3-5
鋭い眼光が私を貫く。
嫌な汗が背中を伝って気持ち悪い。
(今、フローラはなんて言ったの……?)
あまりにも唐突な物言いに、理解が追いつかない。
皆もフローラの発言には度肝を抜かれたようで、その場にしばらく沈黙が降りた。
フローラがいやらしい笑みを浮かべる。
見覚えのあるその顔に、空気を飲み込んだ。
私を痛めつける前にする特有の表情だ。胸に刻まれた葉脈状の傷が疼いて、無意識に手で押さえる。
ーー排除したいと思われるほどのことを、今まで私が何かしただろうか?
必死で記憶を探ってみるけれど、心当たりが一つもない。
誰も何も返事をしないことに痺れを切らしたのか、フローラは私に近づきながら言葉を繋げた。
「王命違反をしてまで私の婚約者を取る人ですもの。王国にとって必要な存在かしら? 私達、魔物討伐会前の議会で王から〝5大公家の乱れを直せ〟と王命をいただいたところよね? どう考えてもお姉さまが原因じゃない」
「何を言い出すんだ、フローラ! 元を正せば君のわがままが原因だろう!」
フェリノスが私を背中に隠して、フローラと対峙した。
図星を突かれたフローラが般若の顔でフェリノスに詰め寄る。
「フェリノスだって! こんな厄介者を抱えて生きるなんて、不利でしかないのはわかっていることでしょう!? ……実際、こんな状況じゃ王命は白紙に戻らないでしょうね」
「なんだ? 白紙に戻してもらうつもりでアリアストラを連れてきたのか?」
フランヴェルが眉を顰めてフェリノスに視線を移した。
その場の皆がざわつき始めた声が遠ざかっていく。
身体を揺らすぐらいに大きく鼓動する心臓の音しか聞こえなくなっていった。必死に胸を押さえて、状況を整理する。
(王は気付いているんだ。私のせいで、5大公家のバランスが崩れているってことを。2つの家がごたついて、それが魔物討伐にも影響を及ぼしているのを、王は察してるんだ)
「お姉さまはどうせ死罪になるのよ! 今、殺されても同じことじゃない!」
フローラの絶叫が森中に響き渡った。
「ーーふむ。フローラの言うことも一理あるな。危険因子を排除するという点に於いては賛同する。このままアリアストラが居座れば、俺たちの当主としての役目が破綻するのは目に見えている。逆を言えば、アリアストラひとりだけが大人しく引き下がってくれれば、王命は果たせるし、均衡を保てるわけだ」
「そうよね、フランヴェル。あなたならわかってくれると思っていたわ!」
「おっと。俺には嫁がいるんでね。あんまり近付かないでもらえると助かる」
「何よ。ただの友人としてのハグじゃない」
フランヴェルに抱きつこうとしたフローラが、腕一本で引きはがされている。
「お前、それ本気で言ってるのか? そんなことをすれば、アリアは死罪になるんだぞ」
フェリノスが怒りのあまり、氷点下まで落ちた冷気をまき散らす。フランヴェルに向けられたそれを、彼は自身の熱気で跳ね返した。
「知ったことではないね。お前らの恋愛ごっこに俺らを巻き込むんじゃねえよ」
「なんだと……?」
こめかみに青筋を立てたフェリノスが今にもフランヴェルを攻撃しそうで、慌ててフェリノスの手を握った。
「だめよ。それは私が望まない」
「アリア……」
悔しそうに歪む表情に、この人はどこまでも私の味方でいてくれようとしているのだとわかって、涙腺が緩みそうになった。
だが、ここで内部分裂するわけにはいかない。
フローラとフランヴェルの言うことはごもっともだ。今は魔物が逃げている状況だけれど、ヴィレオン家に突然現れた漆黒の魔物や、鎧の翼竜のような、倒すのが困難な強敵が現れる可能性は捨てきれない。
恋愛に皆を巻き込んでいるのも事実だ。何をどう言われたとしても、言い返せるだけの理由は持っていない。
だけど、だからといって、フローラの意見を受け入れるわけにはいかない。
白銀の後ろで一瞬だけ反射した鋭い眼光に、私は剣を構えた。武器を構えられてぎょっとしたフローラがたじろぐ。
「私は、殺されたくないからここに来たのよ、フローラ。……殺されないために、剣を握ったの」
「へえ、そう。で? 生きられそうかしら?」
「ええ。私の生死は、私が決める」
左手に剣をもう一本構築する。二本とも勢いをつけてフローラめがけて投げた。突然のことで身体を硬直させたフローラの頭を、フランヴェルが掴んで下げさせる。
