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3-4【アリアストラ視点】



 宿営地の部屋に入ると、上座の位置に国王が鎮座していた。

 胸に手を当て、腰を曲げて頭を下げる。



「陛下、このような場所に足をお運びいただき、誠に恐れ多く存じます」

「フローラ・ヴィレオンの代理として出席させていただきます、アリアストラ・ヴィレオンです」

「……君が〝姉〟の方か。ひとまず座ってくれ」

「失礼します」



 フェリノスと並んで、縦長に配置されたテーブルの一角に腰を下ろす。テーブルをはさんで真正面にはイグドラン家、その隣にシルヴァ家が座っている。私の隣の椅子に、父が腰掛けた。


(テラヴィのところはまだなのかしら……?)


 そう思って視線をさ迷わせていると、開かれた扉から件の人間が、黒い箱を持って現れた。



「陛下。発言の許可をいただきたく存じます」

「構わない。〝それ〟の説明をしてくれ」

「それでは……。皆さま、こちらの物体をご覧ください」



 テラヴィが恭しく頭を下げ、黒い箱のふたを開けた。

 クッションの上に鎮座しているのは、光沢のない真っ黒な〝石〟だった。



「なぜこれがここにあるのだ!?」



 イグドランの当主が混乱と戸惑いの叫びをあげ、テラヴィを見やる。

 石から異様な気配を察知して、私は思わずのけぞった。



「……魔石、だな」



 オルティス大公の言葉に、テラヴィが頷いた。



「正解です。シルヴァ家がフローラの身体の中から取り出したものになります」

「まさか、魔石がまだ出回っているだなんて……」



 フェリノスが呆然と呟いた。


(〝まだ〟……? まだってことは、もう今は流通していないものなの?)


 魔石の存在を知らずに過ごしてきたがゆえに、その効果も威力も何もわからない。

 ただ、暴走したフローラから感じた気配と同じものを、石の中から感じる。



「魔石は、捕食した人間の魔力を染みこませた石で、魔物の体内から抽出されるものです。大昔には魔力の底上げ道具として活躍していたみたいでしたが……調べた情報によると、持ち主の魔力が依り代となってしまって、魔物が出現する確率が高くなった――とのことでした。今回のフローラの暴走はこの魔石を飲み込んだことによるもので、僕たちが手こずったのも彼女の魔力量が強かったからと推測します」

「魔力が依り代、って、要するに自分の魔力を利用して魔物を召喚するってことよね?」

「まぁ、平たく言うとそういうことだね、リュシェル」

「――……」



 言葉が出ない。

 フローラがどこからその石を手に入れたかはわからない。けれども確実に言えることは、私を殺すために用意したものであるということだ。そうでないとあのような残虐非道な魔物が出現する筈がない。

 あの魔物が鎌を振るって繰り出した斬撃が、私しか狙っていないことには気づいていた。



 「この件に関して、オルティス大公から申すことは何かあるか」



 国王の威厳のある声が、父を名指しして真実を話すように求める。

 父はすっと立ち上がって、まっすぐに国王を見つめた。



「すべて私の責任です。その魔石は私が所持していたものです」



 きっぱりと言い切った彼に、皆の視線が一斉に父の方に集まる。

 リュシェルの父が困惑した表情を浮かべた。



「どういうことだ? 魔石は禁忌物として、すべて回収され処分されたはずだぞ」

「隠し持っていただけのことだ。まさか使われるとは思っていなかったが……すべては、私の行いが招いた結果だ」



 それから父は、まるで懺悔をするかのように、私に対する処遇のすべてを告白した。

 心底不快そうな顔で話を聞いていた国王が、すっと右手を上げて父の口を閉じさせる。



「我が子を死に追いやろうとする極悪非道な親が、王国の鎮守を担うなど笑止千万! 本日をもって、ヴィレオン家を家取り潰しにする。フローラ・ヴィレオンは王命に背いただけでなく、鎮守の役割を搔き乱し、国の守りに危険を及ぼした謀反の罪で、魔力を取り上げる」

