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5大公家――
『木』を司る治癒の魔法使い、シルヴァ家
『火』を司る炎の魔法使い、イグドラン家
『土』を司る重力の魔法使い、バルドラ家
『金』を司る風の魔法使い、ヴィレオン家
『水』を司る氷の魔法使い、エルヴノール家
代々王国の鎮守を担う大魔法使いの一族であり、人間の魔力を主食とする魔物を討伐するという使命を持っている。強大な魔力を以てして魔物をひきつけ、王国――ひいては国民を守る重大な役割を任されているがゆえに、爵位は大公を与えられているのだ。
四方を森と山に囲まれたアーランディア王国を中央に置いて、五芒星の形で囲うようにして配置されている。
その中のひとつ、北部を守るエルヴノール領――
フローラに身代わり婚を宣言されてから一か月後、十数年ぶりに訪れた、切り立った崖に這うようにして建てられた石の城を見上げて、白い息を吐きだした。
深い藍色に染まる空に煌めく星が散り始める、夜の気配が満ちた冬の夕方。
肺が凍りそうなほどに冷たい空気があたり一面を覆いつくしている。空から舞い降りてくる雪は、なぜか馬車の通り道だけを避けるようにして降っていた。そのおかげでなんの障害もなくエルヴノール領へと辿りつくことができたのは、きっとフェリノスの気遣いだろう。
――妹なら確実に移動魔法を使うだろうに。
最初から、身代わり婚を隠す気なんてさらさらなかったのだ。魔力量だって誤魔化せるとか言っていたけど、出発前に背中に両手を当てただけで、きっとなんの対策も施してなんかいないはずだ。
だって何も感じなかったから。
魔法での攻撃は多少なりとも風の存在を感じることができたのだから、魔力を分け与えてもらう処置であるならば何かしら体の変化を伴っていてもおかしくはないだろう。
「敵陣に一人放り込まれた気分だわ……」
1ヶ月をかけてなんとか心を整えてきた。令嬢の礼儀作法も母親の折檻を受けながら身につけたし、ヴィレオン家の人間として恥ずかしくないようにと、私も寝る間を惜しんで努力した。
とはいえ、これからのことを考えると足がすくむ。魔力の高いフェリノスならきっと、私が魔力を持たない方の姉であると瞬時に見分けがつくはずだ。フェリノスだけじゃない。使用人たちもみんな魔力持ちの人間たちばかりだ。嫁いできた人間が、妹のフローラになりすました姉のアリアストラであるとバレるのは時間の問題であろう。
怖さを誤魔化すように、寒さで赤くなった両手に息を吹きかけて、旅行鞄を手に取って歩き出した。
荷物はこのトランクひとつだけだ。格好だけは唯一まともなものを用意してもらえた。いつもの使用人の恰好ではなく、大きく幅の広いスカートにはフリルがあしらわれ、開いたデコルテに合わせて作ってくれたクリスタルクォーツをふんだんに使った首飾りと耳飾り、そして暖気を纏わせたマントまで。
ただしこれらは私のために作られ、与えられたものではない。
あくまでヴィレオン家としての格を守る為の小細工である。クリスタルクォーツだと言ったが、宝石を扱う人間が見ればそれが模造宝石であると即座にわかるような代物である。
体裁をきにするお家柄がよく表れている。
去っていく馬車を見送りながら、心細い気持ちをかなぐり捨てて柵状の門前に立った。
呼び鈴のようなものを押そうとして、それが見当たらないことに気付く。
(え、どうしよう。魔法か何かで知らせる仕組みなのかしら? 方法がわからないわ……)
フローラならすぐに解決できたかも……。
門兵もおらずどうしようかと考えあぐねたがここでじっとしていてもしょうがない。そっと門に触れてみたところ、大きな音を立てて鋼鉄の柵が開いた。
その向こうから、礼装を身に纏った男――フェリノス・ノア・エルヴノールが、侍従を伴いながらこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
綺麗に磨き上げられた革靴が目の前できゅっと揃えられる。鉄仮面の名の通り、無口で無愛想で何を考えているのかわからないような顔が私をじっと見下ろした。
雪のような淡い青白の色をしたストレートの髪を短く切りそろえ、深く澄んだ湖を思わせるコバルトブルーの瞳。常に無表情で寡黙でありながら、柔らかい雰囲気を纏っている。なんとも不思議な人だ。
パーティー以来会っていなかったけれど、印象は全然変わっていなくて、少しだけ懐かしい気分になった。
黙ったままのフェリノスを見上げ、持っていた旅行鞄を地面におろす。
スカートのすそを持ち上げ、片足を引いて膝を軽く曲げ、頭を下げる。習ったばかりのマナーにのっとり、2秒ほどで顔を上げた。
「一カ月ぶりですわね。これからどうぞよろしく」
横柄な態度というのは慣れないものだ。
敢えて名乗りはしなかったが、頭を上げた瞬間にフェリノスの方眉があがり、目をきゅっと細めたのが見えた。
(ああ、バレたな)
一瞬で血の気が引いていく。倒れそうになるのを必死にこらえて、閉じようとする肩を開いて胸を張った。
やっぱり妹は私に魔力を付与していたわけではなかったようだ。だからといって、ここで踵を返したとしても帰るところなんてない。どこかに行く宛もなければ金銭も持ち合わせていない。かといって凍死も望まない。
ヴィレオン家の立場を考えて、うまくやらねばならない。
どうせもう王命に背いてしまったのだ。限界まで騙すか、もしくは最初から正体を明かして、なんとか黙っていてもらえるように交渉しよう。そのためには、関係性も上手に築いていく必要がある。
「……エルヴノール領へ招いてくださらないのですか? わたくし、寒いのは苦手ですのよ。あなたも知っているでしょう」
「あ、ああ。悪かった。改めて……これからもよろしく」
握手を求められる。握手なんてしてしまえば最後、魔力ゼロというのを確定させるようなものだ。
身体からにじみ出る魔力の量は修行次第で大きくも小さくも見せられる。だけど、〝無い〟ものは隠しようがない。つまり触れ合うわけにはいかない。無意識にスカートの裾をぎゅっと握り締めて、拒否の意を全身で表した。
婚姻の儀は初夜も含むし、夜伽も夫婦の義務であるが、フローラの性格を考えるとどちらも素直に受け入れるとは考えられない。この状況は自分にとっても好都合だ。
幸いにして、5大公家の本分である魔物討伐は、夫婦の〝義務〟ではない。協力するのが暗黙の了解になってはいるものの、フローラの性格を考えれば……以下略である。
フェリノスの右手を一瞥して、コバルトブルーの目の奥を覗き込むようにしてじっと見つめた。




