1-6 (※後半→改稿済)
「奥様! 大丈夫ですか!? お身体はなんともありませんか!? ああ、でも、来られた当初よりも健康そうなお顔になられているのは安心いたしました……!」
「リナリア……落ち着いて、ありがとう。心配かけてごめんなさい」
「いいえ、私が悪いのです。手紙をお見せするタイミングが本当に悪くて……空気が読めなかった私のせいです」
どうやら魔力抑制室は地下にあったらしく、地上へ戻った私をリナリアの泣き顔が出迎えてくれた。
何度も申し訳ありませんと頭を下げる彼女の肩に手を置いて、顔を上げさせる。
「そんなことはないのよ。あなたがお父様の手紙を見せてくれなければ、私はここにいないんだから」
「奥様……!」
リナリアは手紙の内容を知らないし、役人が来た理由も知らないだろう。だから私が言っている意味もわからないかもしれないが、とにかくあの手紙を見せてくれていなければ私の魔力が開花することもなかったし、ひとまず死を免れることができたのだ。
フェリノスも、号泣する彼女の姿に動揺を隠しきれない表情で、リナリアに声をかけた。
「君が気にすることはない。俺も悪かった」
「いいえ、ご主人様。謝らないでください。でも……ありがとうございます」
目に涙を溜めて、微笑んでくれたリナリアの姿に、ほっとして胸を撫で下ろす。
次いで、フェリノスは私に視線を移した。
「アリアストラ、君は平気か?」
フェリノスの手のひらが、私の後頭部を包み込むようにして添えられる。その優しい温もりに、自然と笑みが溢れた。
「ええ、私は大丈夫です。いろいろと、ありがとう」
「……まだ、ここにいてもらわないと」
最後の別れとでも思ったのか、フェリノスは慌てて私の両手をぎゅっと握った。目の前のリナリアが「まぁ……!」と、黄色い悲鳴をあげる。
フェリノスの〝まだ〟という言葉に、なぜか引っかかりを覚えて小さく首を傾げた。
とはいえ、あの騒動の後、役人は国へ送り返したと聞いたがどうやって説得したかまでは〝まだ〟把握していない。説明してもらわないといけないのも事実だ。
「そうね。〝まだ〟ここに置いてもらえると、助かるわ」
長居をするつもりはないけれど。
と、心の中で付け加える。
この先ずっと、フェリノスの世話になるわけにもいかない。
実は、大人しく家に戻ることも考えている。フローラにはかなわないが、自分にも魔力があることがわかったのだ。両親の、私への接し方が変わるかもしれない。裏切られた事実は変わらないけれど、でもあれは、私に魔力がなかったから、起こったことだった。
でも、今は違う。
――私のことをちゃんと見てくれるかも……。
それで、代わりにフローラがこちらへ嫁げば――……。
(……素直に嫁いでくるわけがないわよね)
だって王命を拒否した理由が「寒いのが嫌いだから」なのだ。
現状を変えられるような、最適な解決方法が見つからない。本来ならば焦らなければならない場面なのに、考えが堂々巡りし過ぎていて、逆に冷静になってしまっている。
(どうするべきかなぁ)
心の中でため息を吐く。
ふと、フェリノスが言った言葉が頭の中を過った。
『君を正式に、俺の妻にする』
ここに置いてくれるなら、こんなに悩む必要はないのかもしれない。だけれど、彼のプロポーズに「イエス」と答えたところで、何かが変わるとは思えない。
だって結局、王命違反であることに変わりはないから。
5大公家のうちの2つの家が王命に背くだなんて、絶対にハッピーエンドになるはずがない。
(国を守ってきたご先祖様に顔向けできないわ……)
だから、もう少し頭の中を整理する時間をもらいたい。
目の前のフェリノスが何か言いたげな顔をしていたが、側近のハルがささっとやってきて、フェリノスに二言、三言耳打ちする。
フェリノスの眉間に皺が寄り、何やら全力で「面倒だ」と言わんばかりの表情になった。
私の手を離す気配を見せないフェリノスに、ハルは視線だけで苦言を呈した。
「……申し訳ありません。フェリノス様は事務仕事が溜まりに溜まっておりますゆえ、しばしお借りいたします」
「あ、はい。どうぞ」
「アリアストラ。今日は夕飯を一緒に食べよう」
「ええ、はい。わかりました」
「今度こそ待っていてくれよ」
真剣な目で、私を見つめる。フェリノスの言う「今度こそ」は、きっと役人が来て逃げ出した私のことを責めているセリフだろう。
(約束を破ったのは私だしね……)
ここは素直に頷いておこう。
「早めにお願いします」
「わかった」
握っていた私の手の甲にちゅ、とキスを落として、フェリノスは颯爽とハルに連れられて行ってしまった。
呆然と、キスされた手の甲を見つめてしばし固まる。