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「奥様……あの、お部屋へ参りましょう。アフタヌーンティーを用意してございますので……」
「……ええ。そうね、い、いただこうかしら」
なんでもないように振る舞うのは難しい。
私が抱える問題は、なにひとつ解決していないというのに。
(どういうつもりなのかしら……)
彼があのような行動に出る理由を推測してみるけれど、なんの心当たりも思い浮かばない。
(……今は考えないでおこう)
頭の中だけで、ごちゃごちゃと思考を巡らせていてもしょうがない。いずれ本人に聞けば済むことだ。
久しぶりの自室に、なぜか懐かしさを感じた。さほど滞在していたわけではないのに、不思議な感覚だ。
白檀の良い香りが、慌ただしい脳内を落ち着かせてくれる。リナリアの配慮だろうか? とても嬉しい。
ちょっと気に入ってきている、ふかふかのソファに深く腰掛けて、身を委ねた。
部屋の中に準備していたのであろうワゴンを、リナリアがローテーブルの近くまで引いてきたのを眺める。
おしゃれで美しいアフタヌーンティーセットに、目を奪われた。
ティーポット、ティーカップ、ソーサー、ミルクジャグ……と、ひとつひとつ丁寧にテーブルに配置していく。スリーティアーズの中段に盛り付けられたスコーンの甘い香りが漂ってきて、思わず前のめりになってしまった。とても美味しそうだ。実は食べたことがないとは、なんとなく恥ずかしくて言えない。
アフタヌーンティーの準備を進めながら、リナリアが口を開く。
「それにしても……1か月もご主人様と魔力制御室にこもられると聞いた時は本当に驚きました……。まさか、奥様の魔力が暴走する事態に陥っていただなんて、私、ひとつも気づかなくて……」
「ああ……リナリア、あなたのせいじゃないのよ。大丈夫。ね、ほら、あなたも一緒に紅茶を飲みましょう」
「ありがとうございます、奥様……」
また、リナリアの目がきらきらと潤んでいく様子を見て、慌てて目の前のソファに座らせた。
なんて心が清らかで美しい人なんだろうか。ここへ来てからあまり深く関わったことがなかったのに、リナリアの優しさがとても嬉しくて思わず私も涙がこみあげてきた。
彼女の前で泣くわけにはいくまいと必死に我慢する。
「黙って消えてしまってごめんなさいね。まさかあんなに時間が経っているとは思っていなくて……」
「いえ、私のことは気になさらないでください! ただ、ご主人様が1か月も誰か一人だけに付き添われるなんてことは、今までなかったものですから……」
「えっ?」
「魔力暴走を起こした魔法使いはこの城にも何名かおりますが、ご主人様が一度も戻らず付き添われて魔力抑制室から出てこられたのは奥様だけです」
「……一度も……?」
確かに、1か月間はずっと同じ部屋で寝食を共にした。一度も外へ出たところを見たことがなかったのは事実だけど、私が疲労で気絶するように寝てしまっていた時もあったし、そういうタイミングで戻っていたものだと思っていた。
(つきっきりで面倒を見てくれてたのね……)
「ご主人様はとても面倒見がよくて騎士団の指導もしてくださいますし、騎士団も自ら率いて魔物討伐に出向かれるぐらいですから、城を空けること自体はよくあるのですが……とにかく、人間にあまり興味のないお方だと思っていたのです」
「社交的ではないものね」
「そうなのです。誰かと深く付き合うこともなく、かといって誰かを極端に突き放す方でもないのですが……奥様には随分と心を開かれているようで」
「……そういう風に見える?」
「はい! ハル様経由ですけど、奥様のお部屋に、白檀のお香を焚くようにご指示されたのも、ご主人様なのですよ」
「あなたの配慮かと……」
「いえ。奥様はご実家を大切になされているからと、奥様の魔法と縁の深い香りをご用意してくださったのです」
「……フェリノスが……」
気持ちが落ち着くと思ったら、そういうことだったのか。
(私の身体に合うものを……わざわざ用意して……?)
確かに、彼は子供の頃に会ったときよりもずっと私に喋りかけてくれるし、笑いかけてもくれる。謎のスキンシップも取ってくるようになったし……私のことを気に掛けてくれはする。
(しかも、私が『家』を大事にしているってこと、分かってくれていたんだ……)
好き好んで王命違反をしたわけではないと、フェリノスは理解してくれているんだ。
そう思ったら、じわりと心があったかくなって、なんだか泣きそうになった。
ここへきてからそんなに時間が経っているわけでもないのに、フェリノスの中でどういう変化があったのかは皆目見当がつかないが、彼の些細な気遣いがとてもありがたくて、嬉しい。
黙り込んだ私に、リナリアは微笑んだ。
「あのように感情や行動を表に出される方だとは知りませんでした」