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干支語 巳  作者: 鷹兵衛
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遺りますように

地獄の中をさまよっていた。そう、まさにそんな感覚。

汗が肌に張り付いて気持ち悪かった。うん、まさにそうだ。違いない。




(間違いない…よな?)




絞められる首に自然と目が細められる。

非力な自分が振りほどくには、この腕は太くてしっかりしすぎている。


本来ならば巳の頬にある鱗に痛みを感じて腕を離すはずなのだが、筋肉の壁に防御された腕は締め上げる力が強くなるだけで弱まる気配はいっこうにない。むしろこちらが龍の鱗で痛いほどだ。




「……は、はな(放せバカっ!)」


「カァ~~~酒がうめぇ!!」




辰が酒瓶を振り回しているような気がするのだが、今はそんなことどうでもいい。

まさに今、助かった命がまたも消えそうになっている。

ただでさえ真っ白な肌が死人を通り越して真っ青になっていくのが自分でも分かり、さすがにじっとしていられず、牙を出して締め上げてくる腕に噛みついた。




「お?悪いなミィ」


「……っぐ(放せこの筋肉バカめっ!!)」




じたばたと暴れ、辰と反対側に座る男の手もかりて何とか脱出する。

巳は軽く咳き込みながら首をさすり、白蛇が気にした様子で締め上げられたあとをチロチロとなめた。




(……色々あったなぁ)




元は大妖怪八岐大蛇だった自分が、はっきり覚えてはいないが八等分にされて、そのうち七つは粉塵化して失ってしまったが、どうにかこの姿で生き延びた。例の森を統治し、穴に住むようになった経緯がいまだに思い出せずにいるが、きっと古くて自分にはどうでもよい記憶だったのだろう。思い出したいとも思わない。


そうやってそこそこ平和に暮らしていたのに、龍は降りてくるし、人間は襲ってくるしで散々な目にあったわけだが、何も分からずに踏み越えた敷居は、変わった神と変わった生き物が集う場所、まさに天界のような所であった。

巳と同じようにしてその敷居を踏み越えた動物たちは人間の型をとり、巳がその容姿を気にする必要も、目立つことも無くなって、居心地は程よく良い。


賑やかな雰囲気は肌に合わないが、その場に座って酒を飲むくらいならば黙っていて支障はない。酒瓶に顔を突っ込む白蛇の胴を支えながら、ただでさえ騒がしいその場が、猫やら蛙やらの登場でより一層騒がしくなるのを合図に、巳はそっと茂みに身を隠し、独り酒を楽しんだ。


酒瓶の中身が無くなっては、あの騒がしく喧嘩したりしている輪の中に取りに戻る。

八往復くらいしただろうか。巳が酒瓶を取って帰ると、四季神が白蛇と共に酒を楽しんでいた。




「あ、巳。おじゃましてますよ~」


「・・・(酔ってるな)」


「酔ってないですよ~」




心で唱えた発言に返答され、巳は困ったように少し表情を変えた。

四季神はそれを見て嬉しそうに酒瓶を指先でつかんで振り回しながら立ち上がると、巳にふらふらと歩み寄って指先を巳の鼻先に向けて突き出した。




「もう誰にも殺させませんよ!人々にも、神々にも!!さぁ!願いを一つ言って見せなさい!」


「……は?(絶対酔ってるな)」


「守ってあげます!だから助けてください巳!あなたを凄く信じてます!愛してます!だから、願いを……あぅ!」




頭を小突いて四季神を黙らせる。

巳は冷めた目で倒れ込む四季神の体を支え、そっと柔らかい草の上にその体を寝かせた。

薬箱から薬草を取り出してさっさと調合し、酒の入っていた器に代わりに水を流しいれて薬と混ぜ、四季神の口に流し込む。

半分以上流れてしまう薬をもう一度手の器ですくって流し込み、なんとか全部飲み込ませると、巳は鼻で息をついてその場に座り込んだ。


息を大きく吸って、大きく吐く。

夜空の星は赤い光を放つ提灯や行灯で薄らぼんやりとしていたが、逆にやわらかさが演出されて見事なものだ。




(森の中で見ていたのとはまた違った空)




