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雪溶けの中から、小さな芽が見え始める季節。
エルヴノール城の騎士団訓練場では、練習に励む騎士たちの声と、剣がぶつかる金属音が飛び交っていた。
「――アリアストラ様! 参ります!」
ロングソードを顔の高さに掲げた騎士が、一言そう宣言して突進してくる。
私も、ここ数カ月の間で教えてもらった通りに、ロングソードのグリップをしっかり握って剣先を下げる構えを取り、きたる斬撃の技を見極めた。
上方から斜めに切り下げてこようとしたのを、いったん刃で受け止め、相手の剣の切っ先を巻き上げてから騎士の顔面に向けて突きの形をとる。
彼は器用に頭だけを左に傾けて私の突きを避けた。が、そんなものは想定内なので、剣を背中に担ぐようにして振り上げてからそのまま騎士に接近して懐に入る。
切られまいと後ろに飛びのいた瞬間を狙って、力任せに相手の頭部めがけて切りつけ――
「そこまで!」
フェリノスの掛け声で、私と騎士の動きがビタリと止まる。彼の氷魔法が私たちの動きを封じていた。刃と騎士の頭の隙間がほんの少ししかない。
(良いタイミングで止めてくれたのね)
もちろん剣は練習用だし、騎士は兜をかぶっているしで実際に首と胴体が泣き別れになることはないのだが。
騎士が急にへたり込んで視界から消えた。
驚いて視線をおろすと、汗だくの彼が恐怖に怯えた顔で「おっかねえ……」と呟いている。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「本当に剣握ったことないんすか? まじで? 嘘だろ? 天才じゃん……さっきの合わせ技っすか? どうやるんすか? ぜんぜん見えなかったんすけど!」
自由になった身体を少しだけ前に傾けて、彼に手を伸ばして立ち上がる手伝いをする。素直に手を握り返してきた彼が、興奮状態で手を握りしめたままきらきらと目を輝かせている。
まじで? と、問われると、まじです、と返すしかない。
ヴィレオン家にいたころは、なにもすることがなくて騎士団の練習風景を延々と見てはいたが、実際にきちんとした技の形を教えてもらって実践するのとは、やっぱり訳が違う。
「明後日はついに魔物討伐会ですね! もちろんアリアストラ様も来られますよね!? 即戦力ですもんね!」
「俺らも同行させてもらうんですよ!」
「剣の巻き上げ方、めっちゃ綺麗だったっす! コツとかあるんすか!? あれ俺どうやってもうまくいかんのですよ!」
「え、えーと……」
わらわらと騎士が集まってくる。私自身は何も特別なことをしていないのだが、彼らからすると私の剣捌きは異端に見えるらしい。
まだ手は握られているままだし、逃げ道は塞がれている。
あちこちから話しかけられてはいるものの、どう答えれば良いのかわからない。わからないので早く撤退したい。
ひたすら愛想笑いで誤魔化していると、低くどすの効いた声が背後から聞こえてきて思わず身を竦めた。心なしか周りの空気がぐっと冷えた気がする。
「おい。お前ら。何をやっている」
「はっ! フェリノス様! あなたも見ましたでしょう! アリアストラ様の剣捌きがとても美しいところを!」
「見た。確かにきれいだった。教えたこともすぐに飲み込んで理解して、自分のものにしてしまうのはアリアの長所であり強みだ。真剣で戦わせてたら、百戦錬磨のお前らの命がことごとく狩られていたということをさっさと自覚して恥じろ! 散れ! 訓練場走り込み100本!!」
「ええ~~~!!」
文句が飛び交うものの、各々の愛剣を定位置に戻した騎士たちは大人しくフェリノスのいうことを聞いて、甲冑姿のまま走りはじめた。
(すごい……重たいだろうに……そのまま走るんだ……)
さっきまでの圧迫感がなくなって安心していると、フェリノスが「全く……」とため息をつきながら近づいてきた。
「君の魅力が増えていくのは嬉しいんだが、弊害が大きすぎる。野郎どもに囲まれて怖かっただろう」
