2-5
間の悪いことに、困惑した表情のリナリアが、目を見開いて私をじっと見つめていた。
全身から力が抜けていくような感覚に襲われて、でも倒れるわけにはいかなくて、ぐっと足に力を込める。
リナリアは、父親からの手紙の内容も、私たちの婚姻の事情も何一つ知らない。
――最悪だ。
はたから見れば、私が妹から夫となる人を奪った挙句、その妹に直接謝らせているという構図にしか見えない。健気な妹が、恥さらしの姉に変わって、床に膝をついたのだ、と。
エルヴノール領の使用人は、団結力が高い。主人が騙されていたと知れば、城内で反発が起きる可能性がある。私を追い出そうとする人間も出て来るだろう。
自分の意思で逃げてもいい。でも、罪人としてのレッテルは剝がれない。
そうなったら、私の未来は――……。
(〝死〟からは逃れられないってわけね)
「……いい加減、うんざりだわ」
どうにもならないことを知って、頭のどこかでぷちんと音が鳴った。
フェリノスを押しのけて、呆然と突っ立っているフローラの腕を力任せにつかんで引き寄せた。
こうなったら、家族に、自分の口から私の意思を伝える必要がある。
「痛っ……!」
「フローラ。私はもう、あなた達の言いなりになんかならないと決めたの」
「ッ……はぁ!? 何言ってんのよ! 最初からあんたに拒否権ないってわかってるでしょ」
「ええ、そうね。だから、私にも選ぶ権利はあると教えてあげなきゃ。これ、家に繋がってるんでしょ。帰るわよ」
「ちょっと! 痛いってば! 離して!」
フローラの腕をつかんだまま引きずって、移動魔法の魔法陣へ足を踏み入れる。
「ほら。移動魔法ぐらいお手のものでしょ。寒いのが苦手なんだから、さっさとお家に帰りましょう」
「っバカにして! 言われなくても、あんたを連れて帰れって命令されてんのよ!」
「あら、好都合ね」
わざと挑発するような笑みをフローラに向ける。本性を剥き出しにした妹は、怒りで顔を歪ませながらも、魔法陣に魔力を込め始めた。
それに気が付いたフェリノスが慌てて私の右腕を掴んだ。
「アリアストラ! 待て、俺も行くぞ。しがみついてろ」
「えっ!? フェリノス!?」
ぎょっとして振りほどこうとしたけれど間に合わず、彼は私の身体を全身で覆うように抱き締めてきた。途端に浮遊する身体。バランスを保てなくて、咄嗟に右腕を彼の腰に回して、しっかりと身体にしがみついた。
「ほんっとお姉さまなんか大嫌い!」
フローラの絶叫と共に、魔法陣がぱあっと明るく光る。眩しくてぎゅっと目を閉じて、もう一度開いた時にはもうヴィレオン家のリビングに居た。
何が起きたかわからず呆然と立ち尽くす。くらくらする身体を、フェリノスがしっかりと抱きとめてくれているおかげで倒れずに済んでいるが、彼が来てくれなかったらたぶん気絶していただろう。
「大丈夫か」
「え、ええ。問題無いわ」
フェリノスの手が頬を揉み込んできて、思わず「ふぇ」と変な声が出てしまった。
全身をくまなくチェックされて、私に怪我がないとわかった途端に、ほっとした表情を見せた。
少しでも安心して欲しくて、にこりと口角を上げてみる。
彼も微笑みを返してくれた。2秒後に真顔に戻るフェリノスを見たフローラが、盛大に顔を顰めた。
「いつのまに仲良くなっちゃってんのよ。意味わかんない。ってか、腕! 手を離してよお姉さま! ……もう! 痕になっちゃったじゃない!」
「フローラ」
父親の威厳ある声が、フローラの挙動を止める。
同時に、私の心臓も早鐘を打ち始めて、身を守るように背中を丸めた。
冷や汗が背中を伝う。目の前に現れた父が、私の姿を一目見た瞬間、眉間に深く皺を寄せた。しかし声をかけることもなく、さっと視線を逸らす。
寄り添うように私を支えてくれていた彼の腕を無理やりとって、父は満面の笑みを浮かべた。




