8-9
しっかりとフェリノスの方腕にホールドされている状態で目が覚めた。
彼に渡したはずの枕はいつの間にか自分の頭の下にあったし、私が寝入るまで待っていたのだろうか、この人は。
ぐっすり眠りこける美顔を見つめて、小さく息を吐く。
――何を考えているのか全然わからない。
いつぞやに、フローラがまったく同じことを言って愚痴っていたことを思い出した。
彼女の性格からして、意思の疎通がはかれない人と結婚するのは嫌だろう。とくにフェリノスはあまり多くを語らないから。
王命で決まった結婚だというのに。
(フェリノスも、私だとわかっていてなぜ求婚なんかしてきたんだろうか……)
まさか私に恋愛感情を抱いているわけでもあるまい。王命違反をした女を匿うだけのメリットが、フェリノス側にあるんだろうか。
それに、特訓してくれるのはありがたいけれど、何もつきっきりでなくても良いわけだし、それに無駄にスキンシップを取る必要もない。用が終わればさっさと追い出せばよいだけの話なのだから。
フェリノスの立場であれば私を悪者に仕立て上げて罪を逃れることができるのに。
でも、そういうことをしてくる素振りはない。
(もしかして私、今、復讐されてるのかな。私がフェリノスに気を許したとわかった途端に役人に引き渡して、騙された仕返しをしようとしてるのかしら)
もしそうなら、なんという策士だろうか。
そしてやっぱり、こんなことまでする必要なんかないのに。
この先の身の振り方はまだ全然定まっていないけれど、フェリノスにずっと甘えるわけにはいかないと思っている。
私からヴィレオン家を通報することもできるけれど、そうなった場合、アーランディア王国の鎮守を担う5大公家の秩序が大きく乱れてしまうことになる。なるべくならそれは避けたい。
避けたいが、じゃあ代わりの方法が何かと聞かれたら、何も思いつかないのが現状だ。
「はぁ…………」
「朝から大きなため息だな」
「っ!?」
突然聞こえてきた、中高音域の美声に驚いて身を固まらせた。
「おっ、起きてたの……。おはよう、フェリノス」
「ちょっと前にな。君の百面相を眺めてた」
「嘘……」
「本当」
気付かなかった。私、そんなに表情動いてた……?
恥ずかしくなって両手で顔を覆う。
フェリノスが「もう遅いよ」と言って、くつくつと喉の奥で笑った。貴重な笑顔を見逃すまいと、無意識に指の隙間からフェリノスの表情を窺い見る。
「……笑わない人なんだと思ってた」
「まさか。俺はよく笑う」
「そう……かも……」
無表情に切り替えるタイミングが早いだけで、確かにフェリノスの表情はころころとよく変わる。表情筋はちゃんとあったようだ。
「起きようか」
「うん」
背中にそっと腕を回されて、優しく起こされる。そこまでしてもらわなくても良いのに。
不思議な気分を味わいつつ、身支度を整えた。
その日、ハルの前でフェリノスが声を出して笑った。
その様子にぎょっととして目を丸くさせたのはハルだったが、そのあと「この人笑うんだ……」と呟いた声を私は聞き逃さなかった。
おっかなびっくりしながら制御室を出ていくハルの背中を見つめながら「やっぱり違うかもな」と思い直す。
この人はそんなに笑わないんだ。
フェリノスの妙な接し方が気になったが、ともかく特訓は無事にこなせたようで、ある日フェリノスはどこから出してきたのかあの深緑色のローブを私に差し出した。
「それじゃ、そろそろ部屋を出てみようか」