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「ああ、嫌だわ、本当に寒い!」
「フローラ、あなた、なぜここに……」
「なぜ、って……そんなの、お姉さまが一番よくわかってらっしゃいますわよね?」
「何を言って――」
妹が何を言いたいのかまるでわからなくて、私は眉をひそめた。フローラの方に近寄ろうとして、ソファから立ち上がる。が、フェリノスの大きな身体が目の前に現れて通せんぼされた。
神妙な顔つきが私をじっと見下ろす。
「フェリノス……?」
私の呼びかけに、彼は黙ったまま小さく首を横に振った。行くなと言わんばかりに腰に腕を回され、先へ進むことを許してくれず、私は戸惑いを隠せなくて思わずフローラの方へ視線を向ける。
ばちっと目が合ったフローラの顔が、どんどん歪んで醜いものに変わっていった。
「やだわ、お姉さま。人の〝夫〟を奪っておきながら、目の前で見せつけるなんて!」
「なっ……!?」
「私に成り代わって勝手に嫁いだくせに、私の立場を少しも考えなかったのですか!? あんまりだわ! ヴィレオン家を裏切るような真似をして、平気な顔で、自分だけ幸せになろうなんて……!」
「……っ!」
「フェリノス様も、ひどいわ。本当の妻は私なのに……!」
フローラが両目に涙をいっぱいに溜めて、フェリノスの背中に抱き着いた。
その彼女の行動で合点がいった。
寒いのが嫌いな彼女が、自らエルヴノール領に訪れたのはきっと、父親の差し金だろう。フェリノスが役人を追い返したことで、父親が訝しんだに違いない。無能な長子を排除して、婚姻相手を変えてもらう計画だったのに、うまくいかなかったせいだ。
父親のぴりぴりした雰囲気がここまで伝わってくるようで、身震いする。
大方、全部私が悪いということにして、フェリノスに同情を誘い、嫌でも取り入ってこいとでも言われたんだろう。怒りに満ちた父親の言うことはよく聞くフローラだから、彼女が現れたのも納得だ。
(フェリノスは、私が妹の身代わりとして嫁いできたことをまだ知らない。妹がフェリノスに嫁ぐ気があるのだとしたら、引かねばならないのは私の方だ)
腰に回っていたフェリノスの腕がそっと離れていく。フローラの方に振り向いて、彼女の肩に手を乗せた。その挙動に、ドキリと嫌な音を立てて心臓が跳ねる。鼓動のたびに胸の奥が痛むような感覚に襲われて、思わず手で胸を押さえた。
私にだけ見えるように、ニヤリと意地悪く笑ったフローラは、これ見よがしに真正面からフェリノスに抱き着いて、ウソ泣きの演技を続ける。
「お可哀想に、フェリノス様。姉があなたにひどいことをしたのでしょう……? 姉に脅されて、役人の方を追い返すほかなかったのですよね? ヴィレオン家当主の代わりに、私が謝ります」
すっと身体を引いて、涙をぽとぽとと落としながら、彼女は床に膝をついた。
私を陥れるために、自分のプライドを捨てることすらいとわない。感心すら覚える。
小さく息を吐いたフェリノスが、フローラの腕を掴んで立ち上がらせた。
「フローラ、君の謝罪に意味はない。立ってくれ」
「ですが」
「役人を帰したのは俺の意思だ」
「ええ、ですから、姉に脅されたからですわよね?」
「――……」
フローラはどうしても私を悪者にしたいらしい。そんなのは事実無根だと叫びたいところだが、私が騒ぎ立ててしまえば逆効果になりかねない。「嘘をついてフェリノス様を騙すのはおやめになって!」と、さらにフローラが泣きわめくだけだ。
フェリノスも呆れた表情で、なんと声を掛ければよいのか迷っているように見える。
そしてこのタイミングで、背後の扉がカチャンと小さく音を立てた。
「……奥様? これはいったい、どういうこと、なのでしょうか……?」
「リナリア……」