白蛇は酒瓶から首をだし、小首を傾げて巳を見上げ、その視線の先を同じように追いかけた。



(願い……。例えば……会いたい、とかだろうか。なぜかずっと忘れている気がしてる、顔も知らないどこかの誰かと――)




そう心に浮かんだ瞬間だった。体の内側から熱くなり、巳は思わずうずくまると、そのまま地面に倒れ込んだ。

白蛇は驚いたように巳の側にすり寄ってきて、命に別条が無いことを確認するかのように周りをぐるぐると這い回る。胸を上下させながら仰向けに転がった巳の表情を見て死ぬ様子はないと察したのか、白蛇は巳の胸の上でとぐろを巻いて落ち着いた。


巳は、唐突に前髪で覆っていた黒い瞳から溢れてきた水を、どうしても止めれないでいた。




「なん、だこれ……?」




自前の金色の瞳からは出てきていない。いつの間にか変容していた黒の瞳から出てきている。それが涙であるというということや、これが泣くということだという知識を、巳は持ち合わせていなかった。




(……意識が)




遠のき霞む視界の向こうで、自分とよく似た顔立ちをした人の子が笑っていた。



目が覚める。自分でありながら自分の意志では動かなかった体は、久々に動かすと鉛のように重い。それでも無理に動かして、乱暴に胸の上に乗る蛇を撫で、意地悪な、かすれた声でその名を呼んだ。




「なぁ、八岐の」




白蛇は撫でてきたその手を取る。気が付けば、いつの日か象っていた五指が形を持っていた。涙を落とすことは出来なかったが人の真似をし、精いっぱいに笑ってみせる。




「なんだ、バカ」




巳の口元がにやりと歪む。

青年は残された黒い片目を細めると、仰向けのまま、女の白い髪を優しく撫でた。




「お互いあんまり長くは持たなさそうだ……、神様ってやつも大したことないよな」




首筋を指先でなぞり降り、細い肩を確かめるように触れ、腕に這わせた手には力なく、手首に到達した地点で弱々しく握り込んだ。




「人間様はな、生きてるか確かめる時、こうやって手首をつかむんだ」




こんな時に何の話だと、白髪の女はつまらなさそうな顔をして青年を見下ろし、小さく唇を尖らせる。

青年はそんな女を見て、傷を抱えるように笑うと女の手の甲を軽く叩いた。




「随分、人様に近くなったもんだ。化け物が」


「貴様も十分化け物だろう!私の力を御して体内で潜伏するなんて……」


「それは俺が化け物なんじゃなくて、単に八岐のの込めた力が中途半端だったか、元より自分が思ってるよりも雑魚だったかのどっちかだろ。まぁ、どちらにせよ乗っ取るには処方量が足りなかったんだ」




相も変わらずの減らず口を叩かれているのに、胸の中には心地よさが広がっていき顔をしかめた。




「貴様と関わったせいで私は人の子の心を知ってしまったぞ。愛してるなんて感情に至っては、痛くて辛くて、ずっとどうにかなりそうだった」


「ふ~ん」




おもむろに伸ばした手で弄んでいた女の毛先を惜しむことなく手放すと、女のうなじに手をかけた。女がキョトンとしているのを、黒い瞳が意地悪く笑う。

全身の主導権は戻らないままでいることなど気にした様子もなく、青年は力強く女の首を引き寄せて、驚く女に囁いた。




「こうやって、首に手を当ててでも人は生を感じれるんだ」


「~~~っ、だからさっきから何なんだ!生きてることなど感じて何に――」




青年は、女の唇に自分の唇を強引に重ねた。重ねた時とは裏腹に、まるで、長く、出来るだけ長く離れないで済むように、何度も何度も角度を変えて、惜しむように、育むように。重ねた唇がやっと離れてしまった時、青年は、自分の唇を舌先で舐めながら悪戯小僧のように微笑んで、かすれた声で呟いた。




