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湖をも凍らせてしまうほどの極寒の冬。すでに日は暮れ落ちて、冷えた空気が一気にあたりを覆い始めた頃。
冷気をたっぷり吸いこんだ石造りの廊下を、私は走っていた。
湯浴みから上がったばかりで寝間着しか纏っていない。そのうえ髪もろくに乾かしていないせいで、腰まである白銀の髪の先が氷り始めているのが目の端に見えた。
ストールもファー付きの上着も、身体を温めるものなど何も無い。そんな状態で、必死になって浅い呼吸を繰り返してただただ逃げていた。
私の夫となる人だった、北部領主のフェリノスが管理している城の窓から外の様子を確認した。
私を捕えるためにやってきた役人が、城の内部に押し入ろうとして騒がしさが増しているのが見え、もつれそうになる足を叱咤しながら走る速度を上げる。
役人から逃げる私とすれ違うメイドや従者が、城内で噂になっていた話を次々とこぼしていくのを耳が拾った。
「やっぱり〝魔力の無いほう〟が嫁いできたんだわ」
「だからフェリノス様のご様子が変だったのね」
「最初からおかしいと思ってたのよ」
「大魔法使いの名門、ヴィレオン家の令嬢なのに」
「メイドの私ですら魔力がないってわかるんだもの」
「――兎角、王命に背いたんだから、死罪になるわね」
死罪の二文字を認識した瞬間、心臓が爆発しそうなぐらい跳ねた。役人に捉えられたら最後、メイドたちの言う通り、私はきっと死罪になる。
〝大公〟という爵位を与えられるほどの大魔法使いの家系でありながら、魔力を持たずして生まれた出来損ないの人間など、家の格を重んじる一族からしてみれば手っ取り早く処分したいに決まっているだろう。
『家の恥』と言われて育ったのだから、この〝計画〟が家族の陰謀であることは手に取るようにわかる。わかっていながら黙って言いなりになっていたけれど――もうやめる。
「家名のために大人しく従っていたけれど、そんなのもう知らない! どうだっていいわ!」
私の命の価値などその辺に棲まう魔物よりも低いのは理解した。
だからこそ、自分の身は自分で守らねばならない。はめられたとは言わない。けれど黙って死にたくはない。
「――殺されてたまるもんですか!」