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「…………」
朝日がカーテンの隙間から細く伸びて、眠っていた私の瞼を刺激した。
うっすらと目を開けると、目の前にはたくましい胸板。そろそろと視線をあげて見えたのは、やすらかに眠りこけるフェリノスの姿だった。
横並びで寝ても、起きる頃にはこうやってフェリノスの腕の中にいる。
彼と想いを伝えあってから、毎朝見る光景だ。
(まさか本当に嫁ぐことになるだなんて)
まだ正式な婚約ではない。やらなければならないことはたくさんある。
だけど、彼は昨日、エルヴノール城にいる皆を集めて、私をフェリノスの妻として紹介してくれたのだ。
フェリノスの気持ちが嬉しくて、私の存在価値がここにはあるんだと思って、思わず泣いてしまった。
「ご主人様が奥様を泣かせた」と、城内をざわつかせてしまったのは悪かったなと思っている。
それと同時に、フェリノスは使用人からの信頼が厚い人間なんだと知れた。うちじゃ絶対にありえない光景だ。
私の侍女になる予定だった人が、母に私の扱いについて「あんまりだ」と苦言を呈したことがあった。その日から侍女は城から消えた。
両親は少しでも私を庇った人間の職を、かたっぱしから平気で奪っていく人だった。
ここは違う。みんなが温かい。外の寒さなんてへっちゃらだと思えるぐらいに、心が温かい人たちばかりだ。
(受け入れてもらえてよかった)
エルヴノール城へ来たときは使用人に通報されるかもしれないと不安でたまらなかったけれど、私を歓迎してくれたのだ。
彼らを裏切らないように、今後は自分の力をもっと磨かねば。
今日から魔物討伐会に向けて、騎士団の訓練に混ぜてもらう予定になっている。
私を想ってくれているフェリノスのために、そして何より自分の命を守る為に、できることは全力でやろう。
「……フェリノス、起きて。朝よ」
「んん……眠い」
きゅっと眉を寄せて、私を引き寄せてそのまま抱き締めてきた。隙間なく密着してくるフェリノスの背に腕を回す。
彼は存外、朝に弱い。
このやり取りも毎朝の習慣になっている。
「フェリノス――んむ、」
「起きるから、もうちょっとだけ」
唇に触れるだけのキスを何度も落とされて、いつの間にか組み敷かれていることに気が付いた。
わざとらしく腰を撫で上げられて、シュミーズの裾を引っ張られる。何もまとっていない足にひやりとした空気が触れて、フェリノスの胸を叩いた。
「ぷはっ、……もう! フェリノス!」
「はは。おはよう、アリア」
「っ! おはよう……」
名残惜しくもう一度だけ降りてきたキスを素直に受け止める。
上機嫌で身を起こしたフェリノスの、満面の笑みが眩しい。
(2秒で表情が戻るのは変わらないのよね……でも、そこがいいなんて思ってしまう私って……)
こんな風にじゃれあうのは今が初めてじゃない。一緒に寝るようになってからはしょっちゅうあることだけれど、そのたびにフェリノスに触れられたところがじくじくして、身体が火照って仕方ない。
鎮めるのが大変な時もある。あのまま受け入れてしまうと、なんだか私が私じゃなくなるようで怖いのだが、その気持ちを汲んでくれているのかフェリノスはそれ以上のことを求めてくることはなかった。
正直、今はそれがありがたい。
それに、私には消せない傷がある。できることなら見せたくはない。見せる勇気が、まだ出ない。
(フェリノスのがあからさまな態度を取るとは思えないけど、……でも、拒絶される可能性はゼロじゃない)
傷まみれの身体なんかに興味を抱くわけないだろうし、2度と見たくないなんて言われるかも……。
そう考えたら、全身の血の気が引いていくのを感じるほどにゾッとした。
「夫婦の部屋を作るべきかな」
「!?」
隣の部屋から着替えを持ってきてそう言ったフェリノスの上半身が、無防備に晒されている。
驚いて両手で顔を覆って「また……!?」と唸った。
なんだろう。そういう趣味なのだろうか。裸体を見せたい……みたいな。
「アリア……別に平気だろう? あの時とは違って、今は婚約者も同然なんだから」
「いや、あの、ちょっと無理かも……」
「……見るのが嫌なのか?」
「嫌っていうか、耐性がついてなくて……! その、異性の身体なんか見たことがないから、私……っ」
「恥ずかしいのか?」
「そう! だから早く服を着て!」
ほぼ悲鳴に近い叫びに、フェリノスは小さく笑った後、私の手を優しく取った。
視界を覆うものがなにもなくなってしまって、目を瞑ったまま顔を逸らして下を向く。万が一うっかり目が開いても、視界に入らないように。
「嫌なわけじゃないのか」
「へ、」
「あの時は特に、何も考えずに君に腹を見せたが、気持ち悪がられたのかと思ってちょっと反省してたんだ」
「気持ち悪いわけじゃないの! ごめんなさい、私が甲斐性なしだから……」
「そんなことはない。俺の方こそ、早計だった。君に負担をかけさせてしまったな。……とはいえ、慣れてもらわなければ困るが」
「うぅ……」
そんなことはわかりきっているが、見たところでどうしたらいいかわからない。ドキドキとうるさい心臓を宥めるものの、落ち着きは取り戻せそうになかった。
「フェリノス……っ! 意地悪はもうやめて……!」
「しょうがない。また今度試そう」
試さないで……!!
これまた手を優しく離されて、私は膝を立ててそこに顔を押し付けた。シャツを羽織る音が鳴り響く。
それほど時間はかからずに、フェリノスが「もういいよ」と声をかけてくれて、ようやく目を開く。
おそるおそる見上げた先にいたのは、騎士団の制服を見に纏ったフェリノスだった。
「……服着てた方がかっこいいよ」
「褒め言葉は素直に受け取っておこう」
嬉しそうな顔から、2秒後に戻る表情。
その変化の寒暖差で風邪引きそう。
手で風を送って、上気した頬を落ち着かせる。
「……熱いなら君の得意魔法で仰いだらどうだ? 俺の氷粒も混ぜてあげようか。そしたら涼しくなると思うぞ」
「はっ」
そうだ、私、魔法が使えるようになってたんだった。
一生懸命手で仰いでた。
それにもちょっと恥ずかしくなって、フェリノスに少しだけ頭上から雪を散らしてもらった。
冷たいのにあたたかみを感じる雪だ。
風のない澄み切った冷気を感じて、心地が良い。
「冬が好きになりそう」
「君が来てくれて本当に良かった。今日から頑張ろうな」
「……うん」
フェリノスの顔が近づいてきて、私も顔を寄せた。