「これが愛だよ。理解したか?唇に唇を重ねりゃ愛を感じれる。人間ってすごいだろ?」




白蛇は真っ赤になった顔を青年の羽織に押し付けた。


目が覚める。白蛇の舌先が、巳の閉じた唇を優しく舐めた。

酩酊していたような感覚に頭を振りながら白蛇の胴を掴み上げ、丁寧に首にかける。そうしてむくりと起き上がり、大きな金色の瞳をかるくこすった。




「・・・(寝てた……?よほど疲れたんだな、俺)」




体の異変は収まったらしく、違和感は既にない。まだ眠っている気がする脳をおこそうと立ち上がり、すっかり隣で眠りこけている四季神を背負うと、団らんの輪の中へと戻る。戻って早々辰が大きな声をあげながらやってきて巳の肩に手を置いた。




「・・・!?(ちょ、なんだよ)」


「ちょうどここに舞えそうな男がいたじゃねぇかよ」


「・・・あ?(舞?ふざけんな、舞えねぇよ)」




四季神を背から下ろすように言われ仕方がなく従うと、剣か扇かと聞かれて適当に剣と答える。すると辰はなんの躊躇もなく扇を渡してきて余計に意味が分からず、辰を見上げた。




「・・・扇?(え?これ剣に見える…)」


「わし剣でしか舞えねぇから」


「・・・・・・(よし。こいつ大嫌いだ)」




といっても巳に演舞の経験はない。

辰が舞いだすのをただ茫然と扇を手に見ていると、女が一人こちらにやってきて巳の手首を柔く掴んだ。

白蛇がそれを見て牙をむけるが、巳は不思議そうにつかまれた手首からその女に視線を移し、首を傾げて射抜くようにまっすぐ見つめる。

女は人の型を取りながら、耳が人間のそれではない。黒の縞模様がはいった獣の耳だ。

きょとんとしている巳を上品に嗤ったその女は、美しい声音で言った。




「吾に任せておけ、八岐の子」




妖艶に微笑み扇を手から奪い去ると、頬にかるく口づけて辰の傍へと向かっていく。

重そうな紅白の着物をまるで軽い羽織のようにして演出の一部として使う女の舞いは圧倒されるもので、その熟練度は辰と同等かそれ以上。

辰は突然乱入してきた女に最初は舌打ちしたそうな顔で睨んでいたが、すぐに楽しそうに大きな目をぎらつかせながら剣舞を披露する。


皆がため息を漏らして見入る中、巳一人は口づけられた頬をおさえて固まっていた。その額には冷汗が浮かび、ぱたぱたと落ちていく。




(ナニ?なんだこれ。どうしよう、どうしよう、どうしよう。接吻?どうして??は?え?仮にも八岐大蛇に??接吻??いやいやいやいや待て待て待て、俺は何を焦ってる?)




今までに感じたことのない感情の動きに目を回していた巳だったが、しばらくして深呼吸し、いつもの無表情へと戻る。




「・・・(考えないことにしよう)」




ふぅっと一息ついて隣で眠ったままにされた四季神を横目に、辰の器に入ったままの酒を勝手にくいっと飲み干すと、団子をとって口に運んだ。




「・・・(うん。やっぱり酒のあてはいるよな)」




この身から蛇の姿に戻れなくなって以降晴れないでいた気持ちが、何故だかすっきりとしていて、巳は満足げに微笑んだ。



蛇がゆくは 愛する者の いるところ




12年前に別サイトにてあげていたものを手直してこちらに上げさせて頂きました。

きっとこのサイトならいなくならない……よね? 私も振り返りながらかけてとても楽しかったです。

来年もよろしくお願いします。

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