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「ヴィレオン大公様からのお手紙をご主人様からお預かりした時、見たこともないような怖い顔をしていらしたんですよ」
「…………そ、そうよね。怒る要素はじゅうぶんにあるわ」
「奥様に怒っていたのではないと私は思います。あれはきっと、その、奥様の前で申し訳ありませんが、ヴィレオン大公様に対してお怒りになっていたのだと思います」
「お父様に……」
「眉間に皺を寄せて、今にも人を殺しそうなオーラを纏っておいででした。思い出しただけでも寒気が……。内容は私にはわかりませんが……でも、あんなことがあったんですもの。ご主人様がお怒りになった理由はなんとなくわかります」
自信たっぷりに言い切るリナリアに、何があったかを話すには少し時期が早い気がして私はとっさに口をつぐんだ。役人を連れてきたのも、そのせいで私が魔力制御室にこもらねばならなくなったのも、すべてお父様がきっかけだったことは確かだが、すべてが片付くまでまだ黙っておきたい。
「でも、良かったです。奥様となられる方が来られると聞いて、正直ちょっとだけ不安だったのです。ご主人様が馴れ合いを苦手としていますから、奥様にとっては寂しい環境になってしまうかも、と……。聞けば侍従のひとりも連れずにたった一人で来られるということでしたから……」
「……いろんなことを考えてくれていたのね、ありがとう」
「とんでもございません。ご主人様が、しっかりと奥様に愛情を持って接しているんだとわかって、私共も安心でございます」
「あっ……!」
愛情……!?
思わず大声を出してしまうところだった。慌てて口を閉じて、代わりに心の中で叫び声をあげる。
何を言い始めるのかと思ったら、とんだ勘違いを。
確かに、1か月つきっきりで特訓の相手をしてくれたとはいえ……あと、謎のスキンシップがあるとはいえ、それだけで愛情をかけられていると勘違いされるのは、フェリノスが可哀想なんじゃないだろうか。
だって、一応、私は偽りの妻であって、正式に認めれた婚姻相手ではないから。
リナリアに真実を伝えるわけにはいかないけれど、その誤解は早々に解くべきかもしれない。
居住まいを正して、リナリアと向き合う。
「リナリア、あのね。フェリノスは私が魔力を操る能力が未熟だったから、1か月という長い期間をつきっきりで指導してくれたの。その、それを愛情と呼ぶにはいささか早い気がするのだけれど」
「ですが、いずれは奥様もフェリノス様の妻となられるお方ですから、そういった気持ちで接するのは普通のことかと……先ほども、手の甲にキスされてましたし……」
「あれは……私も驚いてるけれど、でも、婚姻は延期になったのよ」
「はっ! そっ、そうでした……! 私、つい……役人の方が帰られたので、もう大丈夫なのかと思ってしまっておりました……!」
「あ、いや、そう思っても仕方ないわよね。でもまだ一応、延期ということで聞いて……いるから……」
「もももももも申し訳ありません……!」
「いいのよ。気まずいことを言ってしまってごめんなさいね」
「奥様のことになると、ご主人様の表情がころころ変わるものですから……! それに、あのような愛情表現を恥ずかしげもなくやるということは、てっきりそういう関係になったのだと皆と話していて……私ってば早とちりを……!」




