3-5
「フェリノス、久方ぶりだな。うちの娘たちが君に多大な迷惑をかけてしまって済まなかった」
「オルティス大公。その件について、俺からもお話があります」
「ああ。わかった。さぁ、こちらへ。……お前、茶を人数分用意しろ」
「は、はい……」
父の睨みつけるような視線に、びくりと肩を震わせる。つい癖で返事をしてしまった。長年にわたって沁みついた癖は、そう簡単に治るものではないようだ。
だけど、もう私は、以前の私じゃない。
私にだって意思はある。
「――いいえ、お父様。私はもう、給仕の真似事はいたしません」
「……なんだと?」
震える身体を叱咤して、 真正面から父を見据えた。
「私はもう、お父様たちの言いなりにはなりません」
言い終えて、鈍い音がリビングに響き渡った。一瞬だけ弾けた視界、左頬に感じる鈍痛。衝撃で床にたたきつけられた身体が、悲鳴を上げた。
「アリアストラ!」
「……っ」
フェリノスが血相を変えて飛んでくる。殴られた頬に手を当てた。母親の折檻よりも痛いなと、見当違いな思考が頭の中を過っていく。
「オルティス大公! 何を……っ」
「フェリノスは知らないだろうが、それは魔力を持たずして生まれてきた人間だ。ヴィレオン家にふさわしくない者が反抗などと、図々しいにもほどがある。挙句、王命違反を平気でやってのけるのだから、とんだ恥さらしだ」
父の怒りが、声を震わせている。
フローラの高笑いが響いた。
遅れてやってきた母が状況を察して、フェリノスに「庇う必要はないのよ」と声を掛けている。
この状況に彼は戸惑いながらも、父を見上げて意義を唱えた。
「アリアストラには魔力があります。オルティス大公も、一目見ておわかりになったのでは」
「……どうせ、君のはからいだろう? 王命違反を避けるために、魔力があるように見せかけて、婚姻を継続させようとしたんだな」
「見当違いです。アリアストラには最初から魔力がありました」
「はったりだ。この私が感知できなかったのだから」
ないものはないんだよ。
吐き捨てるように言った父の言葉に、私は弾かれたように顔をあげた。
殴られたおかげで幾分か冷静になれた頭で、そうですか、と脳内で返事をする。
「……魔力が開花したと知ったら、お父様も私のことを少しは違う目でみてくださるかも、と、淡い期待を抱いてしまいました」
「…………っ」
ゆらりと立ち上がった私の異様な様子に、父が後ずさりする。
「フローラがフェリノスの元へ本気で嫁ぐつもりであれば、私は妹の身代わりはもうやめて、ヴィレオン家の長子として国の鎮守に従事しようと、そう考えておりました」
「私が本気で嫁ぐと思ってるわけ!? あんなの演技に決まってるでしょ!」
「フローラちゃん!」
母親にしては珍しく、妹に対して声を荒げて窘めた。世間体を気にする母だ。フローラが余計なことを言ったせいで、ヴィレオン家の格が落ちるのには耐えられないのだろう。父の背後できゃんきゃんわめくフローラをキッと睨みつける。
それが気に入らなかったのか、フローラが叫んだ。
「そんなに偉そうに言うなら、魔力を全開放して、見せてみなさいよ! どうせしょうもない魔力量でしょうけど」
彼女の提案に、父親が首を大きく盾に動かす。
「反抗できるだけの力があるとは思えないが」
「……してもいいけど、後悔するかもしれないわよ」
なにせ、鎧の翼竜を呼び寄せた実績がある。次はどんな魔物を読んでしまうのか、皆目見当がつかない。けれど、本気で信じてもらうためには、私も相応の覚悟はしないと。
ヴィレオン家の人間は、私が大口をたたいていると思い込んで、嘲笑で返した。
「やってみせろ」
おおよそ親とは思えない返答だ。
ちょっとでも見直してくれるかと期待した私がばかだった。
心配そうな表情でこちらを覗き込んで来たフェリノスに、小さく微笑みかける。
私はそっと目を閉じて、内側を循環している魔力の枷をすべて解いて、外側へ放出した。締め付けられていた何かから解放されるような感覚が心地良い。
フェリノスが私の肩を抱いて引き寄せてくれた。なんとなく甘えたくなって、彼の首元に額を押し付ける形でそれに応える。
私の身体からあふれ出た光の靄は、瞬く間に城一帯を包み込んだ。さらにそれ以上の広がりを見せ始め、家族の目が驚愕で見開かれていく。
「お前……!」
「あなた、止めさせて! 私達、魔物の餌食になってしまうわ!」
「嘘でしょ、お姉さま……ずっと私たちを騙していたの……!?」
三者三様のリアクションに、見返してやったという気持ちよりも虚しさが勝ってしまった。
気の済むまで解放しても良かったが、さすがに使用人たちに被害が及ぶのは望んでいない。虐げられる私を憐れんで、こっそりと面倒を見てくれた者もいるのだ。恩を仇で返すわけにはいかない。
そう思って、魔力を内側にとどめようとして、うまくいかずに手こずった。
「……あれ」
どうして。
自分が思うより、家族の高圧的な態度に動揺していたようだ。焦る気持ちがどんどん感覚を鈍らせる。
「アリアストラ、落ち着いて」
フェリノスの優しい声が、耳元からじんわりと心の中に浸食していく。
優しく抱きしめられて、何度も背中を擦ってくれる。そのぬくもりがとてもあたたかくて、優しくて、少しくすぐったい。何度か深呼吸を繰り返して、次第に落ち着きを取り戻していった。
彼が教えてくれたことをもう一度思い出して、ゆっくりと魔力を内側だけに循環させていく。
部屋の中に降りた静寂を打ち破るように、私は声高に宣言した。
「お父様は認めてくださいませんが、私もヴィレオン家の人間です。王命違反を承知でフェリノスの元へ嫁いだのも、すべて代々王国の鎮守を担うヴィレオン家を守る為です。ですが、魔力が開花した今、死罪にならずにその使命が果たせそうで安心しました」
「何を言っている……?」
城の外で、魔物出現の際に鳴る鐘の音と共に、騎士たちの「出たぞー!」という叫び声が聞こえてきた。ちらりと窓の外を見やる。森の奥深くから、巨大な黒塗りの〝ナニ〟かが列をなしてこちらへまっすぐ歩いてきているのが見えた。




