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光をも飲み込みそうな深い黒の塊。ぞっとする見た目だ。
一目見て、あれはやばいと直感でわかった。
牽制のために放たれた弓矢が魔物の身体に触れた途端、ぐにゃりと形を変えて魔物の中に吸収されていく。
「なんだあれ……初めて見るタイプだ……」
「あれに触れるな! 飲み込まれるぞ!」
騒がしくなっていく城外。父も謎の魔物から目が離せないようで、窓に張り付いて動向を窺っている。
私は左手をすっと窓の方にかざして、一列に並ぶ魔物に向かって魔法を繰り出した。
鋭利な風で、〝魔物だけ〟を一刀両断する。土埃をあげて倒れ込む魔物が驚異の速さで姿形を取り戻した。なるほど。形状記憶するタイプね。
(それなら……)
魔物の周りを、縦横無尽に風が舞う。八つ裂きにされた魔物が再び崩れ落ちたものの、蠢いてはいるようだ。
「どこかに〝核〟があるのかもしれない」
「〝核〟?」
隣で見ていたフェリノスが助言をくれる。
「今、一瞬だけ見えたんだが――……」
そう言って、彼も手をかざして、魔物の一部を凍らせた。闇の奥深くに隠れていた、まがまがしい赤色が見える。フェリノスがぎゅっと手を握って凍らせたものを破壊すると、近くで蠢いていた魔物の動きが止まった。
「〝核〟ね」
人間で言う、心臓のようなものだろうか。
フェリノスにお手本を見せてもらったおかげで、残っていた数体も形状を取り戻す前に無力化に成功した。
幸いにして、あの一列に並んだ魔物だけが、私の魔力に釣られてきたようだ。あれだけ異質なものであれば、雑魚や中級はすでに逃げおおせているだろう。
騎士たちが剣を振るうことはないはずだ。
左手をおろして、しばし外の様子に気を配る。もう大丈夫そうだと、安心して父親の方を振り返ると、呆然としたつぶやきが聞こえてきた。
「壁も窓も無傷で、どうやって……」
実のところ、どうやってと聞かれてもわからない。魔物に対して魔法を出しただけで、他に意図はなかった。でも言われてみれば確かに、目の前を遮断する何かをすり抜けて攻撃魔法を繰り出すなんて、普通なら考えられないかもしれない。
少なくとも、父親は――。
「アリアストラ」
初めて父が私の名前を呼んだ。
ヴィレオン家に娘は一人だけと言われて育って、父の愛情を一身に受けているフローラに嫉妬したりもしたが、今、全身を包み込んでいる感情は『虚無』だった。
魔力を得て、家族の目が〝私〟を見てくれたら。そう思っていたのに、実際は喜ぶでもなく、感動でもなく、ただ空しい。
父は〝私〟じゃなく、〝私の魔力〟を見ている。
(大魔法使いの家なのだから、そんなものよね。私だって、魔力を得られればという前提があったのだから、人のことは言えないわ)
でも、もし、その魔力量で発言権を得られるというのであれば、私が示した力で十分のはずだ。
「お父様にお伝えしたいことがあります」
「なんだ。言ってみろ」
父の声音が随分と柔らかいものになった。現金な人だ。
(やっぱりね)
態度が百八十度も変わった父を見て、腹が決まった。
私は大きく息を吸い込んで、隣に立つフェリノスの腕に手を回して引き寄せた。
「私、アリアストラ・ヴィレオンは、フェリノス・ノア・エルヴノールの妻になります」
私の宣言に、フェリノスも続いて宣言する。
「オルティス大公。彼女が言った通り、俺はアリアストラを妻にします。次の魔物討伐会でアリアストラの実力を王に見せ、王命を白紙に戻していただく予定です」
「白紙にだと……!? そんなことが可能なのか……!?」
「フローラよりも魔力量は高いですから、説得に時間はかからないかと」
「それに、その方がそちらも好都合なのでは? フローラが改心してフェリノスに嫁いでくるとも思えませんし。なにより、無能な私を消すための小細工をしなくて済むでしょうから」
「…………」
父は小さく呻いて顔をしかめた。隣に立つフェリノスが、私に視線を向けたのを感じ取ったが、敢えて気付かない振りをする。
父にとってこの計画はすべて完璧なシナリオだったはずだ。
ただ、私が反抗するとは想定していなかっただけで。
王命に背こうとし、罪のない人間を抹消しようとした、そんなヴィレオン家の弱みを握ったも同然の状況。
誰も口を出そうともしない。母親の顔は青ざめ、フローラは私をただひたすら睨みつけている。
形勢逆転とはこのことを言うのだろうか。それとも、下剋上?
どちらでもかまわない。
(溜飲が下がったのは確かだわ)
協力を申し出てくれたフェリノスには感謝してもしたりない。
彼の腕に回していた手に、自然と力が入った。
「……そういうことですので、また会いましょう」
フェリノスがそう言って私の身体を引き寄せ、足元に魔法陣を展開させた。