「……」 



 国王の怒りがぴりぴりと肌を刺激する。

 父は否定も肯定もできず、ただ拳を握り締めて白い顔をしているだけだ。

 家名を取り上げられたことで5大公家という立場を失ったのに、私にはなんの感情も湧かなかった。家を守ろうとして、家に裏切られたのだ。当然といえば当然かもしれない。

 だけど、国王の決断に本意でないことは確かだ。

 フローラの言葉が蘇る。



『拒否権があろうがなかろうが、私のいうことを聞くと選択したのはお姉さまじゃない!』



 今なら「その通りだ」と、返事ができる。

 結局、私は王命違反を自分の選択で受け入れたのだ。誰がどう思って、何を企んで、どうしたかったなんてことは、ただの理由づけに過ぎない。

 私だって、分かり切ったうえで従った。

 だからといって父とフローラを庇うわけでもないが、私も、悲劇の中にいてはいつまで経っても家の呪縛から抜け出せない。

 そして今は、家名を取り上げられるわけにはいかないのだ。これがなくなってしまえば、仮に王命が白紙になったとしても、フェリノスとの婚姻が難しくなってしまう。


(それに、取り潰しただけじゃ罰にはならないわ)


 ヴィレオン家は5大公家の中でも、とくに力の強い一族だから。



「陛下。発言の許可をください」

「話せ」



 椅子から立ち上がり、初めて会う国王の目をまっすぐに見つめる。



「失礼ながら、ヴィレオン家の後釜になりそうな魔法使いは存在しておりますでしょうか。ヴィレオン家の人間は能力自体は非常に優れており、右に出るものはいないと考えます。フローラは次期当主としての役割を果たせなくなりますから、後継者不在のまま、騎士団は解散させ、父の命が続く限り一生をかけて国の鎮守に勤めさせてはいかがでしょう」

「一生をかけて、か」

「一日も欠かさず、命尽きるその一瞬まで」

「アリアストラ……」



 光を失った父の目が、絶望を表している。

 言葉では簡単に言っている自覚はある。けれど現実はもっと過酷であるはずだ。後継はいない。騎士団も存在しない。そんな中で、一生をかけて魔物討伐と向き合って生きねばならない。家が潰れるその時まで。誰の助けも借りず、ただひたすら自身の魔力を以てして王国の鎮守を担う。


 この条件なら、正直家名を取り上げられた方が幾分かマシだろう。今までは国の恩恵を受けて衣食住の心配もなく、戦力の補給もすべて面倒を見てもらっていたのが、仕事から寝床からなにもかも、すべて自分たちで用意しなければならなくなる。おまけに魔力の高さが原因で、王国に住むことは許されないだろうから、そうなった場合、辺境への移住を余儀なくされるのは目に見えている。


 けれど、住めば都という言葉があるように、魔法があれば暮らしていけはするのだ。居住地に結界を張ってしまえば、魔物に襲われる心配もない。それができてしまうほどの魔力を持っているのが、ヴィレオン家の人間なのだ。



「――家名を取り上げるのも一つの罰でしょう。ですが、城を離れて新しい環境に身を投げても、それほど苦労せずに生きていくことが可能な人たちです。罰としてはあまりにもお優しいのではないでしょうか」



 自分も随分と性格が悪くなったものだ。フローラのことを悪く言えないかもしれない。

 でも、生まれ落ちてから18年間、人間として扱ってもらえなかったわだかまりを解消させたい自分がいる。フェリノスの言うペナルティーについては、正直考えなかったことはない。

 大魔法使いの家の長子に生まれながら魔力がゼロのままであれば、虐げられてきたすべてを[致し方ないことだ]と納得することもできただろう。

 だけど、結論として、私は最初から魔力を持っていた。


(理不尽を許すには、しばらく時間がかかりそうだから。これがペナルティーになるなら、いちばん納得できる方法だわ)


 あと何十年もすれば、ヴィレオン家の後継になりそうな家が出て来るだろう。なにも最初からヴィレオン家が特別というわけではないのだから。

 国王はあごひげを撫でながらしばらく考え込んでいたが、ひとつ小さく頷くと「そうしよう」と呟いた。



「ヴィレオン家の処罰について訂正する。オルティス・ヴィレオン大公。君の爵位と領地はそのままに、騎士団を解体させ、使用人の役9割を王国へ戻し、その者たちの就職をあっせんする。補給品に関しては最低限にとどめる様に。命が尽きるその一瞬まで国の鎮守に勤めよ」

「――……御意」 

「フローラは王国へ連れ戻し次第、魔力排出の刑を行う。これにより――フェリノス・ノア・エルヴノールとフローラ・ヴィレオンの婚姻は白紙に戻す」



 〝白紙に戻す〟――求めていた言葉をこの耳で聞くことができて、心が浮足立つ。

 しかし現実はどうやら甘くないようだ。





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