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アリアストラを好きになったのは、12歳の時だった。
俺がエルヴノールを継いで、当主を務めることになった歳だ。
両親を失ったのは突然の出来事で、まだ当主としての教育も中途半端であったから、唐突に重責を背負うことになって何もかもが不安で不安で仕方なかった。兄弟はいないし、同じ年ごろの子供はこの城内にはひとりもいない。悩みを話せる相手もいなければ、相談できる相手も誰もいない。
だから、5大公家の交流を兼ねたパーティーで皆に会えるのが少しだけ楽しみだったのを覚えている。
5大公家は、国を鎮守する立場ということもあってお互いに交流を欠かさない。もちろん婚姻の将来を見据えて、子供だけの交流の機会も作られるため、年に数回、それぞれの家でパーティーが開かれる決まりがあった。今回の主催はエルヴノール家だ。
当主としての初めての仕事である。
緊張と不安を抱えて迎えたパーティー当日。開催日はよりにもよって真冬の、いちばん雪の降る夜だった。
「本当に寒いわ。どうしてこんなに寒いの」
パーティー会場のホールに並べられたテーブルから離れて、壁にもたれかかりながらぶつぶつと呟いているのはヴィレオン家の次期当主、フローラだ。
交流を重ねるうちに、フローラが寒さに弱いことはなんとなくわかってはいた。フローラだけじゃない。大人の中にも寒さに弱い人間が何人もいることは把握していたから、事前にホール全体を暖められるような魔法を施し済みだ。だが彼女には効いていないようで、ここに来てからずっと機嫌を悪くしている。
せっかく集まったのだから楽しんでもらいたくて、会場の隅に置いてあった衣装棚から暖気を纏わせたローブを取り出して、フローラに手渡そうとした時だった。
「お姉さま、私、今すぐ帰りたいわ」
「それはお父様が許しませんよ。なんとか堪えてください」
聞きなれない声が耳に届いて、フローラが話しかけている人物に視線を向けた。
(……〝姉〟がいたのか。しかも双子か……?)
フローラと同じ髪色、同じ長さ、同じ瞳の色、背格好も同じ。フローラと違うのは、かなりやせ細っていて、服装がとても貧相なことだった。
今までの交流で見かけたことがなかったが、双子であればオルティス大公の隠し子という訳でもなさそうだ。ここへ来た当初からいただろうか……? 存在感がまるでない。
その理由はすぐにわかった。
(変な漏れ方だ……)
よくよく目をこらしてようやくわかるほどの、うっすらとたゆたう煙のようなものがまだらになって、彼女の身体の周りにまとわりついている。
魔法使いは皆、それぞれの魔力に〝個人の気配〟を伴っている。目には見えないが、わかる、というのが魔力なのだが、あの子は皆とは違っていた。
見た限りでは魔力で間違いないはずだが、そうとも言い切れないような、なんとも不思議な現象を観測して、目が離せなくなってしまった。
じっと見つめていたのがわかったのか、〝姉〟が俺に気づいて驚いた表情をしたあと、さっとローブのフードをかぶった。その様子から、人に見られないようにしなければいけない事情があるのだと察した。
できればその漏れ出ている何かを間近で見てみたかったが、隠れなければならないのなら無理に話しかけることはできない。
声をかけたいのをぐっと我慢して、フローラをこちらに呼びつけることにした。
「フローラ。……これを使ってくれ」
「まぁ、気が利くのね。ありがとう」
微塵も思っていなさそうな顔で、ローブを受け取るとさっさと羽織って〝姉〟とは反対側のテーブルへとすたすたと歩いていく。
〝姉〟はついていこうかどうか迷っていたようだが、大人しく柱の陰にかくれていることにしたようだった。
パーティー自体は滞りなく終わり、招待客はエルヴノール城で一泊してもらって、翌日に解散する予定になっていた。
それぞれの部屋にも冷えがこないように、いろんな魔法を施してまわったのは、随分と骨の折れる作業だった。
見回りを兼ねて廊下を歩いていると、目の前から白銀の髪をふわりと跳ねさせながら、こちらへ向かってくる〝姉〟が見えた。
月明かりに反射して彼女の髪がきらきらと輝いている。髪の毛の一本一本が発光しているようで、あまりの美しさに目を奪われた。
「綺麗だな……」