手ごたえを感じたと同時に、茂みの奥でギャオン!と魔物の断末魔が聞こえてきて、驚きで身体がびくりと揺れた。自分で始末しておいてなんだが、声を発する魔物は初めて出会ったがゆえに、あんな悲鳴を聞くとは思っていなかったのだ。
「魔物って声帯あったんだねぇ」
それまでずっと静観していたテラヴィがしみじみと呟く。やはり希少な魔物ばかりが出現しているらしい。
フランヴェルが呆然と私と魔物を交互に見つめた。
「魔物の気配を全く感じなかった」
「私もよ。視認したから、始末した」
「……アリアストラ、君は、何者なんだ? さっきの具現化魔法といい、一瞬で核を潰すのもそうだが、的確が過ぎる」
何者かと言われても、ヴィレオン家の人間としか言いようがなくて返答に詰まる。
何故か得意げにしたフェリノスが、ふふんとフランヴェルを煽った。
「魔物が逃げているだけで、アリアの魔法が拙いわけじゃない。剣捌きだって、俺の騎士団員よりも優れているんだ」
「嫁自慢するな、鬱陶しい」
「なんだと」
フローラがげんなりした顔で盛大に溜息をついた。
「――あんた、さっきの具現化魔法? すごいじゃない。あんなに完成度の高い具現化魔法を扱える人間がいるのに、排除するなんてもったいないわよ」
私の背後から現れたリュシェルが私の肩を抱いて、フランヴェルとフローラと対峙した。
テラヴィが「僕も」と、割って入る。
「確かに、殺すには惜しい人材だよね。君らが王命に背いた理由が恋愛がらみなのは察していたけれど、それを踏まえたとしても、アリアストラを手放すのは僕たちの損失に近いんじゃないかなぁ」
「テラヴィ……」
「巻き込むなと言うフランヴェルの意見は至極まっとうだけれどねーー」
「いい加減にしてくれないか!」
フェリノスの一喝に、その場が静まり返る。
「俺が望んだ結婚だ。王命は乱れた均衡を保てと言っただけで、アリアを排除しろとは言ってないだろう」
「2人が想い合って、お互いが婚姻を望んでいるのだとしたら、僕らの家の事情を汲み取ってくれはするだろうから、まず死罪はないだろうね。それに、魔物の種類が増えたわけじゃなさそうだ。今まで表立って目立ってなかったと考えれば、何も特別なことはない。アリアストラを殺す理由にしては弱いだろう」
「テラヴィの言う通りだわ。フローラ、フランヴェル、あんたらに責任が及ぶわよ。そっちの方が王命違反ととられかねないんじゃないかしら」
「なんですって!? 全部お姉さまのせいでしょう!? 私から幸せを奪っておいて、自分だけ幸せになろうだなんて許さないわ!」
「私だけ、幸せに……?」
金切り声を上げたフローラの言葉が聞き捨てならなくて、睨みつけてくる目をまっすぐとらえた。
堪忍袋の緒が切れるというのは、こういうことを言うんだろうなと、怒りで沸騰した頭のよそで考える。
フローラの仕打ちのせいで今まで言い返せなかった言葉が、次々とあふれ出して止められなかった。
「事の発端は全部あなたでしょう? フローラ。私が魔力を持たずに生まれてきたことをわかっていながら、寒いのが嫌いだからという理由で、私を身代わりにさせたのは全部あなたの企みじゃない。違う? お父様にもお母様にも見向きもされない、ヴィレオン家の人間として扱われなかった私に、拒否権がないことを知っていながら……っ!」
「ええ、そうよ! 無能な人間を抱えて生きるのがお辛そうなお父様が可哀想で、あなたを楽に排除できるやり方を選んだだけのことじゃない。それに、拒否権があろうがなかろうが、私のいうことを聞くと選択したのはお姉さまじゃない! 私のせいにしないでよ!」
「なっ……!?」
「死罪でお姉さまは死ぬけど、誰もその事実を知らずに終わる、とても綺麗で美しい計画だったのに。魔力を開花させたですって……? ふざけんじゃないわよ! 私からお父様を奪って楽しいかしら? 私を惨めにさせて嬉しい? 愛されて幸せ? どんだけ脳みそお花畑なのよ!」
フローラが右腕を振り上げる。
「……ぐぁ……ッ!」
瞬きをする暇もなく、一瞬で数メートル後ろにあった木の幹に身体がのめり込んだ。何が起きたかわからないまま、パチン、と指を鳴らす、聞きなれた嫌な音がした。




