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2-4


「……それぐらいに、好きなんだよ」



 幼い頃の淡い想いが蘇ってくる。

――極寒の冬の夜のこと。丸く輝く月の光に反射する、白銀の髪が円舞したことを。

 アリアストラだけが俺を見てくれた。俺の心に気づいてくれた。ただそれだけで、目の前が明るくなったのだ。

 だから、王命違反に加担してでも、君を守りたかった。



「たとえ恋愛がらみで5大公家を巻き込んだとしても、正式な妻にするためには必要な手段で、最適な方法だと思ったんだ」

「フランヴェルが気になってるのは、アリアちゃ……ごほん。アリアストラがいることで魔物討伐の意味をなさないのではないかってことだと思うんだけど、僕もそれは問題ないと思う」

「なぜだ? アリアストラの魔力が稀少だから、魔物が逃げていくんじゃなかったのか?」

「それも一理あると思うよ、フランヴェル。でも少し考え直してみたんだ」



 テラヴィが真剣な目で、回復魔法を受けているアリアストラを見下ろす。



「フローラの気配で、魔物が逃げていってただけなんじゃないだろうか、って」



 弱い魔物は、力の強い魔物の気配を感じ取ると逃げていく性質を持っている。

 ようはそれと同じ事なのだとテラヴィは言った。



「最初は、アリアストラの魔力の濃度が濃いからだと思ってたんだけど……たぶんそれも要因の一つなんだろうけれど、そんなことぐらいで、稀少な魔物が寄ってくるかな? って、思い直したんだ。強いものに対抗できるだけの魔物が、たまたま稀少な個体だけだったんじゃないかって。なんにしても、フローラの身体に何が起きていたのかを知る必要がある」



 皆の視線が、いまだに倒れたままでいるフローラに向けられる。あちらはリュシェルの父――『木』の現当主が回復魔法をかけているが、何か手こずっているようで目線でリュシェルを呼んでいた。

 無視できなかったのだろうリュシェルが、アリアストラの胸元にあった手を退けてゆっくりと立ち上がる。



「その傷は完全には消えないけど、今日のはほぼわかりにくくなったと思う」

「ありがとう、リュシェル」



 礼を言って、アリアストラの身体を抱き起こした。魔力が滞りなく循環しているのを感じて、ぎゅっと抱き寄せる。

 肌の表面が隆起するほどだった傷が幾分か平らになって、わかりにくくなっていた。

 少なくとも痛みを感じることはないだろう。今はそれが救いだ。

 片手でシャツのボタンを締めて、傷を隠す。



「……傷があっても愛してやれるだろ?」

「もちろんだとも」



 被せ気味に大きく頷いた俺に、満足げな笑みで応えてリュシェルはフローラのそばに跪いた。



「ん……」

「アリア?」



 アリアストラの身体がもぞりと動いたのがわかって、慌てて腕の力を緩めた。俺の胸に寄りかかっていた頭が僅かにあがる。



「フェリノス……?」

「うん。気が付いた? 気分はどうだ?」

「問題ないよ。とってもすっきりしてる」



 そう言いながらも、まだ身体が思うようにうごかないらしく、起き上がる気配はない。

 それどころか額を首筋に摺り寄せてきて、心臓がどきりと跳ねた。



「……あー……。俺、親父んとこ行かなきゃ」

「僕も」



 気を遣ってくれたのか、フランヴェルとテラヴィがさっと背中を向けて去っていった。

 すり寄ってきてくれた身体を抱き寄せて、アリアストラの肩口に顔を埋める。



「目を覚ましてくれて良かった、アリア」

「私がそんな簡単に死ぬわけないでしょ?」 

「〝殺されたくない〟から、だろ? わかっているが……随分と肝が冷えたんだぞ」

「ごめんなさい」



 素直に謝られて、背中に腕が回される。

 顔を上げて、間近で黄金の瞳を覗き込んだ。



「次からはせめて、手出しはさせてくれ。命に危険が及んでいるとなった時は特に」



 俺の懇願をよそに、アリアストラは困ったように苦笑を浮かべた。



「わかった。……でも今回は、あなたに助けられたら意味が無いと思ったの。フローラに言い返すことができるんだと、証明したかった」

「誰に?」

「〝私〟に」



 そこまで言って、アリアストラがようやく身体を起こした。

 立ち上がる手伝いをしながら、次の言葉を待つ。



「自分の意思で何事も決めて生きていけるんだと、自分に言い聞かせたかったから……だから、手出しはしてほしくなかったの。ごめんね。私の要望を叶えてくれてありがとう」



 眩いばかりの笑みを向けられて、俺は思わず目を細めた。

 真冬の夜の月に反射した白銀の輝きを思い出す。記憶の中と同様、アリアストラはとても美しかった。


(眩しい……)


 そして、強い人だ。

 不遇な人生でも決して挫けることなく、自分の責任として、自分で片を付ける。

 誰かに責任を押し付けるでもなく、現状に悲観的にならずに、前を向いて歩いている。

 自分が欲しいと思っていた強さを、アリアストラは持っている。

 かっこよくて、ちょっとずるい。



「……惚れ直したよ」

「っ!?」



 小さな顎を人差し指ですくって、口づけた。

 びくりと肩を揺らして固まるアリアストラの身体を、力いっぱい抱き締める。



「あの時掴めなかった君を捕まえたんだ。もう二度と離さない」

「――うん」



 アリアストラが、俺と同じだけの力で抱き締め返してくれる。

 もう二度と、アリアストラを不幸になどさせるものか。




***

 



 アリアストラと宿営地に戻って、ハルたちと撤収準備をしていると、オルティス大公がこちらに向かってくるのが見えた。

 動きを止め、アリアストラを背中に隠して警戒しながら様子を窺う。



「……フェリノス。フローラのことで、臨時議会を行うことになった。国王が到着している。急ぎ政務官の宿営地まで来い」

「……わかりました」



 オルティス大公は用件だけ言うと、さっさと踵を返して背中を向ける。心なしか顔色が悪いように見えた。無理もない。

 娘があんな状態になってしまって、気が気でないのだろう。

 全ては自分が蒔いた種だというのに。



「――お父様」



 背後から聞こえてきた凛とした声が、オルティス大公の足を止めた。



「私も、臨時議会に参加させてください」

「……お前はまだエルヴノールに嫁いだわけじゃない。無関係な人間を議会に参加させるわけにはいかない」

「だとしても、私はヴィレオン家の人間です。フローラの代理として出席する権利はあります」



 揺るぎのない瞳が、まっすぐに〝父〟の背中を追い詰めていく。



「オルティス大公。今回の件はアリアストラも当事者です。フローラの話であるなら、アリアストラも参加する権利はあります」

「…………勝手にしろ」



 ぶっきらぼうに答えて、足早に去っていくオルティス大公を見送った。

 背後に立つアリアストラを振り返る。

 どこか覚悟を決めた目が、俺の目をじっと見つめていた。



「行きましょう」

「……ああ」



 持っていたテントの部品をハルに手渡して、俺たちは早急に政務官の拠点へ向かった。





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