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なぜかリナリアが顔を真っ赤にさせて伏せてしまった。私もちょっとだけつられて顔がじんわりと赤らむ感覚を覚える。
フェリノスの表情がころころ変わるのは、確かにそうだけれど。
(皆……皆って誰? どこからどこまでの人たちをさしてるの……!?)
まさかそんな話が、城の中で共通認識になっているとは思わなかった。
そう思って、いや、フェリノスの側近のハル・アルディスでさえ「この人笑うんだ……」と驚いていたことを思い出す。
魔力抑制室でたびたび見かけたフェリノスの笑顔を思い出した私はきゅっと口を真一文字に引き結ぶ。
ということは何か、あの笑顔は、私にだけしか見せないってこと?
(いやいや、さすがにそれは、自意識過剰だわ)
気持ちを切り替えようと、リナリアが入れてくれた紅茶の香りを楽しんでからひとくち口に含む。爽やかな風味のなかに少し渋さを感じるが、後味はとてもすっきりしている。すごく美味しい。あとで茶葉の名前を教えてもらおう。
スリーティアーズに目を移す。スコーンが食べたいけど、マナー的には下段のサンドイッチから食べるのが美しいとされているのよね。どうしましょう。
そわそわしていると、同じくそわそわしているリナリアが前のめりになって身体を寄せてきた。
目顔で何事かと問うと、意を決したように口を開く。
「あの、これだけ聞かせてください。1か月の間、ご主人様の態度はどうでしたか? 最初は冷たくされていたのですか?」
「え、別に、冷たくはなかったけれど……」
魔力抑制室にいたときの記憶を引っ張り出す。冷たいどころか、最初からとても優しい人だった。
だけど、よくよく思い返せば、あの時からフェリノスはどこか妙な態度を見せ始めたかもしれない。
頭を撫でてきたと思ったら裸体を見せられたり、布団を離すのを嫌がったり、抱き枕にされていたり身体を気遣われたりと、いろいろな記憶が頭の中で飛び交う。
「……くさま、奥様!」
「はっ!」
「大丈夫ですか? 心ここにあらずといった感じでしたが……そ、そんなに嫌なことをされたのですか?」
記憶の海に引きずり込まれていたのを、リナリアが肩を揺らして引き上げてくれて意識が浮上した。
心配そうにこちらをのぞきこむ菫色の瞳が視界に映る。
「いえ、違うのよ。嫌なことはされなかったわ。びっくりすることは、いっぱいあったけれど……」
「詳しく! 何が起きたか聞きたいところですが……。そろそろお夕飯の時間ですので、お食事の準備をしてまいりますね」
「あ、もうそんな時間……」
窓の外はすでに真っ暗だ。
先ほどまでアフタヌーンティーをいただいていたのに。
リナリアが手際よくティーセットをワゴンの上に乗せて、一礼をして部屋を出て行ってしまった。
(やっぱり、恥を忍んで先にスコーンをいただいておくべきだった)
後悔先に立たずってこういうことなのね。今度リナリアに頼んで、食後のデザートにでも持ってきてもらおう。
とたんに訪れる静寂。手持ち無沙汰になって、ソファに深く身を沈める。
この1か月、常にフェリノスと一緒にいたから、久々のひとりの時間を得られて安心しても良いはずなのに。どこか寂しい気持ちを抱いてしまっているのがわかって、思わず胸を押さえた。
(家でもずっと一人だったから、急にまわりに人がたくさんいるような環境に送り込まれて、それで寂しいだなんて感じちゃってるんだわ)
この温かみに慣れてはいけないなと、漠然と思う。誰かと一緒にいる喜びを知ってしまったら、きっとエルヴノール城を去るときにとてもつらくなってしまう。変な情みたいなものは、なるべくなら持っていたくないな。
そんな思いとは裏腹に、無意識に内扉をみやって、慌てて頭を振った。
下の隙間から明かりがこぼれ落ちているということは、フェリノスはそこにいるしきっとまだ仕事中のはずだ。
(邪魔をしてはいけないものね)
それに、どのみち夕飯の時に顔を合わせるのだから、今わざわざ隣の部屋に行く必要はない。
リナリアが運んできてくれる夕飯を、おとなしく待とう。
背中を伸ばして、そっと目を閉じた。身体の奥に流れるきらきらとした鉱物を感じながら、深く息を吸って吐いた。
今でも気を抜くと魔力が外に流れていこうとする。気を張っていないとなかなかに制御が難しい。皆こんな難しいことをらくらくとこなせていて本当にすごい。
「もっと早く私に魔力があるとわかってたなら――……」
「俺はわかってたぞ」
「ひえあ」




