7-9
それは寝床の問題だ。
「あの、布団をもう一組用意できないかしら……?」
「どうして」
「さすがに何日も一緒に寝るなんてことは……その……ちょっと違くない……?」
フェリノスの眉間に皺が寄る。なんとも言い難い顔をしている。そんな顔をされても、夫婦になれるかどうかも怪しい者たちが一組の布団で寝ていることがまずおかしい。それに、もっと気まずいことがある。
それは、フェリノスが私を抱き枕にすることだ。
最初は寝ぼけているだけだと思っていた。私も、初めての魔力制御で疲れ切っていたこともあってはねのける気力もなかったけれど、魔力のコントロールに慣れてきた今は、どうしても距離が近いのが引っかかって仕方ない。
ここまで布団を運んできてもらうのが大変な労力であることはもちろん理解できるのだけれど、それならば運ぶのを手伝うから、どうにかもう一組布団を用意してほしい。
「……お願い、フェリノス」
顔の前でぎゅっと手を組んで、縋るようにフェリノスのコバルトブルーを見つめた。
彼は目頭を押さえながら、ぐっと身体を折り曲げて小さく唸った。
頭を上げたフェリノスの顔が、心なしか赤くなっている。
(……そんなに変なお願いだったかしら)
成人女性の〝お願い〟はみっともなかったかなと、不安な気持ちを抱くぐらいたっぷり時間をかけて悩んだフェリノスは、やがて観念したように、小さく息を吐いた。
「…………わかった」
たぶん納得いってないだろう表情で、指をパチンと鳴らした。すぐにハルがやってきて、用件を伝えるとなんと彼は隣の倉庫のようなところから新しいベッドマットと、敷布、掛け布団一式を持ってきた。
すぐそこにあったのに出していなかったなんて。
(フェリノスは最初から一組だけで良かったということ……?)
ハルと一緒にベッドを設置するフェリノスを凝視する。
まさか誰かと一緒でないと寝られないタイプというんだろうか? いや、そんなはずは……わからない。フェリノスの部屋に入ったことはないが、もしかしたら彼のベッドの上にはぬいぐるみのようなものが大量に置いてある可能性も無きにしも非ず……。
想像してちょっとかわいく思えて笑ってしまった。
フェリノスの視線が刺さる。いえ、悪いことを想像したわけではないのよ。
心の中で言い訳を呟きながら、ベッドの完成を待った。
そのうち準備が整ったようで、ハルが「失礼します」といって鉄格子を閉め、重厚な扉の向こう側へ消えていった。
さて、やっと寝られると振り向いて身体が固まる。元からあった布団の隣に、びったりとくっつけるようにして新しい布団が設置されていた。
(これはもしや、布団の範囲が広くなっただけで、現状は何も変わらないのでは?)
そんなことが頭をよぎったけれども、用意してもらった手前文句を言う訳にはいかない。黙ってマットの下を掴んで離そうと試みたけれど、ベッドは一ミリも動かなかった。
見えない力が働いている感覚がして、既に寝転んでいるフェリノスをじっと見つめる。が、彼は目顔で「諦めろ」と言うと、ぽんぽんと布団を叩いた。
「明日も特訓だぞ。早く寝よう」
寝る場所を変えられないならば、と、代わりに枕をフェリノスに手渡す。
なんだこれと言わんばかりの顔で見上げられて、私は「抱き枕の代わり」と言って、フェリノスに背を向けるようにして寝転んだ。掛け布団を頭の上まで被って、近付かないでオーラを身に纏わせる。
気付くか気付かないかはフェリノス次第だけれど、彼はとくに何も言わず布団に潜り込んだようで、近付いてくるような気配は感じられなかった。良かった。
枕を渡しておけば万事解決するんだとわかって、私は襲い掛かってきた眠気に抗うことなく意識を手放した。
そして迎えた朝。
「なんでかな……」