかった。フェリノスに王命違反だと通報されて、死罪を迎えるのだと思っていたのに、彼はなぜか結婚するなら私が良かったのだと言った。

 私が選択を誤っていれば、確実に起こりえなかった現実が今だ。

 魔力を得て、自分の意思を貫く強さを得て、愛される喜びを得た。

 代わりに家族を失ったも同然だけれど、ヴィレオン家の呪縛から解放されたのも、まぎれもない事実である。

 全部フェリノスがいてくれたから、得られたものばかりだ。

 


「アリア」

「フェリノス……?」



 突然私から離れたかと思ったら、フェリノスは床に片膝をついた。

 何が始まるのだと首をかしげながら、フェリノスの動向を見守る。

 彼は私の左手をそっと握ると、左薬指の付け根を親指と人差し指で優しく挟んだ。

 一瞬だけひやりとした感触がして、少しだけ身を引く。

 指が退くと同時に現れたのは、先ほどの刀身と同じデザインーー鈍色の表面に、雪の結晶がちらついているきれいな指輪だった。

 これが何かと問う前に、フェリノスが大きく息を吸ったのが聞こえて、ぐっと言葉を飲み込む。





 「アリアストラ・ヴィレオン。――俺と結婚して、俺に愛されてくれませんか」

 




 きらきらと揺れるコバルトブルーの瞳が、私の驚いた顔を映し出している。

 突然、求婚された時とは違う。政略的に結婚しようとした時とは違う。

 あの時よりもずっと本気のプロポーズに、一気に顔に熱が集まった。

 同時に、感じたことないぐらいの愛おしさが爆発して、跪くフェリノスの首に思いっきり抱きついた。




「もちろん、あなたと結婚します!」

 





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