1-9
ふかふかで手触りの良い感触。優しく包み込んでくれる温かい布団。少しだけ頬を掠めていく冷気に、私はうっすらと目を開けた。
目の前に広がっていたのは石造りの壁。寝ているベッドは質こそ良いものの、簡易的なものでベッドフレームさえ無い。上体を起こして見上げた先にあったのは鉄格子だった。
「…………どこ、ここ……?」
エルヴノール城ではない。与えられた部屋でもない。ぐるっと見渡しても20人が輪になって座れる程度の部屋の広さしかなく、備え付けられているのはベッドと簡易トイレと、奥の方に四角くカーテンが吊るされている区画はきっと湯殿だろう。
(まさかヴィレオン家に連れ戻された……!?)
実家にもこんなような地下牢はあった。何度か入れられたこともある。私が知っている地下牢に湯殿なんてなかったしここまで広くはなかったけれど、正確な牢屋の数を知っているわけじゃない。
ぞっとするような可能性に気が付いてベッドマットから降りようとしたが誰かに腕を掴まれてまたベッドに沈み込んだ。
状況が理解できず頭の上にハテナを飛ばしながら、引っ張られた方に目をやった。
寝起きの目を何度も瞬きさせて、しゃがれた声で「どこへ行く」と言ったのはフェリノスだった。
「っフェリノス……様!?」
「もう〝様〟はいらない。昨日みたいに気さくに話してくれ」
「…………フェリノス、ここはどこなの……」
「エルヴノール城だよ」
フェリノスの一言にほっとして自然と身体の力が抜けた。
どうやら家に戻されたわけではないらしい。
「それよりも身体は大丈夫か。昨日はかなり無茶をしたようだな。筋肉が断裂していたところがあったぞ」
「エッ」
全く気が付かなかった。脳内麻薬でも出ていたんだろうか。確かに手のひらと足の裏はひどく痛んだのは覚えているが、筋肉にまで傷がついていたとは。
今身体を動かしてもなにも問題無いということは、完治するまで治癒魔法を施してくれたということだろう。
寝転んだまま器用に私の両手を取って、傷が残ってないか確かめるようにゆっくりと撫でる。
ちょっとくすぐったい。
「手は大丈夫そうだな。足はどうだ?」
「ひえあ」
いつのまにか修復されていたシュミーズの裾をぺらりと捲ろうとしたフェリノスの腕を全力で止めた。
不思議そうな顔をして目をぱちくりさせているが、見せるのが当たり前のような反応はしないでほしい。
淑女は簡単に素足を晒さない。……昨日のは例外中の例外だ。
恥ずかしさで火照る頬を隠したくて、顔を俯けた。
「なんともないか?」
俯けた頭を優しい手つきで撫でられる。彼の親指が何度もこめかみを掠めて、余計に顔を上げられなくなってしまった。
ものすごく労られている。こんなの誰にもされたことない。身体の心配なんか初めてされた。
(私のことを気にかけてくれる人がいるなんて……)
フェリノスの優しさが心に沁みて、何とも言えない気持ちがじわじわと身体を侵食していく。
「……アリアストラ?」
「……っ! どっ、どこも痛くないし、むしろいつもより身体が軽く感じる……気がする!」
「それは良かった」
「あ、ありがとう」
「うん。どういたしまして」
あくびをかみ殺しながら、淡々と受け答えするフェリノスの様子があまりにも自然で、私の心は戸惑ってばかりだ。
いや、そんなことよりも、なぜ牢屋のような場所で寝ていたのかという疑問に答えてもらわねばならない。
引き倒された身体をおそるおそる起こして、フェリノスの様子をうかがう。彼も一緒になって上体を起こし、ぱちんと指を鳴らした。
鉄格子の向こうで何やら重たそうな扉を開ける音がして、次いでやってきたのはフェリノスの従者だった。
「お呼びですか、フェリノス様」
「朝食の用意を」
「承知いたしました」
それだけ言って従者はまた重厚な扉を閉めて気配を消した。
「彼は……」
「俺の従者で、名前はハル・アルディス。我がエルヴノール領に置いているレイヴン騎士団の副団長でもある。君とは頻繁に顔を合わせることになるはずだから、覚えておくといい」
「あ、はい。わかりました……」
イマイチよくわかっていない。
―――――――――――――――
最後までお読みいただきありがとうございます!
毎日7時前後/20時前後に更新中。
良ければブクマや評価いただけると励みになります:)