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音も気配もなく突然背後から聞こえてきた声に驚いて変な声が出た。
口元を押さえて振り向くと、フェリノスがソファの背もたれに体重を預けるようにして立っていた。深い湖面の色が私を見下ろす。
「フェリノス……あなた、突拍子もないことが好きね」
「君を驚かせるのが好きなだけだ」
「やめてほしいかも……」
心臓がいくつあっても足りない。
どきどきとうるさい心臓を落ち着かせて、さきほどフェリノスが言った言葉を問いただす。
「――ねぇ、俺はわかってた、って、どういう意味?」
「君の魔力が顕現しなかったのは、経絡が塞がっていたからだと言っただろう。俺は小さいときに初めて君を〝見た〟時から、変だと思っていたんだ」
「……変って、何がどう変だったの」
「変な漏れ方をしていると思った」
「それ、この間も言ってたわよね……」
「そう。〝一番最初〟に、君を見たときからわかってた」
私に求婚を持ち掛けてきた時も、同じようなことを言っていたのを思い出した。
私を妻にしたいというフェリノスの真意を問いただす機会は今しかない。
乾いた唇を舌でなぞって、フェリノスの目を見つめ返した。
「あなたには最初から見抜かれているとは思ってた。けど、わかっているなら、なぜ訳も聞かずに招いたの?」
「君をここに置くためだ。だから婚姻を延期したし、君の父上の言うことは聞けないと役人を追い返したんだ。最初から君を妻にすると決めてた」
「んっ? さ、最初から、私を妻に……? でも、王が決めた相手はフローラなのよ」
「そう。だから王命に背かない形で、最適な方法が無いか探ってたんだよ。大人になったのにまだ変な漏れ方をしているのが気になって、これを利用できないかずっと考えてた。だけど――君は自分で未来を切り開いた」
混乱が止まらない私の隣に腰掛けたフェリノスが、ずいと身体を寄せてくる。逃げようとして後ろにバランスを崩した私を支えるようにして背中に腕を差し込こまれて、やさしくソファに寝かされた。
覆いかぶさってきたフェリノスの顔が見れない。心臓の鼓動が早鐘を打っている。これはなに、どういう状況なの。
「君はフローラよりも魔力が強い。これなら王も納得してくださるはずだ。婚姻制度は『魔力量が同等の者同士』という基準がある。君がそれを証明できれば、正式に俺の妻として迎え入れることができる」
「…………そうなったら…………死罪は免れる?」
「そうだ。ヴィレオン家のことも、君が黙っていればなんのペナルティーもつかない。俺は多少なりとも与えた方が良いと思うが……君はそれを望みそうもないしな」
「それは――……」
そうとも言えるし、そうとも言えない。
まったく恨みがないかと聞かれればそんなことはないし、生まれた境遇を考えれば、仕方ないといえば仕方ない。
父親に裏切られた時は怒りよりも落胆と悲しさが勝ったけれど、没落させたいとは思わない。両親と妹を想う気持ちよりも、アーランディア王国の鎮守を担う家だから、という理由の方が大きいけれど。
正直な話、フェリノスの求婚はとても魅力的だ。すべての事態がまるくおさまるから。私は殺されることもなくなるし、虐げられることも、ヴィレオン家の言いなりになることもない。
だけどそれは言葉で言うほど簡単なことじゃないことぐらいは理解している。




