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自然と口をついて出た言葉だった。
〝姉〟は俺の目の前で歩みを止めると、気まずそうに視線を下に向け「あの」とか細く声を発した。
「へ、部屋の暖炉に使う薪をいただきたいのですけれど」
「……すぐに部屋に持っていかせましょう」
「ありがとう」
返答に違和感を感じる。頑張って横柄な態度を取ろうとしているような気がして、首を傾げた。髪の毛に気を取られてよく見ていなかったが、服装もフローラのドレスを身に纏っている。
見られたくないだろうに、フローラの真似事をしてこいと押し切られたんだろう。
あれは我が強いから。
「……初めまして、ですよね。フェリノス・ノア・エルヴノールです」
「! わ、私と妹の見分けがついているのですか?」
「はい。フローラのお姉さんですよね?」
「……ご挨拶が遅れました。フローラの姉の、アリアストラ・ヴィレオンです。私があなたに話しかけたことは、どうか誰にも話さないでください」
「わかりました。何かご事情があるのだろうとは思っていましたよ」
「ありがとうございます」
ほっとした表情で、柔らかく微笑んだアリアストラは、とても可憐で綺麗だった。姿かたちはフローラと瓜二つでも、やっぱり纏っている雰囲気が全く違う。
不思議な人だ。
「……先ほども、私のことを見てましたが、何か粗相をしてしまったでしょうか……。フローラがあなたに失礼な態度を取り続けていることは、私が代わりに謝りますから……」
「いえ、そういうわけじゃないんです。フローラの性格は俺もよくわかってますから。気にしないでください」
「そ、そうですよね、すみません。余計なことを言いました」
どこか寂しそうにしている表情に、妙な親近感を覚えた。フローラと姉妹でありながら、交流会にも、魔物討伐会でも見かけなかったということは、オルティス大公がアリアストラのことを、5大公家に紹介するに値しない人物だと思われているせいかもしれない。
(魔力が低いのだろうな……)
見たところ、魔法の特訓はしていないようだ。漏れているのをどうにかするために、ひとまず社交場から遠ざけさせられているのかもしれない。
「……あの…………大丈夫ですか?」
彼女の周りを纏っている何かを探っていると、不意に黄金の瞳が俺の目をじっと覗き込んだ。
突然かけられた気遣いの言葉に驚いて、俺の方こそなにかしてしまったかと少しだけ焦る。
「大丈夫ですが……」
「そうですか、良かったです。ずっと、お辛そうにしていらっしゃいましたので……なんともないなら、良かった」
「――……」
ふわりとほほ笑むアリアストラを見て、 見透かされているんだと、何故かそう思った。
不安な気持ちが表に出ないように取り繕っていたし、なんでもないと平気な振りをして立っていた。だけど心の奥底ではずっと怖い。支えがないのは本当に怖いことだった。自分はもう12歳で、大人の仲間入りまであと10年もない。親の援助がなければ生きられないような子供でもない。だからこそ中途半端に放り投げられて、怖くて不安で仕方ない。俺を一人置き去りにしていってしまった両親を恨む気持ちすら抱いていた。
そんな思いを持っていることを、アリアストラに気づかれた。
今まで誰もーー今日だってそうだ、誰も俺の気持ちを汲んだような言葉をかけてくれる人は誰一人としていなかったのに。
アリアストラだけが〝気づいてくれた〟。
「君は――……」
「私ってば、出過ぎた真似を……失礼しました。それでは」
引き留める間もなく、青ざめた顔をして走り去っていった彼女の背中をただ茫然とみるしかできなかった。
今まで感じたことのない胸の高鳴りを覚えたせいで、身体が思うように動かなかったのだ。
また会えるだろう。他の家でのパーティーにも来るだろう、フローラの姉妹なんだから、と。そんな甘いことを考えていた俺がバカだった。
それから幾度となく交流パーティーは開催されたが、アリアストラに会うことは二度となかったのである。
時を戻せるならあの頃に戻りたい。
去っていく彼女の手を握っていれば良かったと本気で後悔したぐらいに、アリアストラに恋をしていた。
手紙を送ろうかとも思ったが、喋ったことは誰にも言うなと釘を刺されている手前、公にコンタクトを取ることができない。
妻にするならアリアストラが良いと思っていたけれど、この国は魔法量で相手が決まる。彼女の身体の周りに纏わりついているのが魔力量だとしたら、どう頑張っても俺とは釣り合わないことは最初からわかっていた。
だから、20歳になる年の5大公家次期当主会で、婚姻の相手がフローラだと聞いた時も(やっぱりな)と思って、そこで初めて諦めがついたのだ。
彼女は心底嫌そうにこちらを見ていたが、理由は明白だ。フローラは寒いのが大の苦手だから、嫁いできたくなんかないんだろう。とはいえ王命なのだから、拒否権などお互いに持っているわけもない。
でも仲良くもできそうにないのは理解しているから、声をかけることなく領地へ戻った。
パーティーの時と同じく、城中のありとあらゆる場所に、暖気の魔法をかける。ぶつくさと永遠に止まらない文句を聞くのは正直に言うと性に合わないのだが、こればっかりは仕方ない。
侍女として仕えてもらう予定のリナリアにも、相手は気難しいタイプだから、何かあっても気に病む必要はないと助言をしておいて、フローラが来るまでの一か月間は寒さを凌ぐ準備に奔走したのである。
当日の朝、エルヴノール城に繋がっている道を走る馬車の気配を感じた。
「フローラじゃない……?」