よしよしと頭を撫でられる。その姿を見た騎士の「フェリノス様がデレデレしてる!」「表情も感情も豊かになられて、俺ら喜んでいいか悲しんでいいかわからん」と、からかいと嘆きが同時に聞こえてきて、思わず吹き出してしまった。
「ほんとに、面白い。あなたの部下は皆良い人ね。どんどんここが大好きになっていくわ」
「そういうのは、俺にだけ言ってくれ」
「あなたが治めているから好きになったのよ」
聞きたいのはそれじゃないと言わんばかりに、フェリノスの方眉がくっと上がる。でもなんとなく表情に「嬉しい」が滲み出ていて、可愛らしいなと思ってしまった。
「……私も走ってくる?」
「君は走らなくていい。あいつらは放っておいて――魔物討伐会について話がある」
フェリノスが真剣な顔になる。私もおふざけはやめて、まっすぐにフェリノスの目を見つめ返した。
「わかった。詳しく聞かせて。……ほしいんだけど、その前に湯浴みをする時間はある……?」
「ああ、もちろんだ」
「良かった」
汗をかいたまま同じ空間にいたくない。乙女の気持ちを汲み取ってくれたのか、フェリノスは柔らかい笑みを浮かべて優しく頷いてくれた。
「俺が背中を――」
「絶対、だめ!」
私の突然の大声にびっくりして、フェリノスが動きを止めた。
一瞬のうちに傷を見られる可能性を想像してしまって、血の気が引いていく。バクバクと、途端に心臓が暴れ始めた。
平常心を取り戻そうと、長く息を吐く。
「……大きな声を出してごめんなさい」
「いや、俺もふざけたことを言ってしまってすまない」
「フェリノスは悪くないの。私が乗り越えなきゃならない壁がまだ、大きすぎるだけで……」
嫌ったわけではないと、フェリノスの右腕に左手を回して控えめに密着する。
フェリノスの右手が私の左手を取って、指を絡めてぎゅっと握り締めてくれた。
「この先の時間は長いんだ。ちょっとずつで大丈夫だから、一緒に乗り越えていこう」
「……うん、ありがとう」
優しい人だな。嬉しいな。
私を見てくれて、私の味方でいてくれて、私を支えて協力してくれる。
こんなに愛されても良いのかな。
いつかこの幸せが壊れそうで――怖い。
魔力討伐会は3日後。
久しぶりに家族に会うことになるし、それに、初めて会う他の『家』の皆に受け入れられるかどうかもわからない。
私の存在はどこかで知られている可能性はあるけれど、父が皆に私をどう説明しているのかも不明だ。
(不安材料が多すぎる……)
小さくため息をつく。
「アリア」
「うん?」
ちゅっとキスが降りて来る。焦って口を手で覆った。周りにいた騎士や使用人から黄色い悲鳴があがる。
「ちょっと! こんな人前で堂々と!」
「思い詰めた顔をしていたから」
「だからって……! こ、こういうのは、二人きりの時にする方が……好きなのに」
「わかった。二人きりのときしかしない」
真顔になったフェリノスが、変に決意を固めてしまって余計に恥ずかしさが増した。
――――――――
ヴィレオン家の城の廊下を、フローラは速足で歩いていた。
父親の執務室の扉をノックもなしに開け放つ。
驚きに目を見開いた父、オルティスが何事かと目顔で問うた。
「ねえ、お父様。3日後の魔物討伐会にフェリノスとお姉さまが来るのよね?」
「ああ。そういう返答をもらっている」
「私も行くわ」
「フローラ……?
毎度なにかと理由をつけて欠席していた娘が、突然 参加表明をしたことでオルティスの顔が明るくなる。
「お前、魔物が嫌いなんじゃなかったのか?」
「私もヴィレオン家の次期当主でしょう? ――腹を括ることにしたのよ」
「そうか。さすがだ、フローラ。それでこそヴィレオン家の人間だけ。お前が来てくれるのは心強いよ。皆にもそのように伝えておこう」
「ええ。よろしくね」
それだけ言って、フローラは踵を返した。
執務室を出たフローラは後ろ手で扉を閉め、口を歪めてほくそ笑む。
「あなたの命はここで終わりよ、お姉さま」
フローラの企みとは……。
次回、5大公家の全次期当主が出揃います。
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